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出発

 リクもだんだんこの一行のことがわかってきた。


 おそらく、一番無茶をするのは導師なのではないか。


「明日、町を出てからほんの少しやって見せてくれないか。サイラスがファルコやレオンと働いていた荒れ地に、置き土産にしていけばよいではないか」

「置き土産って、いい意味だったかなあ」

「いい意味もあるよ」


 ハルにそう言われてショウも仕方ないかと肩をすくめている。


「私も覚えられないかな」

「覚えて、深森でどう使うんだ?」

「それは思いつかないけど」


 ファルコに言われて苦笑しているショウだったが、確かに農地にしないところを癒しても仕方がないかもしれない。


「使えるかどうかじゃないんだよ。せっかく面白い使い方があって、それをできる力が自分にあるなら、それを覚えられたら楽しいでしょ?」

「それもそうか」


 結局、明日、町を出てすぐにやってみることになった。


 リクの仕事は、癒しの力のない、あるいは弱い人から見たらじっとして何もしていないように見える地味な作業だ。しかし、命の輝きがはっきりとわかる治癒師が見たら、きっと何をしているかはっきりとわかってもらえるに違いない。


 リクは少し胸を弾ませながら眠りについた。



 次の日、最後まで導師は町長と話をしていた。


「思いもかけず、この町でも依頼を受けることになってしまったが、ほんの数日ではこの程度しかできぬ」

「とんでもない。怪我の跡が残っている者を治癒してくれただけでもありがたいのに、その技を治癒師に惜しみなく伝えてくれて。薬草の採り方、小さい魔物の倒し方、本当に何と感謝してよいかわかりません」


 町長は深く頭を下げた。


「いやいや。それは私ではなく、私の弟子たちのやったことだ」


 導師はなぜか満足そうに胸を張った。ショウもハルもくすくす笑っている。


「本当に。深森の年少さんは働き者だ。ありがとう」


 最初いくらか高圧的だった町長もすっかり穏やかになっている。


 しかし、ファルコとレオンの狩人組はまだ言いたいことがあった。


「町長」


 レオンが声をかけたが、身長の違いから自然と見下ろす感じになる。町長はややたじろいだ感じになった。


「問題が多い中、あれこれ考えるのも大変だと思う。が、魔物が増えていることを必ず平原の中央に連絡してほしい。地理的にも、深森や岩洞からの魔物が一番最初に通るところだ。できれば監視できる人を派遣してもらえるといいんだが」

「一応やってはみる。中央はここほど魔物の事を重要視していない傾向があってな」


 町長はやや苦々しい顔をした。


「それから、既に草原にはハネオオトカゲが増えてきている。単独では決して草原に出ないこと、そして万が一大量発生したら」


 このことは草原の見回りをした時に一度告げていたことではある。


「農地はやられるかもしれないが、人は建物の中にいさえすれば、必ず助かる。農地を守ろうとせずに、すぐに家に戻るよう徹底させてほしい」

「わかった。一度町を挙げて訓練するのもいいかもしれないな」

「それはとてもいい考えだと思う」


 レオンは町長の考えに全面的に賛成した。


 魔物に慣れている北の町でさえ、町の周辺の巡回は欠かせない。普段いない魔物が既に発生しているということに危機感を持ってほしいレオンだったが、狩人のいない町では、それは無理なのかもしれなかった。


 不安を抱えながらも、本来の依頼に向かわねばならない。


 しかし、町を出たら今日はお楽しみが待っている。


「さて、丘に向かうかな」


 導師が自ら手綱を取って、サイラスがほんの何日か藪を払った丘に向かう。うきうきしているのがわかって笑いがこぼれる一行は、すぐに丘に着いた。


「ほんとだ。初日に薬草を確認しに来た時とは全然違う」


 ショウは驚いて丘のふもとを眺めた。


 もちろん、丘全体からしたらほんの一部だ。もともと大きな木は少ないのだが、その下に生えているもつれた藪はだいぶ整理され、道を外れて奥まで入ることができるようになっていた。


「俺もやった」


 ファルコが自慢げに親指で自分を指した。


「俺も俺も」


 レオンがファルコの肩に後ろから寄り掛かって顔を出した。


「偉い偉い」


 年少に褒められて得意顔ってなんだよと、リクはちょっと情けなく思うのだったが、ふとサイラスを見ると、俺もほめてほしいと顔にでかでかと書いてある。


「父さんもさすがだよね! 短期間でこんなにさ」

「まあな。それが仕事だからな」


 そう言ってにやけて、鼻の頭をかいてそっぽを向いてるのを、ショウとハルが見て笑いをこらえている。

なんだろう。自分の本当の息子に会って、導師という人生の先輩に触れて、大人としてもっと自覚を持つものかと思っていたリクにとって、なんだか子どものように無邪気になっているサイラスはちょっと衝撃的だった。


 ファルコの親というより、友だちみたいだ。


 でも、ちょっと気が抜けて、そんなサイラスも結構いい。


 ただ、リクの知らないサイラスがいてちょっと寂しい気がするだけだ。


「そんな顔すんな、リク」


 レオンがリクのほうを見ずにそう言った。


「俺たち、子ども時代より大人でいるほうがずっと長いんだ。早いうちに子どもを持ったらさ、数十年後にはほとんど同じ年みたいなもんだ。だから、リクだって、あと二十年くらい経ったら、サイラスと親子でもあり、友達でもありって感じになってるよ、きっと」


「そうだな。それも楽しみだな」


 サイラスがちょっとにやけた。本当に。本当にこの世界の人たちは、子どもが大好きなんだ。


「ごほんごほん」


 導師のわざとらしい咳払いに皆はっとして振り向いた。


「そんな家族のよさを見せつけられたら、ショウでも抱っこせねば、さみしくてやりきれないではないか」


 何を言うのかと思ったら、そんなことだった。


「もう、セイン様ったら」


 それでもショウは導師に近付き、そっと抱きしめてもらっていた。


「ハルもな」


 次はなんだかくすぐったそうなハルだ。くすくす笑っている。


「さ、リク」

「俺?」

「そうだ。ショウとハルと同じ年だろう。さあ、おいで」


 皆あちこち向いて見ないふりをしている。リクはおずおずと近づくと、大きな導師にしっかりと抱きしめられた。


「うむ。少しは気が済んだ」


 そっとリクを離すと、導師はリクを見下ろして厳しい顔を少し緩ませた。


 サイラス以外に抱きしめられたことのないリクは、ちょっと戸惑ったけれど、ほのかに胸の奥が温かくなったような気がした。


「リク」


 そんなリクの肩にサイラスが手を回す。そうだ、サイラスは抱きしめるんじゃなくて、こうやって、まるで自分のものだというように引き寄せるんだ。それもなんだか温かいのだった。


「では、リク、大地を癒すやり方、見せてもらおうか」

「はい」


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