第五話
第三多目的室。部室の隣にある部屋だ。
僕はそこに橘を連れて行った。
今日は誰もいなくて良かった。特に姉ちゃんがいたら労力を無駄に使う事になるからな。
きぃ、と扉が音を立てて開いた。
時折掃除をしているため、埃は少ない。
物数は少なく、イスと机が数個と、その横に本棚があるだけだった。
「……ここは?」
部屋についてからの数分間、一言も喋らなかった橘が口を開いた。
「前の部室だ。そして、この学校の宝物でもある」
僕はためらわずに答えた。
そして僕は語り出す。
特になんの変哲も無い、一人の少年と一人の少女の恋物語を。
およそ25年前だ。この学校に文芸部が出来た。作ったのはその年に入学した1年生でな、当時この学校は部活に絶対参加だったらしく、どの部活も気に食わなかった彼は、自分が好きな事、つまり読書に集中出来る場所を作るために、文芸部を作ったんだ。
しばらくして、転校生が来た。そしてその転校生が文芸部に入る事になってな。その女の子と文芸部を作った男の子は少しずつ互いに惹かれていった。
しかしその時事件は起きた。
この世には多重人格というものがある。
そしてその多重人格は、脳にダメージを与えることがある。最悪の場合は記憶を失う。
そして彼女は、記憶を失ったんだ。
彼はそれを防げなかった自分を恨んだ。本当なら防げたはずなのにそれが出来なかった自分を責め続けた。
それでも周りの支えで少しずつ立ち直り、夢を見つけ、それを叶えた。
彼は編集者となり、仕事をしていたある日、上司に言われ、新人賞を取った子の担当編集をする事になった。
その新人賞を取った子が、紛れもない、記憶を失った彼女だったんだ。
「……それだけじゃまだこの部屋の意味が分かりませんね」
「勿論これは前置きだ。本当に重要なのはこの後、天才達の夢物語だよ」
それから5年、彼と彼女は結婚し、子供も産まれた。
二人はものすごく成功してな、彼は敏腕編集として、彼女は天才作家として、名を馳せた。
それだけじゃなく、当時の部員達が次々と成功していった。
そりゃ話題になる。時代を挙げての天才達が、一つの学校から、それも同じ部活から出ているだから。
そして学校はそれを利用した。学校の名誉を築いた。自分達のためにな。
「なるほど、理解しました。天才が集まる部活として、この部活は存在しているんですね」
「それだけじゃない。実際に天才が集まった。そしてその結果、部員達はこの部活から離れていった」
「もしそれが本当なら、普通にすごいと思いますけどね」
僕もそれには同調しよう。
「でも」
一拍置いて、橘は言った。その質問は予想と全く同じものだった。
「何故貴方が、それを知っているんですか?」
決まってるだろ、そんなの。本人から、聞いたんだから。あの馬鹿野郎どもに。
「それはあまり、言いたくないな」