最初の町
ショウもその話は初めて岩洞に夏の狩りに行った時に聞いていた。
「もしかして、岩洞から魔物があふれて平原に向かったというのは」
「ここらしい」
ファルコが端的に答えた。実際、ファルコもレオンもまだ生まれていなかった頃の話だ。
「私も言い伝えでしか聞いたことがない。もう200年以上も前のことになるのではないか」
導師ですら生まれていなかった頃の話だそうだ。
「クロイワトカゲが大量発生して、何かに引かれるように平原に向かったと。そのあたりからだな。夏の狩りが始まり、あちこちから狩人を集めるようになったのは」
「結局それはどうなったの?」
ハルの質問に、導師は何かを思い出すように目をつむると腕を組んだ。
「平原の北西地域に広がり、作物を枯らして止まったそうだ」
「止まった後は?」
「消えたらしい」
「消えた?」
「魔石も残さずにな」
ハルは唖然としてショウのほうを見た。そのショウもハルと顔を見合わせた後、説明を求めて導師を見た。
「そもそも作物を枯らすって知りませんでした」
「そうだな、深森でも湖沼でも、魔物がとりつく前にやっつけてしまうし、そもそも作物をあまり育てていないから気にもとめていなかったが、魔物は生き物から生気を吸い取る、つまり作物や土からも生気を吸い取ってしまうのだよ。だから平原のその地域は荒れ果てたという」
そもそも深森では見つけ次第倒してしまうので、魔物の最後がどうなるのかは知らなかった。
「消えるなら、放っておけばいい気もする……」
「そうすると動いている間ずっと、生物の生気を吸っていることになる。しかし見つけ次第倒せば、魔石も獲れるし、被害もない」
「そうか、セイン様。そういえば魔物は動く資源みたいなものって最初に言ってましたよね」
「その通りだ」
なんと不思議な世界なのだろう。
「魔物が最近増えているというのなら、平原こそこの狭間の通路を警戒すべきだと思う」
あちこちを見渡しているハルの目にはおそらく、魔物が来た時にどう戦うかという動きが映っているのだと思う。
そうやってちゃんと考えないと魔物どころか、味方にやられていたから。ショウはそのことを思い出してぎゅっと手を握った。
「まあ、今は岩洞でも夏の狩りでだいぶ魔物を間引いているから、そんなことは起きないと思うぜ」
レオンが気楽そうに言った。
「湖沼の時にわかっただろ。狩人の目で見ることが、他の領の奴らにはできねえ。できねえことをやらせようとしたって、反発を食らうだけだ。俺たちができるのは、頼まれた依頼を達成すること、深森でできることを精一杯することだけだろう」
「そうだな」
ファルコも頷いた。ハルはまだ不安そうに狭い草原を見渡していたが、そのうち今すべきことは依頼の達成であるとやっと気分を切り替えたようだった。
そのせまい狭間の街道を抜けると、そこはやや小高い丘になっており、眼下に平原を見下ろすことができた。
「すごい。見渡す限りの草原だ……」
ショウは思わず声を上げたが、それは森と岩山の多い深森から来たら当然のことだろう。しかし、実際は平たんというわけではなく、なだらかな丘や時には森と言ってよい緑の塊も存在し、昔話の世界のようだった。
そして街道がここから二手に分かれている。
「左手は中央、右手は南西部で、俺たちの行くのは右手の方だな」
レオンがそう宣言すると馬車を動かし始めた。足が悪かった間ギルドの運び人をやっていたためか、レオンは馬車の扱いがうまい。しかも楽しそうに御者をやっているので、レオンとハルが御者台に座っていることが多い。それでも残りの皆も平原は見たいので、各々顔を出したり、時には歩いたり走ったりして外の景色を楽しんだ。
その中でも、珍しく楽しそうなのがファルコだ。ショウと一緒にいる時はいつも楽しそうではないかというのはこの際置いておくとして、目を細めて過ぎていく麦畑を眺めている。
