6.『便利な奴』じゃ困るんです。
――威厳って、どうやったら出るんだろう。
ふっかふかなベッドに寝転がって天井を眺めながら、俺は深く息を吐く。
年を重ねていけば、そのうち勝手に出るもんだと思ってたんだけど、まさか17歳でそれを求められるとは思わなかった。
無茶言うなって言いたいところではあるけど、魔王だから威厳が必要っていうのも分かるし、難しいなぁ。俺、エルフ的に見てもそれなりに行ってそうな見た目になっちゃったみたいだし。
「生徒会とか、やってたら多少は出たのかなぁ……」
そういや昨日、生徒会選挙やってたなぁ。
俺はそんなグイグイ行くタイプじゃなかったし、何より落ちたら普通に落ち込みそうだし、傍観に徹してたんだけど……もう結果聞けないってなると、流石にちょっと気になるな。
クラス委員長の田辺君、会長選通ったのかな。ウェイ系だけど頭も器量も性格も良い奴だったし、きっと圧勝だろう。生徒会選挙って人気投票みたいなとこあるよな。
「魔王様、お目覚めになられましたか?」
田辺君のことは置いておこう。メリィベルさんが来た。
返事をすれば、彼女は「失礼します」と言ってドアを開く。
「ああ、良かった……お願いですから、もう無茶はしないで下さいね」
ベッドから起き上がり、心配と呆れが半々な表情をしたメリィベルさんの顔を見据える。
外を見に行って、その帰り道。
メリィベルさん達が威厳の出し方について会議してる横で、俺は「道の舗装とか出来るかなぁ」と軽率に能力を使用してみたんだ。道を綺麗にしながら歩いてたら……城に辿り着く前に、ひっくり返ってしまった。そして今に至る。
「全く、どうしてあのようなことを!」
「威厳を出したくて」
「『便利な奴』と『威厳のある人』って全然違いますからね?」
それもそうだ。
宿題見せてくれるガリ勉君に威厳があるかって言えば、そうでもないし。
それっぽく偉そうにしてたら出るのかもしれないけど、実力が伴わなければただただムカつくだけだと思うし、実力ともなっててもイラっとすることはあるし。
しかもそれで謀反されたら嫌だし、何より俺がしんどいからそういうのは却下。多分、メリィベルさんは表面だけでも取り繕って欲しいんだとは思うけど。
「どちらにしても、道の整備は必要不可欠だと思うんですよ。ボッコボコでしたし。でもこういうの、公共事業って奴ですよね? 本来は国が国民に指示してやってもらうものなんだとは思うのですが、お金が無いとか?」
「無くは無いです、が……国民が疲弊していますので、仕事を出したところで応募があるかどうか」
「じゃあ、俺がやって方が良いですね! 結構魔力消費大きかったので、時間掛かりそうですけど」
「だから! 『便利な奴』と『威厳のある人』は違うんですってば!」
道の整備をやろうと言えば、メリィベルさんは首をぶんぶん横に振るう。恐れ多いとかそういうのかもしれないけど。
「いや、まずは国民の生活環境を整えないと駄目かなって。戦に生かせない異能持ってきちゃったんで、せめて後方支援をしていきたいなと思ってます」
「おっしゃりたいことは分かるのですが……」
「俺が剣や魔法を極めたとしても、俺一人でやれる範囲ってきっと、大したこと無いと思うんです。だから、いざという時に前線に立つ人達が全力を出せるようにしたいと思っています」
前魔王は間違いなく、殺戮系異能の所有者だった。対する俺はヒール系の異能を持ってきてしまった。だから俺は、どう考えたって前魔王程の力は出せない。今は人間界からの攻撃が途絶えているとはいえ、次が『絶対に』来ないとは言い切れないんだ。
その時が来れば、魔界を守るために多くの人々が駆り出されることだろう……俺の異能が殺戮系異能じゃなかったばかりに、きっと、前魔王の時以上に多くの人々が。
「俺の個人的な意見ですが、最悪『便利な奴』で良いと思っています。勿論、舐められないように最低限の振る舞いはしますが……あはは、どうしたって俺は、俺自身じゃなくて周囲の人々の手で権力を確立するような存在になってしまいそうですね」
「魔王様……」
「まあ、魔界の復興作業は倒れない範囲でやりますよ。国民が元気になれば、全部国民に丸投げすることも考えます。だから、大丈夫です」
