忙しい日々
「でも、私たち、あなたみたいな剣を持っていないわ」
よく考えたら、スライムを切り裂くものを持っていないというのだ。
「こういう、鉈とかはどうなんだ」
リクが前に出て自分の鉈をみんなに見せる。
「そんなの、ナイフ以上に持ってないよ」
確かに、リクは鉈を藪を切り開くために使っているから、普通の子どもが持っているわけがなかった。
「これは?」
さっきファルコに怒られていた少年が、小さいナイフをポーチから取り出した。それは子どもが木の枝や簡単なものを工作するのに使う小さいものだったが、
「それならあるよ!」
「持ってるわ」
と、子どもたちが口々に声を上げた。
「スライムは柔らかいからいけるんじゃないかな。順番にやってみようか」
スライムの怪我の恐ろしさに最初は引いていた子どもたちだったが、ショウにつられて皆やる気になっていた。それから、手分けしてまずは慎重にスライムを探した。
「いたよ!」
スライムの周りに集まり、よく観察する。
「いい? どのくらいの近さでスライムが反応するかよく見てね」
棒を振って、どのくらい離れていれば安全かを教える。そして酸を吐かせ、スライムを切り裂く。その後は、ショウとハルとリクの組に分かれて、スライムに手を出せる子は、順番にスライムを倒していく。ちなみに、工作用の小さいナイフでも十分にスライムを切り裂くことはできた。
一帯のスライムを一通り倒してやっと、薬草を探すことになる。
薬草は特徴のある葉っぱなので、皆比較的すぐに覚えることができた。それでも、やはりじっとして薬草を採るのが苦手な子どももいる。
その日の終わり、いつの間にかレオンと交代して、子どもたちのリーダーになっていたショウが、子どもたちを集めてこう言った。
「スライムを狩る人、薬草を採る人で、必ず組を作ること。絶対一人で薬草を採りに来たりしたら駄目だよ」
「ポーションがあればいいんじゃないの?」
そう言ったのは最初にファルコに怒られた子だ。良く動く子ではあるのだが、軽はずみなのは性格なのだろうか。
「あのね。スライムにやられて痛い時、冷静にポーションを自分にかけられる?」
かけられる、と反射的に言おうとして、少年ははっとファルコのほうを見た。
「無理かもしれない」
しぶしぶそう言った。ショウはよく言ったというように頷いた。
「私の友だちがね。スライムの酸にやられて、痛くて気絶してしまったことがあったの。みんなに気づかれるのが遅くて、見つかった時にはもう、ポーションが十分きかない状態になってたんだ」
痛くて気絶ということは皆考え付かなかったようで、ざわざわとしている。
「その時怪我の跡が残ってしまって。最後には治ったけどね。今、深森の導師が、怪我の跡を直す技をこの町の治癒師に、ナイジェルに教えてるとこ。でも、痛いのも、怪我も、最初からしないに越したことはないよね」
みんな今度は素直にうなずいた。
「私たちは、あと少ししかいないから。あと四日間、ちゃんと組を作って練習しようね」
大きな声で返事をして、みんな明日の約束をして帰っていった。
それをリクは感心して見ていた。
一応、リクもスライムやトカゲを倒すことはできるし、ショウやハルと同じ工夫を自分もしていたことがわかって嬉しかった。だから今日は教わる側ではなく、教える側に回れたことが楽しい。
でも、こんなにたくさんの年少組にやる気を持たせてしかも一日で教えるなんて、自分には絶対にできない。そんなふうに言ったら、
「ああ、経験があるんだよ、私。深森でもそうだし、岩洞でもね。それに何と言っても、ファルコが怪我を見せたのは大きかったよね」
と、ショウはなんでもないことのように答えたのだ。もっともファルコのことについては言いたいことがありそうだったけれども。
年少組が同じ年少組に教えることなんてまずないし、そもそも岩洞に行って教えたってどういうことだ。同じ四年間をこの世界で過ごして、ショウやハルと自分との差は一体どうしたことか。リクは自分でも知らない間に、なんとなく焦ってしまっていたのだった。
