自慢の弟子
「私はこの町の町長で、オークスという。高名なセイン導師が立ち寄ったと聞きましてな」
「セインだ。カナンの町からの依頼で、この町には途中で立ち寄ったにすぎぬ。限られた時間でよければ、治癒が必要な者にはその技を惜しむつもりはない」
「ありがとうございます、実は」
オークスという人は話し始めた。
「スライムの被害が増えていて。数年前からなんだが、今まで警戒していなかっただけに、とっさの時の対処が遅れてな。命を落としたものまではいないが、治癒が遅れて跡が残っているものが何人もいて」
「平原ではポーションは持って歩かぬのか」
「畑でしたケガなど、よほどでなければ町までくれば直るからな。持ち歩いているものはあまりいないのだ」
導師の考えていたことは当たっていたようだ。
「薬師にポーションを増産させてはいるが、間に合わない。せめて、最近被害に遭ったものだけでも、いくらかでも傷跡が癒えぬかと思い、そのお願いに来たわけです」
「急に増産しろと言われても、そんなの難しいんだよ」
「ロビン……」
疲れた薬師がぽつりと口にした。気が付くと宿の食堂は、噂を聞きつけて体調不良を見てもらおうと集まった人でいっぱいになっていた。
「セイン様」
ショウは思わず不安になって声をかけてしまった。
「ショウよ。これは思ったより事態は深刻だな。とても一日では解決しそうもない。しかし依頼もあるしな」
導師は思わず腕を組んだが、助けを求める人を断るわけにはいかない。
「薬師については悪いが後回しだ。ショウ、久しぶりにあれをやるか」
「わかりました」
ショウは治癒師のほうを向いた。岩洞でやったやつ。怪我の程度をまず判別し、重い人は導師へ、軽い人は見習いへと分けていく。
ショウはナイジェルに向き合った。
「ナイジェルさん、私はショウと言います。年少組ですが導師のお手伝いをしています」
「ナイジェルでいいよ。そんなに小さいのに、お手伝いをしているのか」
ナイジェルはショウを眩しそうに見た。ナイジェルがその気なら、遠慮なくやらせてもらおうとショウは思った。
「ナイジェル、時間がないからすぐ実践に入るよ。これだけ治療を受けたい人がいた場合、片っ端からやっていたら、重傷者を見失うことがあるの。それに治癒師の魔力が尽きたらそれで終わりでしょ」
「その通りだ。俺一人ではとてもこれだけの人は見られないよ」
ナイジェルは自信なさげだ。
「だからね、まず怪我の程度を一人ひとり見て、今すぐ治療を受けたほうがいい人、もう少し待てる人、ポーションでいい人などに分けていくの」
「ポーションの予備なんてないぜ」
ロビンがふてくされたように口を挟んできた。ショウはちらりとロビンを見ると、そのまま無視した。今は構っていられない。
「一人ひとり見る……」
「手を出して、ナイジェル」
ショウは恐る恐る手を出したナイジェルの手を軽く握った。周りでは何が始まるのかと固唾をのんで人々が見守っている。
「いい、魔力を少し注ぐよ」
「う、ああ、温かい……」
最初びくりとしたナイジェルの顔は、すぐに緩んで気持ちよさそうなものに変わった。
「今やっているのは、ごく少量の魔力を流して、体のチェックをすること。ああ、ナイジェル、疲れてるんだね。肩と腰が弱ってるよ。わかる?」
「ああ。そういうことか。自分のことなのに、今まで意識したこともなかったよ」
「今から軽く治癒していくよ。ほら」
「ああ、気持ちいい……」
ショウはそっと手を放した。
「どう?」
「うん! ありがとう! だいぶすっきりしたよ」
ナイジェルは明るい顔になり、間近で真剣に見つめるショウを見てほんの少し赤くなった。よく見たらめちゃくちゃかわいいな、この子。ショウはにこりと笑った。
「さすが優秀な治癒師だよね。さあ、じゃあ次はナイジェルがやる番だよ」
「え、俺が?」