魔王が全部やってしまうのは違うだろうし、俺が動き回るのも時限的なものだ。
エルフやドワーフ、オークにウェアウルフにドラゴニュート。いろんな種族の人がいたけれど、環境を見た感じ魔界といえども人間界と同じような社会が築かれている。かつては普通に経済活動が行われていたはず。
俺が良かれと思って全部のことに手を出せば、魔界の社会システムが崩壊してしまう。メリィベルさんはそこを心配しているのかもしれないけれど、そういうのはちゃんと分かってるつもりだ。
「復興作業は暇な時にやるとして、何か困っていることとか、ありますか? 優先すべきことがあるなら、そちらを優先しますから言って下さいね」
「えっ!? えぇと……」
あくまで目の届く範囲でやらなきゃなーってことをやろうとしてたけど、多分魔界ってかなり広いし、見えてないとこで何かあるかもしれない。そう思って聞いてみたら、メリィベルさんは本気で悩み始めてしまった。
「あー、いやいやいや。無いなら無いで良いんですよ。そんな理由で暴れたりしませんって」
俺の召喚って、単にシンボルを用意したくて行われた感あるし、特にやるとと無いって言われても何も不思議には思わないかな。『勇者を殺してこい!』って理由で呼ばれたんじゃないってのは最初に聞いてるし。
「申し訳ありません……」
「何も無いのは良いことですよ。剣と魔法の訓練と世界の勉強に時間取れますし、何か起きてから考える余裕もあります」
しばらくは訓練と勉強、暇を見付け次第復興作業って感じになるかなーとか思ってたら、突然部屋のドアが勢いよく開かれた。
「魔王様!」
「ッ、無礼者! ノックもせずに駆け込むとは何事ですか!?」
入ってきたドラゴニュートのお兄さんに向かって、メリィベルさんが怒鳴る。お兄さんはびくりと肩を震わせて「申し訳ありません」と目を泳がせる。多分、メリィベルさんって結構位が高いんだろうな。
召喚士だったせいでそのまま俺の世話係みたいになっちゃってるけど、本来は騎士団長とかそういう地位にいる人なのかもしれない。何か、俺こそ申し訳ないな。
「良いですよ、メリィベルさん。どうされましたか? ええと……」
「はっ、自分はザクスと申します! 魔王様、申し訳ありません! ザオアークラオト神殿までお越し頂けないでしょうか!?」
「いきなり何なのですか! 要件を言いなさい!!」
ドラゴニュートお兄さん……もといザクスさん、多分めっちゃ若手だ。怒られに怒られてテンパってる。でもまあ、これに関してはメリィベルさんの言ってることが正論だから何も言わないでおく。目上の人に対する発言じゃないのは確かだ。俺に『目上』の自覚は無いけども。
「も、も、も、申し訳ありません……! 実は、神殿内でスライムが大繁殖し、騎士団で討伐に向かったのですが変異種のせいで、多数の重傷者が出てしまい……恐れ多くも魔王様はヒーラーとしての力がお高いと伺いましたので……」
スライムで重傷者多数!? この世界のスライムって最弱モンスターじゃないのか!?
変異種とやらのせいなのかもしれないけれど、緊急事態なのは確かだし、多分魔族ってヒーラーが生まれにくいんだと思う。
じゃなきゃ魔王、それもさっき来たばかりの俺に助けを求めにくるなんてことはないだろうから。
「……ッ」
「行きましょう、メリィベルさん。俺は全く問題ありません」
魔力の使い過ぎで倒れたばかりだけど、一眠りしたからもう万全な状態だ。ていうか、俺の能力を生かせる最高のシチュエーションだと思う。
「魔物の様子と実戦を見ることのできる、またとない機会です。倒れるまで異能を使わないとお約束しますから」
あらゆる意味で、「行かない」という選択はない。俺の体調を気にしていたと思われるメリィベルさんも、騎士団が心配だったんだろう。
「よろしくお願い致します、魔王様……それでは、参りましょう。私も多少は治癒の力を持っていますから」
「! ありがとうございます!!」
「ですが帰ったら礼儀指導ですよ、ザクス!!」
これといって準備するものもない。俺達は大至急城内にあった転移門(これでザクスさんは神殿から城に飛んで来たみたい)に駆け込み、ザオアークラオト神殿に飛んだ。




