魂のゆくえは
レオンはゆっくり馬車を走らせ、やって来た。
馬車を下りると、
「よう、ショウ、会いたかったぜ!」
とショウを抱き上げようとした。が、止まった。
「ショウ、お前……釣りに行くのか」
しまった。桶と枝を持ったままだった。ふたたび笑い転げるファルコの足をピシピシ叩いてやったが、あ、お客様だった。ショウは桶と枝と短剣と箸を地面に置いた。するとすかさずレオンに抱き上げられた。うん、抱き上げるのは標準らしい。ファルコの嘘ではなかったようだ。
「レオン、こちらにも」
「導師、すみません」
レオンは少し丁寧に言うと、ショウを下ろした。ショウは導師を興味深く見上げた。導師という人は、ファルコよりもレオンよりも大きかった。教会の聖職者らしく、長いローブを着ているが、あれ、なんだかたくましい。年の頃は、日本人で言うと50歳ほどだろうか。レオンと同じ金髪だ。
導師はショウを優しく見つめ、
「おいで」
と手を広げた。ついふらっと近づいたら、やっぱり抱き上げられた。標準か。
「いい子だな。私はセインと言う。お前は?」
「ショウです」
「うむ。礼儀正しい。ファルコに悪い影響は受けていないようだな。それにしても」
導師はそっと私を下ろした。
「ファルコ」
「はい!」
笑っていたファルコは慌てて居住まいを正した。
「養い親になるのではなかったのか。何だこの子の格好は」
ファルコとショウとレオンはショウの格好を見た。帯か! ショウは慌てて帯をクルクルと外した。どう? 導師をみると、頭を振ってため息をついた。
「子供には清潔な服が必要だろう。何日着たままの服なのか」
うん、一週間着たきりだ。あれ、くさい? ショウは袖の臭いを嗅いでみた。うーん、自分ではわからない。しかし、何か言わないとファルコがかわいそう。
「あの、毎日お風呂に入って、ちゃんと頭もパンツも洗ってます」
そうしてファルコのパンツを借りて寝ている。ヒモをギュッと絞って。ショウの実家は父親のパンツを別にして洗濯したりする家ではなかった。清潔であれば誰の服だろうと構わない。朝には自分のパンツは乾いてるというわけだ。
レオンとファルコはあーあって顔をした。導師は一層顔をしかめると、
「子どもに洗濯までさせているとは……」
とファルコに説教を始めた。あらら。失敗。まあいい。
「レオン、荷物運ぶの手伝うよ」
「ありがとな、じゃあ食べ物からな」
食べ物を運んでいる間にお湯も沸かす。全部運んでもまだ説教が続いていたので、
「あの、お茶にしませんか。寒いので」
と声をかけた。ファルコが助かったという顔をした。寒いのは確かなので、小屋に入ってもらってテーブルに落ち着いた。おやつはないので、干した果物を用意し、お茶を出す。そして毛布で高くした椅子に上って腰かけた。
そんなショウをみなあっけに取られて見ていた。もっともファルコはなぜか誇らしげにだが。レオンが周りを見渡してふと気づいたように言った。
「そういえば、心なしか小屋がきれいになってないか」
「ショウが掃除してるからな」
「台所も片付いてるし」
「ショウがお茶碗洗ってるからな」
「スープなくなって大変だったろ」
「ショウがスープ作ってくれてたからな」
あとスライム狩ってたけどね。ショウはそう思って、お茶を飲んだ。この世界のお茶は紅茶のような味がしてけっこう美味しい。ん? そんなショウに、導師がこう話しかけた。
「ショウ、お前、帰るところはあるのか」
「導師!ショウにも事情があるんだ!いきなりそんな!俺だって聞いてないのに!」
ファルコは立ち上がってどなった。いいんだよ、ファルコ。どう話したらいいものか悩むけれど。
「もう帰れないの。もしかしたらまだ家族は生きているかもしれない。けど、いずれみな狩られるだろうって言われたの」
「狩られるって……」
「狩場だから。皆こぞって狩りに来てるって」
レオンが驚いて言った。
「お前も狩られたのか」
私はうなずいた。
「3人だけ残されたの。毒にも薬にもならないからって」
「そんな……」
あぜんとするレオンだったが、ファルコは厳しい顔をしてこう言った。
「あとの2人はどうなった。森にはショウしかいなかった」
なんと言っていたか、あ、
「1人は農業の……」
「「「平原か」」」
「もう1人は魔法の……」
「「「湖沼だな」」」
3人が声をそろえた。そうして導師が優しく言った。
「3人残してばらばらに転移とは……人を狩るなんて聞いたこともないが、中央の山岳民族だろうか……ショウ、どこの地域かはわからないのだな?」
うん、この世界ではないもの。ショウはうなずいた。
「すまなかったな。辛いことを聞いた」
「あの」
「なんだ、ショウ」
導師は教会、つまり創世の女神教の人だ。ショウはスライムを切り裂き、動かなくなるのを見るたびに思っていたことがある。
すなわち、スライムの魂はどうなるのかという事だ。女神は電車12両分の魂をエネルギーにすると言った。私の切り裂いたスライムにも、その魂は使われているのか。それなら狩りたくない。
「スライムの魂はどうなるの?」
「ふむ、この子は本当に隠された土地からやって来たのだな。みな知っていることなのに」
導師は顎に手を当ててそう言った。
「スライムには魂はないのだよ」
「でも動いてる。怒って酸も吐くよ」
「女神はね、人や馬やリスのように、温かい生き物に魂を与えるのだよ。そして世界の余分なエネルギーが魔物となる。魔物はね、食事を取らないのだよ」
「食べないの?」
「世界のエネルギーが余ると、スライムやトカゲのような冷たい体の魔物が発生する。魔物はただただ増えて、温かい魂のある生き物に集まってくる。狩らない限り消えないのだよ。そして狩ると、そのエネルギーが魔石や素材として残る」
「スライムは水色の魔石だった」
「そう。いわば動いている鉱山のようなものだ。魔物はね、魂とは違うことわりの中で生まれ消えるのだよ」
ショウは少しほっとした。日本の仲間を狩っていた訳ではなかったのだ。
安心してお茶を飲むショウを見て、導師は言った。
「この子は、もしかしたら湖沼に行かせて学問をさせた方がいいのかもしれないね。私は150年生きてきたが、こんなに深く物事を考える子どもを見たことがない」
「ダメだ!いや、ダメです。ショウは深森で俺と暮らす」
「しかし」
「まあまあ、導師、試しの儀に来たのではないのですか?」
「おお、レオン、忘れていたよ、そうだった」
導師は荷物から水晶のようなものを2つ出してきた。いよいよだ。癒しの力が備わっていますように。