「森がないのはおかしな感じだが、確かに広々としていて気持ちいいな。それに街道の側にこんなに農地が広がってるなんてな。魔物の見張りでどれだけ巡回しなければならないかと思うが」
「魔物はいない、と」
レオンが合いの手を入れる。レオンはレオンで馬車でずっと平地を駆るのが楽しそうである。国境を超えた日、ショウたちは山脈から南西方向に馬車で移動し、夕方になって初めて平原の町に泊まることになった。
導師とレオンは、珍しいものを見るような目で見られながら、馬車を預けると宿の手続きをした。確か湖沼に行った時も二人は見られていたが、あの国は内向的で、あまり積極的にかかわってこようとはしなかったので、それほど気にならなかったのである。しかしふと気が付くと、平原の容姿をしているはずのショウたちも注目を集めていた。
しかし、ここは国境に近い町だ。行商の行き来で、深森の人くらい見たことがあるのではないか。
「なあ、なんとなく俺たち、目立ってる気がするんだが」
宿泊の手続きをしながら、レオンは宿の親父にさりげなく聞いた。やはり行商の人が通るのか、宿の規模はそこそこ大きく、受付から見える宿の食堂には早めの夕食を取ろうとする客や、酒を飲もうとする者たちが集まり始めていた。
「ああ、思わず目が行っちまって」
「目が行く? ここは国境の町だから、深森の奴らもくるだろ?」
「いや、めったに来ねえよ。行商はこっちから行ってそのまま深森から荷を運んでくるやつがほとんどでな。それに、確かに深森のお人も見かけるけど、あんたらみたいに生粋のハンターはやっぱり珍しいんだよ」
レオンは自分たちを改めて見た。レオン、ショウ、ファルコはごく普通のハンターの格好だ。導師に至っては、治癒師らしいローブに黄色い帯を肩から掛けていて、ハルなど、腰に短剣をつけているだけで、この二人はハンターにすら見えない。
「普通だが」
「ぷはっ」
受付の親父は思わずと言うように噴き出した。
「まず子連れの旅人が珍しい。剣を差している子供などここら辺にはいないし、短剣を差している子供もいやしねえ。しかも一人は治癒師の黄帯を巻いてるだろ」
「そこからか」
「そこまで立派な剣を差して、いかにも狩人ですって雰囲気のやつもいないし、そのうち一人は平原の見た目じゃねえか。そしてそちらの方はおそらく導師でしょうが」
親父の言葉が急に丁寧になった。一目見て治癒師の偉い人だとわかったらしい。
「旅をして自ら剣を持つ導師、いや、治癒師なんて見たことないね。つまりあんたら五人、全員なにかしら注目の的なんだよ」
「深森では何の違和感もなかったがなあ」
レオンは困ったような顔をして頭をかいた。
「まあ、面白いってだけで、何の敵意もねえよ。ゆっくり休んで行ってくれ」
「ありがたい」
そうしてレオンが手続きをしている間に、導師は静かに宿の食堂を見ていた。
「親父」
「なんでしょう」
「この町に治癒師はいるか」
「はい。最近代替わりして若い治癒師がおりますが」
「私は深森の北の町のセインという」
「セイン様……あのセイン様か!」
ショウとハルは驚いて宿の親父を振り返った。導師が平原にまで名を知られているとは思わなかった。
「知っているなら早い。今日一晩しかここにはいないが、もし学びたいことがあればここに来るよう、誰かに伝言してはもらえぬか」
「ありがとうございます! 若いだけに悩むことも多いと思うんで、さっそく!」
「また、怪我に限らず不調の者があれば、声をかけてもらってかまわぬ」
宿の親父は喜んであちこちに手配を始めた。
「風呂もありますんで、ぜひさっぱりしてくだせえ」
「ありがたい」
思いもかけず、最初の町から忙しくなりそうな一行であった。
次は火曜日に更新します。
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今回は三分の一が書き下ろしです!ハルが仲間になる2巻!よろしくお願いします!