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町の治癒師

コミカライズ企画進行中!

 ショウとハルは宿では一緒の部屋だ。お風呂は階下で共用だが、入室の札を掛けるとその間は他の人は入れない仕組みになっていて、ショウとハルは食事の前に旅の汗を流した。


 さすがに食堂には剣は持ち込まないので、二人とも身軽な姿で食堂にやってきた。それにしても、周りの人がみんな黒髪で茶色の瞳というのは確かに珍しい。


「湖沼で自分だけが違うという状況には慣れていたけど、これはまたちょっと、でも」


 ハルがそう言ってちょっと詰まった。ショウにはその気持ちはよくわかった。嫌なのではない。


「懐かしいよね」

「そう!」


 もちろん日本でも髪の毛の色は黒だけではなかったけれど、それでもなんだかほっとする情景だった。


「お前らのいたとこ、そう言えば聞いたことなかったが、こんな感じだったのか?」


 そう、別の世界から落とされたと知った後も、結局どんな世界だったのかなどあまり聞かれていないのである。


「そう。もっと目の色はこう、黒に近かったけれど、こんな感じ」

「へえ」

「はい、おまちどうさま」


 その時、テーブルに料理がどん、とやってきた。


「わあ……山菜の天ぷらだ!」

「ここらは山脈に近いだろ。春ならではの名物なんだよ。天ぷらが何かわからねえが、まあ、油で揚げたもんだ」


 それを天ぷらというのだが、どうやら翻訳がうまくいっていないらしい。


「油でか。珍しいな」


 こわごわ遠巻きにするレオンとファルコに対してショウとハルは喜んでそれを口にした。


「ほろ苦くて、春の味だね!」

「いくらでも食べられそう」


 深森は狩人の国らしく、肉の料理が多い。野菜はどちらかと言うと控えめなので、ショウたちにとってこの後に続く野菜の炒め物や川魚の蒸したものもとても嬉しいものだった。


「魚もなかなかいいもんだな」

「ああ、深森じゃ魚は少な目だもんなあ。ここら辺は川魚だが、もう少し南に行くと海の魚が出てくるぜ」


 給仕のお兄さんが声をかけてきた。


「海の魚!」

「楽しみ!」


 旅の醍醐味はやっぱり食べ物だ。目をキラキラさせる若い娘二人に宿の人も嬉しそうだ。それに少し神経をとがらせているファルコとレオンだったが、自分目当てに女性がたくさん来ていて、その視線を集めていることにも気づいていない。


 レオンはもともと、深森でも大変モテているほどハンサムだし、ファルコの目つきの悪さだってワイルドと言えなくもない。旅人がイケメンでワイルドだったら、そりゃきゃあきゃあ言うよねとショウはおかしくなる。


 導師の大柄でたくましい体にさらりとローブを羽織っている落ち着いたさまも、思わず遠くから拝みたくなる神々しさだ。もっとも導師は岩洞に奥様がいるはずだし、どこかにお子さんもいたはずだが。


 そうした楽しく食事が終わる頃、それを待っていたように、二人の若者がテーブルに近付いてきた。


「あの、セイン導師、俺、いや、私はこの町の治癒師をやっているナイジェルといいます。高名な導師にお会いできて感激です!」

「俺も必要なのか? 時間があったらポーションを作らないと」

「必要だろ。こいつはロビンと言います。薬師です」


 そう上ずった声であいさつした。一人は仕方なく付いてきたようだ。年のころは20歳を少し越したくらいに見える。この世界の年の取り方で考えると、20歳から40歳くらいだろうか。平原の人らしく、少し小柄で、生真面目な顔をしている。そして疲れているようだ。特にポーションを作ると言った人は。


「ふむ、見習いを卒業したばかりといったところか。まずはかけたまえ」

「はい!」


 それをレオンが面白そうに見ている。ファルコは特に興味がないようすだ。


「何か困ったことや、特に学びたいと思っていることはないだろうか」


 導師は端的にそう聞いた。


「あの、私はこの町で育ち、専門の治癒見習いとして学んだあと、お察しの通り去年成人し、治癒師となったばかりです」

「なるほど。先輩の治癒師はどうした」

「そもそもご高齢で、そろそろ引退したいとずっと言っていたんです。私が一人前になったらすぐに教会を退いて。もちろん、忙しい時には手伝ってくれています!」

「ふむ。見習いや年少組は」

「見習いはいなくて。年少組には、町の人に手伝ってもらって勉強を教えています」


 けっこう大きい町だったと思うが、この規模の町を一人で見ているということなのだろうか。それは大変だ。


「治癒の素質を持つものは?」

「何人かいますが、みな兼業ですし、どちらかというとやはり本業のほうに力を入れています」


 それはまあ、普通のことだ。ただ、深森なら、大きい町には必ず複数の治癒師がいる。


「もちろん、とりあえず一人いれば、いざという時の怪我の対処には十分だったんです。今までは」


 導師だが、ショウとハルも少し身を乗り出した。


「ここ何年か、少しずつですが、トカゲやスライムなどの小さい魔物が増えている気配があって、怪我をする人が少しずつ増えているんです」

「ここでもか」


 導師の言葉にナイジェルははっと顔を上げた。


「深森でもだが、どうやら平原もそうらしくてな。南西部のカナンから、治癒師を育ててほしいと依頼が来た」

「その途中でここに、というわけですね。声をかけてくださってありがとうございます!」


 ナイジェルは頭を下げた。


「ここも今日しかいられないが、まずは」


 その導師の言葉をさえぎるように食堂がちょっと鎮まった。誰かが入ってきたようだ。しかし導師は構わず続けた。


「まずは魔力の使い方から。怪我をした場所を効率的に知るため、まず体調チェックを行うことを覚えてはどうか。いきなり治癒しようとすると、魔力をたくさん使いがちで、そうすると治癒したくても魔力切れになることもあるのでな」

「どうしてそのことがわかったんですか! 私は先輩に力のある治癒師と見込まれて育ててもらいましたが、一人で支えるには最近怪我人が多すぎて……」


 そんな会話が交わされているテーブルに来たのは、導師と同世代だろうか。日焼けしてがっしりした体つきの、落ち着いた人だ。


「ナイジェル、さっそくご教授願っているのか。さすがだな。だが少し私に時間をくれないか」

「は、はあ、しかし」


 どうやら偉い人のようで、少しナイジェルが委縮している。だが、これを逃せば導師に教わる機会はないとわかっているからか素直には頷けないようだ。


「お前が治しきれなかった者の話だ。高名な導師なら少しはましになるかもしれない。ナイジェル」

「わかりました」


 そう言われたら引くしかない。


「よい。ナイジェル、そのままそこにいるがいい。それであなたは」


 導師が落ち着いたようすで新しく来た人に向き合った。


次は金曜日に更新します。


「異世界でのんびり癒し手はじめます~毒にも薬にもならないから転生したお話~」2巻が出ます!


発売日:4月12日 アリアンローズより

イラスト: 麻先みちさん


コミカライズ企画が進行中です!

漫画家さんは名尾生博さん。

まだ先ですが、お楽しみに!

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