3.異能の名は。
「ありえねぇ……っ!! 最低だろ、前魔王……!!」
部屋に戻ると同時、俺は膝を付いて床を殴る羽目になった。
男性はただの甲冑(恐ろしいことに執事さんやコックさんまで甲冑だった)、女性は皆マイクロビキニだったと言えば、従業員の皆様の悲惨さはお分かり頂けるだろうか。
とりあえず、全員即席で服装を変えさせて頂いた。適当で申し訳ないけど、思い付くまで放置することさえ耐えられなかった。
それぞれ、相応の格好を思い描いたら何か変わってくれたから、『異能』の使い方はこれで良いようだ。
そして即席の衣服だというのに、男女問わず大歓声が上がっていた……こんなことで喜ばれても、何も嬉しくないんだけどな。
「魔王様……」
「魔王様がお心を痛めてらっしゃる……」
どうやら部屋まで何人か着いて来てくれていたようで、部屋の外から女性の声が聞こえてくる。
「ッ、すみません! ご心配をお掛けしました」
すぐに立ち上がり、扉を開けばメリィベルさんと、メイドさん数名が俺に向かって会釈する。怒りに燃える俺のことを心配して付いて来てくれたようだった。
みんな耳がとがっているけれど、微妙に容姿が違っていて面白い。そういえばメリィベルさん、エルフ『族』って言ってたっけ。
テンプレでメイドの褐色エルフさんと白いエルフさんはダークエルフとハイエルフって奴かな。メリィベルさんは……角エルフ、か?
それはさておき、話すことは話しておかなければ。
「とりあえず、最初の仕事が制服決めというのもどうかとは思うのですが……何か、希望があれば絵に描いて頂ければ。俺が頭に思い浮かべることが出来れば、何とか出来そうです」
あまりにも即席だったものだから、特に男性の制服デザインが気に入らないし、女性は女性できっと俺には分からないこだわりがあるに違いない。
いっそ全部そっちで考えてくれと言えば、メイドさん達はぶんぶんと首を横に振るう。
「魔王様が与えて下さったものこそが、最高の制服です」
「前魔王――ッ!!」
ダメだ、前魔王が屑過ぎてメイドさん達の幸福の沸点が低くなっている。
これは気合を入れて従業員達の制服をデザインしなければ。俺が考えた最高のメイドさん、騎士さん、執事さん、コックさん、その他大勢にしなければ。
ため息を吐く俺の顔を見て、メリィベルさんは穏やかに笑みを浮かべてみせる。
「魔王様、やっぱり、持ってらっしゃったのですね、異能……それも、こんな優しい異能を」
「ああ、はい。これ、恐らくは『思い描いたものを実現する能力』ですよね」
どこかうっとりとした、夢を見ているかのような表情だった。
俺の問いに、彼女は頷いてみせる。そして、何も知らない俺のために説明を続けてくれた。
「異能【高貴なる創造権】です。条件はありますが、おっしゃる通り、基本は思い描いたものを実現する能力になります」
「条件について、お伺いしても?」
「はい。条件は『他者に危害を与えないこと』になります。他者に危害を与えない限りはどこまでも自由に能力を行使出来ます」
なんだか『公共の福祉』みたいだ。要は他人に迷惑掛けるの禁止ってことだし。
その条件なら、メリィベルさん達は演技でも何でもなく、心から制服の変化を喜んでくれているということに違いない。前魔王、本当に許さないからな!!
「他者に危害を加えない限りはどこまでも自由……だったら、こういうことも出来るのでしょうか? ええと、そこのエルフさん。右手を貸して下さい。包帯、解きますよ」
「? はい」
ダークエルフさんが右の手のひらに包帯を巻いていたのが気になっていたんだ。差し出された手の包帯を解けば、真っ青に変色し、腫れ上がった痛々しい皮膚が顕になった――「痛みよ消えろ」、「腫れよ退け」と、念を送る。
「わあ……っ」
「ありがとうございます。やっぱり、そういうことなんですね」
「こ、こちらこそ! ありがとうございます……!!」
綺麗になった皮膚を見て、ダークエルフさんは色素の薄い瞳を細めて喜んでいる。結構長引いてて、苦労してたのかな。俺の方に影響が出たわけでもないし、治癒系の魔法が発動したようなものだと考えて良いのかな。
「ですが魔王様、お身体に問題はありませんか? 無詠唱で治癒魔法だなんて……!」
「うーん、今のところはこれといって、何も……ですが、無制限発動が可能かどうかは実験が必要そうですね。変な場面で倒れてご迷惑を掛けるのも嫌ですし」
「ああ……っ、本当にお優しい魔王様でいらっしゃる……っ」
メイドさん達は喜んでくれている、けれど……これ、明らかに『魔王』向けの能力ではない気がする。メリィベルさんの顔が僅かに曇ったのが、答えだ。
魔王ならもっとこう、殺戮系の能力が望まれていたと思う。呪詛的な何かを口ずさめば皆死ぬとか、思うがままに天変地異を起こすとか、そんな感じの。
【高貴なる創造権】はどう足掻いても人を助けたり、癒したりする類のものだ。勇者が攻め込んできても勇者を殺せないし、聖女の祈りを無効化することも出来ない。
「メリィベルさん……すみません。俺の異能は魔王向きの能力では無かった、ハズレを引いてしまった……つまり、そういうことなのでしょう?」
俺の問いに対し、メリィベルさんは悩んだ末に口を開く。
「【|高貴なる創造権】は通常、聖に連なる者に望まれる力です……そうですね、時代が違えば、魔界の召喚士である私は落胆していたかもしれません」
時代が違えば、きっと酷い目に遭っていた。そう思えば、ゾッとしてしまう。
でも良かった、役立たずだから殺すとかそういうことにはならなさそう……魔王はいきなりクビになりそうだけど。




