剣士
「ショウ!」
大きな声で叫んだリクの肩に、サイラスの手が回る。
「俺たちは役に立たない。言われた通り、街道のほうに戻って、町に向かおう。それにしても、導師は剣士だったのか」
リクはそう説得するサイラスに引きずられるように動き始めた。
その二人の前に一匹のハネオオトカゲが舞い降りた。
ハネオオトカゲは、なぜ自分はここに飛んできたのかと戸惑っているように見えた。しかし、すぐに目の前の人間に目を留めた。
「来る!」
サイラスはとっさに鉈を構え、リクを背中に回した。しかし、リクもそれを見て、同じように鉈を構え、サイラスの左側に移動した。
「リク!」
「父さん、やるしかない」
その途端飛んできた、体の半分ほどもあるハネオオトカゲをサイラスは鉈で殴りつけるように叩き落した。地面でもがくハネオオトカゲを、リクが無我夢中で叩く。
「リク、やめるんだ」
「だって」
「もう死んだ。少なくとも動かない」
はっとリクが下を見ると、そこには動かなくなったハネオオトカゲがいた。
しかし、次々とハネオオトカゲは飛んでくるように思えた。
サイラスはリクを守るように、近くに飛んできたトカゲを叩き落としている。
リクは町のほうを見、そしてハルとショウが走っていったほうを見た。そして決めた。
「父さん、町に戻るのも、ショウたちの応援に行くのも一緒だ! それなら俺は、ショウたちのほうに行く!」
「馬鹿な! 俺たちでは足手まといだ!」
「でも! え?」
ばっと草原が明るくなったかと思うと、ドーンと、腹の底に響く音がした。
もぞりと、ハネオオトカゲが一斉に向きを変える。
もう一度、ドーンと大きな音と光が見えた。
ちがう。光じゃない。リクにはぱっと火の粉が飛ぶのが見えた。
「魔法を撃ってるんだ……」
ショウは限界まで魔力を使ったと言っていた。ではあの魔法は?
「ハルだ……」
治癒もするけれど、基本はショウの陰に隠れるようにして静かにしていた少女。大事なところは決して見逃さず、人に意見することもためらわない強い人だけれど、目立たず黙々と仕事をしていた。
「魔術師だと、言ってた」
ハネオオトカゲが、一匹、二匹と草原に向かって飛び始めた。
「治癒師じゃない。魔術師だったんだ!」
だから何をするにしろ手伝いに回っていたのだ。そして今、おそらくだけれど、町に魔物を近づけないように魔法を使っている。
「おい! リク」
「ああ、父さん。草原に行こう!」
あんな大きな魔法、何発も撃てるわけがない。大きな魔物相手に、この小さい鉈がどう役に立つのかわからないけれど、町に戻るよりはきっと役に立つ。
リクはサイラスと共に草原に向かって走り始めた。
「なんだこれ」
ショウは、ハルと一緒に何度も狩りをしてきたはずだ。湖沼から深森に移動した最初の時でさえ、大きな火の魔法を展開したり、風の盾を一緒に作ったりして、お互いの力を知り笑いあって。
それから深森で暮らすようになっても、一緒に魔法の使い方を考えて、ハネオオトカゲが大発生した時も、年少組の皆と一緒に何とか撃退したではないか。
「なんでこんなに孤独なの」
たった一人で草原に立ち、たった一人で魔法を遠くに打ち上げ、たった一人で魔物を引き寄せようとしている。
「あんなに嫌がってたじゃない」
そうだ。大きな魔法を撃ちあげて、魔物を引き付けるおとりにされて、怪我をしても放っておかれて。もう少しで心が死んでしまうところだったではないか。
「いやだ」
こんなハルを見るのは嫌だ。
「ショウ! 一人じゃねえ!」
ショウははっとして声をしたほうを見た。
「レオン!」
「俺がハルを一人にするわけがないだろう」
ハルの少し後ろ、魔法に巻き込まれず、ハルの背後を守れるところにレオンが立っていた。
「うん!」
そうだった。ハルにはレオンがいる。そして。
「俺もいるぜ」
ファルコだっているのだ。
「私もな」
導師がふっと笑う。
でも、どうしよう、とショウはちょっと下を向いた。さっき導師と一緒に魔力を使いすぎて、ハルと一緒に盾にするための風の魔法を使うだけの魔力が残っていない。
「ショウ!」
ファルコが珍しく、少し怒ったようにショウを呼んだ。
「お前は、魔術師じゃねえ」
「魔術師じゃない。そう、私は治癒師だから」
「違うだろ! お前は治癒師であると同時に、俺が育てた剣士だろ!」
「剣士」
スライムを倒すように、問答無用でテーブルに置かれた短剣と向き合った日が最初だった。いやいやでも、毎日剣を振った日々。導師に憧れ、剣に練習に熱が入ったっけ。
「ショウは私の弟子であるが」
「俺の弟子でもあるんだ」
「導師、ファルコ」
二人が集まってきたハネオオトカゲを次々と落としていく。
「剣を抜け! 腰についてるそれは、飾りじゃねえ」
「うん!」
すらりと剣を抜いたショウは、皆のもとに走った。
転生幼女2巻、無事発売されています!
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