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治癒師として

「確かに私、護衛なんて言ったらおこがましいくらいだし、平原に行ってもやることはないなあ」


 ハルがぼやいた。


「私たち年長のほうとはいえ年少組だもの。子どもなんだし、せっかくの旅行だと思って、観光してくれればいいかなと私は思ってたんだけどね」


 ショウはニコニコしながらハルにそう言った。


「もちろん、せっかくだから私だって働いてばかりいないで観光するよ! 特に何がおいしいかなあって気になってて」

「だよね!」


 それを聞いたアウラは腰に手を当ててため息をついた。


「これだからわざわざ言いに来たのよ。女子が二人揃ってて、食い気しかないってどうなの?」

「どうなのって言われても」

「も、もちろんおしゃれにだって興味があるよ」


 ハルとショウはちょっと目をそらした。もちろん、おしゃれにだって興味はある。ただ、食べ物のほうにより興味があるというだけなのだ。しかし、まるで女子力が低いかのような言われ方は心外である。ショウは何かを決めて頷いた。


「よし、だからハルが服担当ね」

「え、ええー」

「私たちの女子力が問われてるんだよ! ここは比較的暇なハルが何とか! お願い!」


 自分の女子力も、ハルに丸投げするショウであった。


「いや、うん、嫌なわけじゃないんだよ。でも、売り子的な仕事って何をどうすればいいのかな」

「そんなの、紹介されたお店にいって聞いたらいいよ」

「ショウ、自分がやらないからって……」

「手伝うから! ね?」


 思わず笑いだしたハルは、まあいいかと頷いた。


「あと、ちゃんと平原の流行も見てきてね!」

「見てくる見てくる」


 調子のいいショウをアウラは冷たい目で見た。


「ショウ……」

「は、ハルが見てくるから」

「え、ええー」


 そういう訳でハルはおしゃれ担当になったのだった。



 導師は深森の治癒師である。基本的には深森の北の町から動かないし、導師に学びたいものは他の町や領からひっきりなしにやってくる。しかし、ハルの時のようにどうしても怪我人を動かしたくない時、地域の治癒師に広く訓練を施してほしい時などには依頼が来るし、そんな依頼についてはたいてい引き受けているのが導師である。


 そもそも治癒とは、魂のエネルギーを女神の元から持ってきて、魂の記憶を修復する仕事だ。怪我をすれば魂の記憶が欠け、魂の記憶が戻れば怪我も治るという、ショウたちにとってみれば何とも不思議な仕組みで体が成り立っている。


「魔法がある時点ですでに異世界っぽいのに、魂の記憶とか不思議すぎるよね」


 とショウはハルと語り合ったりもしたが、寿命が200歳だとか、突っ込みどころがありすぎて最後にはどうでもよくなるのだった。それでもショウは治癒師だから、不思議だけで済ませるわけにはいかない。


 また、素質さえあればできるとは言っても、女神の元からエネルギーを持ってくるという単純なことだからこそ、本人が努力をしないと力がつかないということにもなる。


「最近そうではないかと思うようになったのだが、努力し工夫することで、効率が上がることが一つ。そして、続けることで治癒の資質が上がることが一つ。この二つが治癒師として大切だということになる」


 しかし、平原はそもそも魔物が少なく、怪我も少ないと聞く。だから努力し工夫する必要がなく、治癒師の質が低いのだと導師は語った。


「さすがに平原からの依頼は初めてだ。若いころに、興味を持って旅をして以来だから100年ぶり以上ということになるか……いや、120年か?」


 150歳を超える導師にとって、もはや20年くらい誤差なのだ。今回の依頼がどんなものかをショウに説明しながら、いろいろとお話もしてくれるので、ショウも導師と話すのはとても楽しい。


「まあ、治癒師を増やすにしろ訓練にしろ各領地がやるべきこと。私は手伝いに行くだけだとは思っているが、そううまくいくかどうか」


 少し顔をしかめる導師の頭にあったのは、湖沼のことだった。ハルを迎えに行った時、湖沼では魔物が増え、怪我も増えているにもかかわらず、教会は重要視されず治癒師もまた、現状維持の状態であった。


「ライナスも勉強に来たいと言っていたが、おそらく忙しくて来られぬのだろう。平原に行っても、よもや私に丸投げということはあるまいが」


 そう言葉を切る導師は、わざわざ深森の治癒師に頼るということは、その可能性が高いということを予想していたに違いない。


「しかも地方の一都市からの依頼なのだ。アウラのところと取引のある店がある町で、その関係で私を頼ったらしい。平原全体が魔物の増加傾向にあるらしいとはいえ、領として認めて対策を取っているわけではない。それは深森も同じだが。平原の他の場所も自分の地域だけで精一杯で、他の町に治癒師を派遣するほどの余裕はないと書いてあったな」


 深森だって余裕があるわけではないのだがと導師は言いたかった。しかし、平原のことも気になっていたし、こんな機会でもなければ、往復一か月半もかかる平原になどもう一生行けるかどうかもわからないのだと思うと、好奇心を抑えきれなかったのも確かだ。


「試しの儀を改めて行って、治癒師そのものを増やすこと、今いる治癒師の力を上げること、それからポーションを増産する提案をすること、できるのはこのくらいか」


 ショウに、というわけでもなくそうつぶやく導師の言葉に、ショウははっとした。


「そうですよ! よく考えたら治癒師がいなくても、ポーションさえあれば怪我は治るでしょう。導師が行かなくても、あ、私も行きたくないわけではないけれど、ポーションを増やして配れば」

「ショウ、狩人以外に町の人はポーションを持っているか」

「え、そういえば……」


 言われてみると、ショウは狩人とばかり付きあっていて、町の人がどうしているかは知らなかった。


「でも、年少組は狩人ではなくてもみんな、ポーチにポーションをつけていますよ」

「うむ。子どもは怪我をしやすいからな。でも大人はどうだ?」


 そう言われて町の人を思い出せば、誰もがポーチをつけているわけではない。


「大人はほとんど怪我をしない。家に帰ればあるだろうが、持ち歩いているものは案外少ないのだよ」


 ショウは狩人という、深森では少なくないとはいえ、やはり特殊な仕事のファルコに引き取られ、すぐ治癒師の仕事をしたために、いわゆる普通の町の人の生活を実はよくは知らなかった。


「ジーナは」

「元狩人で、今は宿の女将で、料理人でもある。怪我をする機会は多いから、ポーションは常備してるぞ」


 他に知っている人も、やっぱり珍しい仕事なのだった。


「農業をやる人がどうかわからないが、鎌や鋤など金物も使うはずだから、ポーションは常備しているとは思いたい。ふむ、そこからチェックして意識を徹底させる必要が、いや、これは深森も同じか」


 考えるに越したことはないが、考えることが多すぎて導師でさえ嫌になってきたようだ。


「平原へ行く前に、こちらでも薬師の組合に一言言っておかねばなるまいなあ。面倒なことだが、これも治癒師の仕事だろう」


 人を健やかに保つということなら、そうだ。そんな風に考えられる導師を、ショウはやはり尊敬するのだった。


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