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向き合おう

ハルは導師と並んで、一か月前まで在籍していた学院の門をくぐった。もっとも敷地内の寮にいたので、この門をくぐったことはほとんどないのだが。


「学院長と約束があるのだが」


そう受付に言う導師に丁寧に対応しつつも、だれもが知っている学院の捨て子がなぜ高名な導師と一緒にいるのかと職員は不思議に思うのだった。


そんな視線にさらされながらも、二人は学院長室に案内された。二人が院長室に入ると、学院長は大きな机の後ろに座り書類を書いているところだった。


学院長は二人にソファに座るように言うと、書類を軽く整理してから、低いテーブルをはさんで向かいに座った。


「さて、導師、久しいというべきか」

「魔術院とはほとんどかかわりがないからな。治癒を必要としないことはいいことでもある」

「では、わざわざ私に会いに来るとはどのような用件か」


学院長はちらりとハルに目をやった。


「この娘のことなら、ライナスに学院には戻さないといわれている。本人がいいというならそれでいいだろう。これ以上何の問題がある」


何の関心もなさそうにそう言った。導師は肩をすくめると、


「ハル」


と一言言った。ハルは姿勢を正し、


「はい」


と言って学院長を見た。学院長とは実はあまり接点はない。最初に処遇を決める前、そして狩りに出されるようになる前に、その審査をされた時くらいだ。


「学院ではすべての教科は一年前に取り、今はほとんど実習か狩りに出るのみでした。ここを離れるにあたって、卒業資格が欲しいのです」


ハルはまずはっきりとそう言った。


「卒業は規定では15歳、年少から見習いに上がるときとなっている。お前はまだ13で3年ほどしか学んでおらぬ」


学院長は、ハルとはこのような子供だっただろうかと思いながらそう述べた。


「他国からの学生は、15歳までいられないこともあるし、ある程度年を取ってから来る人もいて、15歳じゃなくても卒業の資格を取る人がいるはずです。私のとった授業とその成績を調べてください。卒業の資格は満たしているはずです」

「ふむ」


学院長は机の上のベルを鳴らした。


「この者の成績簿を持ってくるように」


13歳、そもそも退学の予定としていたので、成績などは調べていなかったのだ。やがて事務員が成績簿を持ってやってきた。同時にお茶も来た。


「ふむ、なるほど。座学の成績は良いと。実技も最初は今一つだが、後半は成績が伸びている。確かに、すべての要素を満たしているが」


学院長はハルを見てこう言った。


「体調も良くなったようだし、本来このまま学院にいられるものを、自己都合で退学するのだ。そんな勝手は通らぬ」


その言葉に、導師は気づかわし気にハルを見た。


「自己都合の退学だと卒業できないという規則があるのですか」

「規則、ではない。そのような形で退学するものはめったにいない」

「では家の都合で帰らなければならない学生も、退学扱いですか」

「それは……。おそらく卒業扱いとなるだろうが、お前は家などないだろう」


誰のせいだとハルは言いたかった。しかし、ここで怒ったりひるんだりしたら駄目だ。


「学院は魔術の扱いを学ぶ場。力をつけることが大事のはずです。あなたはさっき、私がすべての要素を満たしているといいました。それなら卒業できるはずです」

「屁理屈を」

「屁理屈ではありません。私は合理的に話しています。つまり、卒業できるかは、魔術師としての力があるかどうかではなく、あなたの気分次第ということですか」


これほど痛烈な批判を受けたことが最近あっただろうか。学院長はいらだった。


「それは」

「学院長、潔く卒業資格を出せ」

「しかし」

「ハルの言うとおりだ。はたから見ていると、『ハルに親がいないから、ハルを差別しているから卒業させない』と聞こえるぞ。公平に各国から学生を受け入れている学院の長の言うことか」


学院長はぐっと詰まった。確かに、たかだか13の子どもが反抗してくるからむきになっただけのこと。冷静に考えれば成績は良いのだから資格はある。


「よろしい。卒業資格は出そう」


その言葉にほっとした空気が流れた。


「卒業おめでとう。もういいか」


その学院長の言葉に、ハルは意外な思いだったが、


「いえ、もう一つあります」


と返した。学院長は明らかにうんざりした顔で、


「なんだ」


といった。


「見習いとして参加した狩りの報酬をください」

「なに?」

「見習いとして、おとりとして参加した狩りの報酬をください」


ハルは学院長に繰り返した。


「狩りに参加した分は支給されているだろう。何を言っている」

「もらっていません」

「魔術師ギルドの口座に振り込まれているはずだ」

「ギルドに入っていないんです」

「入学の前に親が入れることに、ああ」


学院長が初めて表情を変えた。そこに導師が、


「学院の仕組みはよくわからぬのだが、ハルは衣食住の他に何の手当てももらっていないそうだ。確か少しの手当てがあったように思うが」


といった。


「一か月に5000ギルほどのわずかな手当てだが、たまにおやつや小物を買うには十分なほどだろう。それに学生課で小遣い稼ぎをあっせんしているはずだが」

「手当も一度ももらっていないし、狩りに出ているなら、ほかの人の小遣い稼ぎを奪うなと言われてあっせんしてもらえなかったんです」

「ばかな。手当は口座がなくてももらえるはず。学生の仕事もいつもたくさんあって余っているはずだ」


そういわれても、もらっていないものはもらっていない。


「どうやら、ハルが捨て子で養い親がいないからといって、軽く見ていたものがあちこちにいたようだな、学院長」

「しかし、そんなはずは」

「そんなはずはと言えば、なぜハルに養い親を付けなかった」

「それは……」


導師の言葉に、さすがにハルが気になったのか、ハルのほうをちらりと見たが、


「学院の者に、だれもハルを希望する者がいなかったからだ」


と渋々答えた。


「ならばなんで町に出さなかった!」

「街に出したとて同じであろう」


そういう学院長に、ハルは少しうるんだ目ではっきりといった。


「昨日街に出たら、捨て子なら自分が養い親になりたいという人がたくさんいました」

「商人より魔術師がよかろうと思って」

「結局、魔術師は誰も引き受けてくれなかったじゃないですか! 三年間、だれも見てくれず一人だった。お金もなかった。沼ぶどうだって、初めて深森の人に食べさせてもらったの」


ハルは思わず立ち上がると大声で言った。それにはさすがの学院長も何も答えられなかった。沼ぶどうについて何を怒っているのかはわからなかったのだが。導師が静かにこう言った。


「ハルの体には、治りきらない傷がたくさんあった」

「ポーションは支給している」

「ほかの人と同じようにはもらえなかった。だから少しずつ大事に使って、それで」


それ以上言えなくなったハルを導師はいたましそうに見た。


「いいか、学院長、なんで親のいない子供には養い親を付けるのか。誰かが大事に見ていないと、無関心が子どもをダメにするからなんだ。あなたがやったつもりのことが、すべてなされていなかった。それに子ども自身が文句を言えるわけがなかろう」


ただ捨て子を拾っただけなのに。導師の非難についていけない学院長に、


「いいか、これは領主会議に出してもいいほどの案件だ。湖沼が子どもに養い親もつけず、学校ぐるみで子供を利用して搾取した、これはそういうことなんだ。自覚しろ」


と言った。それでも学院長は動かなかった。いや、動けなかったのだ。たった一人の子どもが、なぜこんなに大きな問題につながるのか頭がついてこなかったのだ。




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