不幸になる権利
「俺たちも汗を流して、二階の俺たちの部屋に集まろう」
レオンがそう言ってくれたので、ショウもハルも頷いた。今日はいろいろあったけれど、まだ終わりではない。特にショウは今晩は導師と一緒にスライムの怪我を治すことになっている。一度さっぱりできるのは正直なところありがたかった。
風呂あがり、二階のファルコ達の部屋に集合し、それぞれ椅子やベッドに腰かけると、ショウはやっとほっとした。ハルも少しくつろいで見える。
今日一番大変だったのはファルコなのだから、自分が大変だったと思うべきではないんだけどねとショウが大きく息を吐いていると、ハルがつと立ち上がって、お茶をいれ始めた。レオンも席を立って、何というわけでもないがハルの側にいる。
「はい、ショウ、今日はおつかれさま」
ハルは一番にショウにお茶を出してくれた。
「今日の一番のおつかれさまはファルコじゃない?」
「俺? なぜだ?」
ファルコが驚いたように少し目を見開いた。これにはハルもレオンもあきれたようだ。
「ファルコ、お前なあ。久しぶりに父親に会ったんだぞ。なんで平原を離れたのかも聞かされて、普通なら衝撃で倒れこんでもいいくらいの出来事だろう」
「そんなこと言われても」
ファルコは心底困ったような顔をした。
「小さいころのことは覚えていないし、まあ、ほとんど覚えていないし」
さっき少し思い出したことに気づき、わざわざ言い直している。
「どうせライラのわがままで連れ出されたんだろうと思っていたから、父親に何の恨みもなかったからなあ」
「それにしたってさ」
「会えたらいいとさえ思ってもいなかった。だって、俺にはもう家族がいるからな」
ファルコは優しい目でショウを見て手を広げた。
「そんな場合じゃないよね」
嬉しいけれども、本当にそんな場合ではないのだ。
「そんなわけで、狩りもほとんどしていない俺とレオンが疲れているということはない」
「俺もかよ」
レオンが苦笑する。
「まあ、いいさ。本人がそう言うなら。偶然でも父親に会えてよかったな、ファルコ」
「ん、まあ。俺にもちゃんと父親がいたんだってわかってよかったよ」
「そうだな」
それで終わりである。あっさりしたものだった。
「それより心配なのは、お前の方だよ、ショウ」
レオンが心配そうに見たのはショウだった。
「え、私?」
ショウは驚いた。ハルを見ると、ハルもうなずいている。
「確かにこの町の状況は俺も心配だけど、なんでそんなに入れ込んでるんだ?」
「え、だって、依頼が」
「それはカナンからだろ」
「でも」
昨日の夜、皆でできることはしようと決めたではないかとショウはいぶかしく思った。
「導師は癒しの素質がある者を探してる、俺たちは魔物の発生状況を確認してきた」
「私たちは薬草の生えている場所を見つけてきた」
レオンの言うことに、ハルが付け加えた。
「ハルまで……」
「それだけでも十分な事だと思う。情報を集めたら、その先どうするかはこの町の判断だよ」
確かにそうだ。ショウは思わずうつむいた。その隣にファルコが腰かける。その重さでベッドが少し沈んだ。ファルコはショウの腰にそっと手を回して、自分に引き寄せ、ショウを寄り掛からせた。気持ちが疲れた時にそうしてもらうと、なんだかほっとするのだ。
「あいつ、ロビンだったか。なんで自分の責任も自覚できてないやつに、あんなに一生懸命になるんだ?」
「なんで、だろう」
確かに、やりたくもなさそうなロビンを怒り、励まし、やらせたのは自分だ。
「そこまでする義理はねえよ。俺はな、ショウ」
ショウは顔を上げてファルコを見た。
「今日は父さんと会ったけどな、父さんも、あのリクとかいう子どもも」
ファルコは弟だと言っていた。
「魔物が増えているという事態がわかってない、覚悟がないってことはすぐにわかったよ」
感動の再会の時にそんなことを考えていたことに、ショウはちょっと驚いた。