「そう。今やって見せたでしょ」
さわやかにそう言うショウを見て、ハルとレオンが、「ファルコの教え方にそっくり」と思っていたことをショウは知らない。
「さ、じゃあ皆さん、これから私とナイジェルが、みなさんの調子を見て、その後でひどい人はセイン導師に」
ショウが導師を見ると導師はうむと頷いた。
「そうでもない人はこっちのハルに」
ハルはそう来るだろうと思っていたというように、真剣な顔で頷いた。
「分かれて治癒してもらいます。ファルコ、レオン」
ショウの呼びかけにファルコとレオンは立ち上がると、
「さあ、お前ら、ちゃんと列を作れ」
と人々を整理し始めた。それを見た町長は唖然として何も言えないでいる。
「ど、導師、あの年若い年少の子は」
「優秀な治癒師だ。手伝いに連れて来たが、さっそく役に立ってくれているな」
「役に立つどころか、一人前、いや、そもそも平原ではこれほど覇気のある治癒師を見たことがない」
「私の自慢の弟子だからな」
やがて戸惑っていた町の人たちも、興味津々で列に並び始めた。そもそも宿の食堂に歩いてこられるくらいだから、そこまで調子が悪いわけがないのである。
ナイジェルはショウに教わったようにやろうとして四苦八苦している。
「あつっ」
「それは魔力を注ぎすぎ。もっと少なく。それにあなた、熱いような気がするけど熱くないし、体に悪いものじゃないからね」
「な、なるほど」
ショウが真剣にフォローしてくれるので、町の人も練習に付きあってくれる。
「わかってきたよ! あなたは腰のところに負担がかかってる。農作業を無理な体勢でしていませんか」
「一度痛めてからはずっと痛くてなあ」
「痛くなった時にすぐに来ましょう。時間がたつと治らなくなってしまいますよ」
「そうすることにするよ」
ショウはその話を聞いて、腰を痛めた人を導師に回す。
「あなたは肘を傷めてますね」
「重い物を持つと痛いんだよ」
これも導師だ。慢性的な痛みだが片方だけだから何とかなるだろう。
「あなたは全体的な疲労ですね」
「それはハルで」
ハルでと言われた人が心なしか嬉しそうなのはなぜだろう。そうこうしているうちに、大半の人は治癒を施してもらい嬉しそうに帰っていった。
「こ、こんなに人を見てまだ力が余っているの、初めてだ……」
「スパルタだったけど、ちゃんと身についたみたいね。このひと手間で、その後、女神さまから持ってくるエネルギーの量が確実にわかるようになるんだよ」
驚くナイジェルにショウが得意そうに説明している。
「それにしても導師」
「うむ。深森とはまたぜんぜん違うところを傷めているな」
「はい。腰や肘など、長年使って痛めてる人は自覚がないから治りにくいですよね」
「治癒の仕方はどうするのが効率がよいか」
悩む二人に、やっとの思いで町長が話しかけた。
「あの、食堂での治癒が終わったら私の話も聞いてもらいたいのだが」
「そうであった。スライムの被害の件だな」
「要するに、傷が残って外に出たくないというものが何人かいましてな」
導師は少し考えるようなそぶりを見せた。
「ファルコ、レオン」
「わかってるって」
「少々遅れるが、まあ、日にちを指定されたわけじゃないんだろ」
ファルコとレオンが答える。
「ショウ、ハル」
「少し時間がかかりそうだもんね」
「大丈夫です」
ショウとハルが頷く。導師は町長に頷いて見せた。
「外に出たくないものについては、明日の夜、宿に連れてくるがいい。滞在を少し伸ばそう」
「ありがたい」
「ただしこちらからもやってもらいたいことがある」
「できることならなんでも」
町長は力強く頷いた。そのとき、半分寝ぼけたような声がした。
「なあ、俺帰っていいっすか」
薬師の青年だ。
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