サイラスの心配
リクが心配で思わず腰を上げそうになったサイラスをファルコが押さえて、首を横に振った。
「父さん。もうカナンからの依頼は始まってるんだ」
サイラスははっとしてファルコの顔を見た。
「俺たちが、導師がカナンに行っただけでは何も変わらないんだよ。カナンの人たちが何をしたくて、何を学ぶかなんだ。リクが治癒師の卵ならば、まずリクが学ぶべきだろ」
「そうだな。すまない。ショウもハルもリクと同じ年なんだよな」
「そうだ」
それでもサイラスは二階に上がるリクの後ろ姿を目で追った。
「リクが中身が大人だってことはわかってるんだがな。実際、同じ年頃の年少の子どもたちと比べると何でも大人びていて、今まで心配したり不安になったりしたことはなかったんだが。ショウとハルはすごいな」
「まあな」
ファルコは表情のない顔をそれでも自慢そうに輝かせた。
「にしても、リクで大人びてるって、この町もそうだが、平原はそんなにぬるいとこなのか」
レオンが遠慮なしに言った。
「ぬるいって」
サイラスは思わずその言い方にライラを思い出して苦笑したが、それはもしかしてレオンの髪色がライラを思い出させる淡い金髪だったからかもしれない。
「ぬるいと言われても、平原ではごく当たり前のことだ。子どもはだいたい親の跡をついで農業をやるか、町で商売をやるかのどちらかになる。魔力が多い者は湖沼に行くこともあるし、手の器用なものは、魔道具が作りたくて岩洞に行くこともあるが、狩人になるという子どもはほとんどいないからな。年少組の子どもたちは親元から教会に通って字を教わりながら、のんびり暮らすのが当たり前だ」
レオンはそれを聞いて、ライラがファルコを深森に連れ帰ってきた理由がわかる気がしたが、賢明にも何も言わなかった。
「スライムもトカゲも本当にいないのか」
「ほとんどいなかった。数年前までは」
サイラスはそう言い切った。
「俺は荒れ地を整える仕事をしているから、スライムもトカゲも他の人よりは多く出会った方だろう。それでもひと月に何度かという程度だったよ。それがリクを拾ったあたりから変わったんだ」
「やはりか」
それは深森で魔物が増え始めた時期と同じだ。
女神がショウとハル、リクのいたところから魂をもって来たために、エネルギーが一気に増えたせいだという導師の仮説と一致する。ファルコとレオンは目を合わせて頷いた。
「俺はスライムもトカゲも慣れてる。ましてライラに倒し方を教わってるからな。けど、生まれてからほとんど見たことのない奴らも多くて、大人でさえスライムもトカゲも倒したがらないんだよ。だから、平気な顔でやっつけるのはリクとリクの仲間の男子グループと、それからトカゲを夕食のおかずにするという女子の一部だけでな」
「ショウときっかけは同じだな」
ファルコは思わず声を出して笑ってしまった。どこの国でも女の子はたくましいらしい。
「リクはな、俺と同じで鉈を持ち歩いているから、魔物を倒すのに困りはしないさ。けど、鉈どころか短剣だって持ち歩く理由などない仲間のために、リクがスライムを簡単に倒す方法を考えたんだ」
「棒でつついて酸を二回吐かせれば、それ以上酸は吐かない、か」
「その通りだ。その後は小さいナイフで切り裂けばいいと。驚いたな。ライラは剣で切り裂いていたから、深森は皆そうなのかと」
「深森はそうだ。だが安全な倒し方はショウが自分で考えた」
誰も考えなかったことを、思いついたのが女神に落とされた二人。
「ハルも、状況が同じだったら思いついていたと思う。これは負けず嫌いで言ってるんじゃないぞ」
レオンがまじめな顔でハルのことにも触れた。スライムはともかく、ドレッドが驚くほど魔法に工夫を加えたのもハルだからだ。
「ショウもハルも、少し考えてなんでも新しいことを工夫してやってみようとする。深森だから狩りができる、平原だから狩りや治癒が苦手という枠じゃなくてな」
「驚いたな。リクもそうだ。特に魔法を組み合わせて生活を便利にすることに熱心で」
「温風で髪を乾かしたりとか」
「その通りだ」
サイラスは今度こそ心底驚いたという顔をした。確かにこんな離れたところで、同じ工夫を同時にしているなど、偶然ではありえないことだろう。
「そんな国だったから、そんなエネルギーのあふれた国だったから、神々に狩られたのか……」
「しっ。サイラス、そこまでにしておこう」
レオンが止めた。誰も話を聞いているわけではないが、人に聞かせていい話でもない。少なくとも、今はまだ。
ファルコが二階に続く階段を見た。
「俺にも治癒の力があったらって、いまさらだけど思うんだ。狩人が嫌なんじゃない。ただ、何もかもをショウに背負わせているような気がして」
サイラスには、ファルコが話している、ショウの背負っているものとは何かまだわからなかった。しかし、自分たちではできないからといってカナンの町が気軽に深森の導師に頼んだことが、巡り巡って息子のファルコを悩ませているということはわかった。
季節に左右されない仕事で、比較的自由に動ける身だからと自分も気軽に引き受けた使者だ。その身軽さが息子に再会するという幸運ももたらしてくれたのではあったが、果たして自分たちがやっていることがこれでいいのかという、足元がぐらつく感じがしてサイラスはやっぱり二階を見上げた。
リクは大丈夫だろうかと。
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