「父さんの話は、一見母さんがわがままなだけに見えるだろ。実際わがままなんだけどな」
ファルコは自分で言っていて苦笑している。
「けど、大人になって、本当に大事なものができたらわかる。父さんはな、いつでも俺のこと追いかけられたし、探せたんだよ」
「ファルコ……」
「でも父さんは怖かったんだ。もう一度つかまえたとして、また自分の手から大事な物がすり抜けていくのがさ。それが平原の男の性なのかもしれないけどな」
ファルコの言っていることは、ショウにはよくわからなかった。
「そのことで、ファルコがつらかったりはしない?」
ショウは不安そうにファルコを見上げた。
「一五のころだったら、つらかったかもしれない。母さんに捨てられただけでなく、父さんさえ追いかけてきてはくれなかったのかって、思ったかもな」
ファルコはふっと笑った。笑うところだろうかとショウは思う。
「大人だぜ、俺はもう。父さんが本当にいて、元気で自分の生活をしてくれていたら、もうそれでいいんだ」
「だな。俺だって母さんも父さんもいるが、最近はほとんど会ってねえな。二人とも元気だろうし、それぞれの充実した生活をしてたら、それで十分なのさ」
レオンもそう言う。いつの間にか家族の話になってしまっていた。
「だから、別にいいんだ。会えてよかったけど、これとそれは別だ。ショウ」
ファルコが手を頬に添えて、ショウの顔を上げさせた。
「俺たちには、使命なんかねえ。お前は一度死んで、自由にのんびりと生きるためにここで生まれ直したんだろう。なんでそんなに必死なんだ」
「必死って、そんなこと」
そんなショウの前にハルがしゃがみこんで、膝に手を置いた。
「ねえ、ショウ、意地になってない?」
「意地になってる?」
「ショウ、私ね、女神に間違ったところに落とされたこと、すごくつらかったけど、でもね、生まれ直したこと、後悔してないよ」
「ハル……」
「私のために、女神に怒らなくてもいいんだよ。ショウはファルコのもとに来れて、幸せだったでしょう?」
幸せだった。毎日が楽しくて、ファルコの側にいるのが楽しくて。
「今だって、皆一緒で楽しいでしょう?」
「うん」
「女神の思うままになってるようでいやだ、だから抵抗するんだ、って思わなくていいんだよ」
「うん」
そんなショウの頭にレオンが手を置いてわしゃわしゃとかき回した。その手をファルコが払う。
「触んな」
「相変わらず心が狭いな」
「ほっとけ」
いつもの四人だ。ショウは目の前が明るくなったような気がした。
そうだ、危機感のない町の人や、情けない治癒師や薬師を見て、何とかしなくちゃって視野が狭くなっていたんだ。
そして魔物が増えたのがおそらく女神のせいってわかっていて、それで意地になっていたんだなと、ようやっと気が付いた。
「そう思うことこそ、女神に振り回されてるってことなんだね」
「うん。そう思うよ」
ハルがにっこりと笑った。
自分が苦しいのは、自分で何とでもコントロールできる。つらくても乗り越えられる。
でも、大切な人が苦しめられている時、その怒りはむしろ制御できなくなるような気がする。
自分の苦しみは自分で乗り越えなくてはいけないように、人の苦しみはその人のもので、その人自身が乗り越えなくてはならないもの。ハルがちゃんと乗り越えられたなら、ショウが何時までも引きずっていてはいけないのだ。
「女神のことはもう考えない。この町のためにできる提案も、できることもするけど、この町のことは、この町のこと。それでいい?」
皆がうなずいた。
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深森に帰るまで、たっぷりエピソードを追加していますので、お楽しみに!ハルもショウもカッコイイです!
発売日:4月12日 アリアンローズより
イラスト: 麻先みちさん
リアルが立て込んでおり、更新が週一、金曜日更新に戻ります。令和でもよろしくお願いします。