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第四十話

 カチカチと、ホテルに備え付けられた時計の音が響いた。

 気にしなければ聞こえない程度の音だが、それが聞こえるほどにこの部屋はシンとしていた。

 午前二時にうるさくするのも問題だが。

 隣のベッドに寝ている翡翠は、スヤスヤと寝息を立てている。こいつ、緊張感とかないのか。俺の理性が崩壊したらどうするんだ。寝顔可愛いし。

 あまりにも眠れないものだから、もう一度風呂に入ろうと部屋を出た。

 当たり前だが、誰もいない廊下に付けられた窓から見る夜景は、満点の星空で、心を奪われた。

「綺麗でしょ?昔、よくパパに連れてきてもらったところなの」

 ホテルに置いてあった浴衣に身を包み、濡れた髪を下ろしている縁が、ぽいっと缶を僕に向かって投げた。

「お前も、風呂入ってたのか?」

「眠れなくてね」

 受け取った缶のプルタブを起こし、唇をつけた。

「本当はみんなで来たかったんだけど、やっぱりあんな事があったら誘いづらくて」

 あんな事、というのはおそらく蓮の事だろう。

「それは悪かったな」

 縁は、深く深呼吸をした。まるで、この世を独り占めするかのように。

「私は、もっと変わりたいの。もっと、もっと……」

 その言葉の意味は、俺には分からない。

「もっと、もっと……」

 何度も繰り返したのちに、縁は嗚咽を漏らした。

 俺は何もする事が出来なかった。


 翡翠と別れた後、打たせ湯に延々と頭を打たれていた。

 考えたところで答えは出ない。でも、問い続けなければならない。


 俺は、どうなりたい?何になりたい?なんで生きてんだ?


 いつのまにか流れていた涙は、それに俺が気づかないうちに打たせ湯の湯とともに排水溝へと消えていった。

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