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導師が主役

「まだやるべきことは多いが、治癒師の少ない町でどう治癒師を増やすかというモデルケースにはなった」


 明日はカナンへと移動するという日、 導師はアンファの町でやるべきことは一応やり終えたという顔だった。


「ショウとハルの方も順調だったか」

「はい。リクもいたし」


 ショウはリクのほうに向いた。


「や、俺は手伝っただけだから」


 ほんとに手伝っただけだと自覚しているリクは、とんでもないと手を振った。


「まだ父さんの手伝いをしたほうがましだったかもというレベルだよ」

「リクが手伝ってくれたらそれは楽しかったが、しかしリクもカナンの町に着いたら、本格的に治癒師の手伝いに入るだろうから、勉強は必要だものな」


 もちろん、子どもたちが狩りをしている合間に、リクはショウに治癒のやり方をしっかり教わっていたのだった。子どもたちが怪我をしないように狩りを教えているわけで、したがって怪我をするものはほとんどいない。だから、ほとんどイメージトレーニングだった。


 しかし、体に沿う魂の輝きを細部まではっきり見る訓練をするようになると、自分が今までいかに雑に治癒の力を使っていたかがわかる。


「そもそも、大地に治癒の力を使うのは、一方的にエネルギーを注ぎ込むだけだったからさ。相手のことをきちんと見るってことはしてこなかったんだ」

「大地にだと」


 すぐに反応したのは導師である。


「はい」


 リクは導師のほうに向きなおった。深森一行の勢いに押されて、自分が治癒の力でどんなことをしてきているのか、話すタイミングを失っていたのだ。それに、カナンでもこのことはサイラス以外には話していない。


 だから、こんなみんなのいる食堂で話すことではないのかもしれないのだが、やっと話す機会ができたという訳なのだ。


「俺の仕事は、荒れ地を整え、農地を増やすものなんだ。藪を払って、まず牛が入れるようにしたとしても、畑に使えるようになるまではかなりの年数がかかるんだ」


 リクを横目で見て、まずサイラスが説明を始めた。


「それをリクが、荒れ地は命の輝きが弱いって。元気のない人みたいだって言い出してな」

「だってほら、人に命の輝きがあるように、大地にも、草や生き物にも命の輝きがあるだろ」


 なあ、わかるだろ、と言うようにショウとハルを見ると、二人ともきょとんとしている。


「ラクやハクにだって、魂の輝きはある。そうやって農地や丘を見ると、大地にも、その上に生えている草にも、なんていうんだろう、人と同じように何かが見えるんだよ」


 誰も返事をしないので、もどかしさが募る。


「ごめん、リク。そんな風に周りを観察したことはなかった。深森に農地はほとんどないけど、馬なんかは移動に欠かせない大切なものなのに、馬ですらそういう目で見たことはなかったの」


 ショウはそう言って導師に確認を取った。


「深森は、それこそ森が多いので逆に感じなかったのかもしれぬ。言われてみれば、魔物以外の生き物も、全て女神からエネルギーをもらっている存在だ。リクのような発想がなかったのがおかしかったのだ」


 導師はさっそく確かめてみたいというように宿の入り口を眺め、


「導師、夜ですから」


 とショウに止められている。


「それに、リクの話はまだ終わってませんよ」


 さらにハルにまで叱られている。


「そうだった。それで、大地を癒すというのは、どういうことで、どのようにやるのだ」


 何を言っているのかわからないと、気持ち悪いと言われるのが嫌で、今までひっそりと大地を癒してきたリクには、思いがけない反応だった。


「えっと、怪我人を癒すのと同じです。まず、荒れ地を牛が入れるくらいに整備した後、元気のない大地に、女神の元からエネルギーを引っ張ってくるんです」

「ふうむ。しかし、大地は広い。人という、決まった形のものを癒すのとは違って、どのくらいの範囲を、どの程度、どのように癒していくのか判断が難しかろう」


 導師は顎に手を当てて興味深そうに指摘した。リクは最初の一回を思い出して、恥ずかしくなったが、正直に話した。


「最初の一回は力の加減を間違えて、魔力を全部持っていかれて倒れたんです」

「私と同じだ」

「ショウもか」

「うん」


 ショウの言葉に、リクはほんの少し気が楽になった。


「それで、しばらくはやらずにいたんだけど、次の年、その荒れ地の俺が癒したあたりは、劇的に回復したんだ。つまり、命の輝きに満ちて、牛どころか、すぐ麦畑に使えそうなほどになってたってこと」


 ショウとハルが心配そうに視線を交わしている。


「それはすごいことだけれど、もし他の人に知られたら、利用されてしまう恐ろしい力でもあるよ」

「わかってる」


 リクは頷いた。自分はその時わくわくしただけだったのに、悪用されるかもしれないということをすぐに思いついたショウとハルを素直にすごいと思う。


「だからこそ、父さんにも止められたし、しばらくはやらないようにしていたんだ。けど、少しずつなら? 目立たないようになら? やってみたいだろ?」


 やってみたい。なぜかファルコとレオンが頷いている。


「それで、父さんの許可を取って、父さんの見ているところで、少しずつ、一度にたくさんではなく、やってみるようになったんだ」


 やっちゃったのか、という心がみんなから伝わってくるようだった。


「結論として、荒れ地は今までよりずっと早く使えるようになってはいる。だから、荒れ地を開拓するスピードが上がって、やっぱり藪を払う手伝いが増えると仕事がはかどるな、なんてよく言われるようになったが、実際はそうではないんだ。リクのおかげで、同じところを何度も払う必要がなくなったんだ」


 サイラスの言うことはわかりにくかった。


「平原は、平地はほぼ草原で、ここは畑地に変えればすぐ麦が育つ。そのほかに藪が生え、岩がむき出しになっていたりする丘があり、そこは畑地に変えても麦はうまく育たないんだ。だから丘は放置されるか、牛を放牧するかにしか使えない」


 深森とはまったく違う土地の使い方だ。


「ところが、リクが本気で癒した土地は、畑に転用できるんだ。藪も生えなくなる。その分、他の場所に力を入れられる。結果として、どんどん開拓が進むというわけだ」


 それはよいことのように思える。


「たいていの農家が、畑地のみを持っているが、中には畑地と丘を所有している農家もあって、丘を放牧に利用したいという依頼を受けて丘の荒れ地を整えていく。だが、放牧でなく、それを畑にできると知ったらどうなると思う?」

「丘を持っている人の中で、サイラスとリクの取り合いが起こる」

「おそらくな」


 サイラスはショウに頷いた。


「だけど、力を使いたいというリクの気持ちもわかるんだ。だから、畑地には転用できないくらいの癒しを、まんべんなく大地にと。そういうやり方をしてもらっている」

「成果が誰かの目に見えるわけじゃないからちょっとつまらない思いもあるけど、誰かの迷惑になることでもない。少なくとも、サイラスの仕事が少し楽になるのは確かだから、そうやってるんだ」

「見てみたい」


 そんな事を言い出すのは。


「導師……」


 しかいない。

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