そこからの四日間、ショウとハルとリクの年少組は、安全に確実にスライムを倒し、薬草を採るやり方を、アンファの町の年少さんたちに教えることに力を注いだ。
スライムだけでもなんとかなればいいと思っていたら、予想外のことが起きた。
トカゲだ。
「新鮮なお肉になるのなら、私がんばる!」
そう言って、女の子たちがトカゲも狩るようになったのだ。
生き物の形をしたものを狩るという意味ではスライムより抵抗は大きいかもしれない。しかし、正面から襲われることはないので、スライムより安全である。
しかも、枝を削るくらいの小さいナイフで倒せる。
「夢中になって、スライムに気づかないことがあるからね。薬草採りと同じくらい気を付けてね!」
ショウとハルが注意しなければならなかったくらいだ。
スライムやトカゲの狩りが大人まで浸透するには時間がかかるかもしれない。しかし、少なくとも年少組の皆が、狩りの技を確実に身に着けようとしてくれているのは頼もしいことだった。
一方で導師は、町の人を集めてもらっては素質のあるものに癒しの訓練を施していた。癒しの力のある人は見つかったけれども、たいていはその力も小さい。それでも、小さい怪我を他の人が治せるようになれば、ナイジェルが大きい怪我を治すことができる。
子どもたちが頑張っているのを横目で見ながら、大人たちも熱心に教会に通って訓練に参加し、期日までに何人かは癒しの力の使い方を覚えてくれた。
その間、ナイジェルは重い怪我の治癒から、軽い怪我、さらに、スライムの怪我ではなくても例えばやけどなど、日常で跡が残ってしまった怪我なども必死で治療していた。短期間でこの若い治癒師を使い物にできるようにしなければならない。導師も珍しく必死だった。
そんな中で、手持ち無沙汰だったのは、狩人組のファルコと、レオン、それにサイラスだった。
初日こそショウとハルの手伝いをしたけれど、力のある狩人である二人は、今更スライムやトカゲを倒す指導はかえって苦手で、足手まといになりかねなかった。
かといって、狩るほどの獲物はいない。ハネオオトカゲは日に日に数を増してはいるものの、平原を北から南に移動するばかりで取り立てて町に被害はない。一日はハネオオトカゲを狩って、町の人には喜ばれたがそれも毎日は必要ない。
サイラスに至っては、さらに何の役にも立たなかった。
役に立たなくても、旅行だと、使者だと割り切ってのんびりしても誰も何も言わなかっただろう。
しかし、少なくともリクが一生懸命頑張っているのに、親であるサイラスが頑張らないわけにはいかないではないか。
サイラスは考えたあげく、町長に許可をもらって、ショウとハルが薬師と最初に行った、丘の周辺を整えることにした。
「俺の仕事は本来これだし、数日間ではほとんど何もできないが、丘の周辺に薬草採りに来た子どもたちが、スライムやトカゲを早く発見できるようにな」
そう言って、こんな時にも携えている鉈を持ち、毎日丘の周辺の藪を払いに出かけている。
ファルコとレオンも、単調な狩りには飽きていたところだ。サイラスのやることに興味を持ってついて来てみたら、その仕事は案外面白そうだった。森で狩りをするから、時には鉈を使って道を切り開くこともあるわけで、使ったことがないわけではない。それどころか、狩人のポーチに実は鉈も入っていて常に持ち歩いてはいるのだ。
それならば、ちょっとやってみてもいいのではないか。しかも理由はそれだけではない。
「それに、丘のあたりからだとショウが働いているのがよく見えるしな」
「なるほど。ファルコ、お前たまにはいいこと考えるじゃねえか」
「ということはリクも見えるな」
ショウが聞いていたら絶対白い目で見るようなことを大真面目に話し合っているのだった。
そうして彼ら三人は、町の人が見向きもしない丘の周りの藪を整えて、休憩ともなれば遠くの子どもたちを楽しく眺めて過ごしたのだった。
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