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レイ・チェンバースは悪夢を見ない  作者: ネジマキピエロ
[第一章]レイ・チェンバースの奇妙な一日
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その支部長、凶暴につき

 ここで僕の所属する世界教会についてお話ししたい。


 世界教会の発足は21世紀の中頃だ。

 2029年、人類は世界を巻き込む殺し合いを開始。世界の二大大国同士の食い違いがきっかけだった。

 始まった第三次世界大戦では開始早々に、大国が核兵器を発射する事態となり、わずか4ヶ月で終戦を迎えることになる。それでも人類に与えた影響は尋常ではなかった。

 率先して核を使用した二つの大国政府は、全世界と自国民をも敵に回し転覆した。その大国の抜けたポジションに入り込もうと各国が競争を開始した。


 その時、20世紀より武力放棄を掲げる日本政府がある声明を出した。

 世界の覇権を握る国は武力を持つ国であってはならない、同じ過ちを繰り返したくないのならそうするべきだと。

 戯言のようなその声明は、簡単に日本を全世界のトップに位置づけ、事態は概ね収束した。

 それから15年後、日本政府は世界へ新たな声明を発表した。


「世界教会」の発足である。

 全ての争いの種をなくし、世界をフラットにするための機関。国境、貧富の差、信仰対象の違いが争いを生む物だと定義し、人間のあらゆる自由を制限した。

 多少の反発もあったが、世界の多数を占める貧困国からの支持が集まり、世界のほぼ全ての地域を統治することとなった。

 ここまでの話だとそれほど問題はないかもしれない。僕もそう思っていた。


 だが、世界教会発足から約100年、世界は幸せになったと言えるだろうか? 人間というのは貪欲であり、弱い生き物だ。そして世界教会が敷いたレールは、一部の人間のみが甘い汁を吸う為の洗脳だった。


 まず信仰だが唯一神<ファーザー>のみを崇めることが許された。それ以外の信仰心は全て悪魔崇拝と呼ばれ、迫害と断罪の対象となり、取り締まる為の治安維持部隊<猟犬(ハウンド)>が設立された。

 それに加え、貧富の差を無くすという名目で行われる財産の没収。代わりに世界教会から衣食住が提供され、それぞれに仕事が割り振られた。もちろん給料などの支給はない。

 最後に自由結婚の撤廃だ。恋愛は許されず、世界教会が選定した者同士が夫婦となり、離婚は出来ない。


 どうだろう? 狂った世界だと思わないか? 

 ついさっきまで僕自身なんの疑問も持たずに生きてきたが、今は分かる。悪魔崇拝者のケツを追っかける犬でいるなんて真っ平だ。


「とは言ったものの、辞職なんて許可されるんだろうか」


 とにかく一度支部に戻るしかない。




 ――コンコン。

「レイ・チェンバース入ります!」


 支部の建物内にある支部長室のドアを叩く。


「入れ」


 許可が出たので入室する。

 部屋は豪華絢爛そのものだ。虎の毛皮の敷物が置いてあり、天井にはキラキラ光るシャンデリアが吊るされている。そして赤いなめし皮で出来た大きなシングルソファに座っているのが支部長だ。


 ジョージ・スコッチフィールド。通称<百獣(ベスティア)>。

 身長は2メートルを軽く超え、筋骨隆々。黒髪を無造作に伸ばし灼眼で相手を見据えるその姿は、正に大きな獣だ。


「発現を許可する。要件を言え」


「ありがとうございます。本日をもって猟犬を辞めさせて頂きたいのです」


「通報のあった犯罪者はどうした?」


「申し訳ございません。逃げられてしまいました。それより支部長、どうか猟犬を辞めさせ……」


「オットーとベンはどうした?」


 ダメだ、全く聞く耳を持たない。いつもそうだ。自分の要件だけを押し通し、周囲の声など聞く気がない。

 なんとか一泡吹かせてやりたくて、ムキになって発言した。


「僕が殺しました」


「あぁ? 聞き違いか? 今何て言っ……」


「ですので、殺しましたと言いました。気付いたのです、この世界は間違っている。街の人達は平等という名目で貧しい生活を送っている。にも(かかわ)らず、この部屋はどうです? 豪勢な内装、食べ切れずに廃棄する食事。こんなこと間違っているっ!」


 後には引けず、言い過ぎてしまった。だが寧ろ、これで辞めろと言われるかもしれない。なら結果オーライだ。


「よく分かった」


 ジョージはそう言うと電話の受話器を取り、話し始めた。


「エレナか? 俺だ、本部へ伝えてくれ。被験者が暴走したんで殺処分する。子供を殺してすまないと伝えておいてくれ。それから――」


 え? 辞めさせられるんじゃなくて、殺されるのか! まずい、逃げるしかない!

 電話を続けているのを尻目にそっと後ろを向き、ドアノブに手を掛ける。


 ……ギシッ。

 後ろで音がしたので振り返ると、ジョージが電話を終えていた。


 メキメキメキッ!!

 ソファを圧し潰し、ジョージが立ち上がる。


「おい、さっきまでの威勢はどうした? せっかくお前の話を聞いてやったんだから、俺を楽しませろや!」


 言い放った途端、ジョージが猛スピードで僕の方へ突っ込んでくるのが見えた。

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