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落とされた命

「おお、女神よ」


教会に帰って顔を見せるなりそう言ったライナスに、ショウはあきれたように突っ込んだ。


「ライナスさん、何回おなじこと言ってるの」

「しかしショウ、ハルがこんなに元気になって……」

「買い物は女を元気にさせるんだよ」

「ええ、私では買い物もつきあえませんし、うれしいものはうれしいのですよ」

「まあ、うれしいならいいか」


治癒師はやはり優しいのだ。


みんなで和やかに食事を済ませた後、今日一日の報告会をすることになった。


「ミハル、どうする? 疲れたなら休んでもいいよ」

「参加する」

「わかった」


昼の出来事は何となく伝わっていて、そのことを改めて話すことのつらさをみんな心配したが、ハルは大丈夫だと言った。それならいいだろう。


「今日は少し騒ぎがあったようだが、先にその話を聞かせてくれないか」


導師は椅子にゆったりともたれかかりながらそう言った。


「何ならハルは私の膝の上に来たらいい」

「ええ?」


ハルがびくっとした。


「もう、先にちゃんと話をしましょうよ、セイン様」


ショウがあきれたようにそう言った。


「あとなら膝に来るのか」

「セイン様」


これが冗談じゃないから困るのだ。


「さて、今日買い物をしていたら……」


ショウは話し始めた。こういうことは、取り合わないに限る。だって導師が膝にハルを乗せたら、レオンが不公平だとハルを膝に乗せたがり、それを見てファルコがショウを膝に乗せたがり、話なんて何も進まないからだ。ライナスさんもそわそわしている。まったくもう。ライラもくすくすしてないで、何か一言言ってほしいものだ。


結局、テリーというもうすぐ魔術師の若者が声をかけてきて、言いがかりを付けてきたことを詳しく説明することになった。ハルのようすをうかがいながら。大丈夫だ、ハルはしっかり顔を上げて聞いていた。


「では、ハルの代わりに魔力量の多いものをおとりに使っているということか……しかも成人前の。けがをしただと……ばかな」


導師は理解はしたものの、納得はしかねるという顔で聞いた話を繰り返している。


「そして、自分の恋人をけがさせたくないから13歳の子を代わりにすると、何ということか……」

「もうしわけない、導師、本当に我が国はどうしてしまったのか」


ライナスも落ち込んでいる。


「その若者は以前はそうではなかったと町の人が言っていました。街の人たちもみんなハルに同情的で、若者の味方をする人など一人もいなかった。魔術師が最近自分勝手だとも言っていました」

「ふうむ。教会回りは特に大きい問題もなく終わった。魔術師が教会に来ないのは変わりないが、ただな……」


導師は顎に手をやるとこういった。


「気になる話は聞いた。魔力が多くても魔術院に行かず、普通に仕事をしている人もいる。そう言ったものの中に、やはり気が荒れるものが出てきたというのだ」

「でも魔力が多いというならば、私もそうだし、ドレッドもそうでしょ?」


ショウの魔力量は、治癒師でも魔術師でも行けると言われたほどには多い。ドレッドなど一流の魔術師だ。まして多い。皆ドレッドのほうを見た。


「変わったかと言われれば、湖沼では物足りなくなって深森や岩洞にいくようになったことくらいだ。つまり……」


ドレッドは自分の内側を覗き込むように目をつぶり、こう続けた。


「やる気が増し、元気になった、ような気はする。怒りっぽくはなっては……いないか」


そう分析した。


「ちょうどハルとショウが来た年くらいからだ」


ショウはハルと目を合わせた。これは言うべきところだろう。


「あの」


ハルが声を出した。


「私、ここの国に落とされた時のこと、魔術院で話しているんです。だからもう秘密でも何でもないことなんですが」


ハルはショウに言ってもいい? と目で確認をとった。


「私たちは平原から来たのではありません。地球という世界の、日本という場所から来ました」

「チキュウ? ニホン? 中央の山岳地帯ではなかったのか」


導師が繰り返した。


「そこで女神に命を狩られたのです。電車12両分、魂の原料にすると」

「命を狩られたなどと。それにデンシャ? 12両分とは?」

「少なく見積もって一両30人として、360人分くらいだと思う」


導師の質問にショウが答えた。


「私はそれで魔術院の人に嘘つきと呼ばれました。信じられないかもしれません。でも、事実です」


ハルは静かに答えた。


「360人も落とされたのか? いや違う。ショウは3人だけ落とされたといっていた。残りはどうなった?」


導師の質問にショウは、はっきりと答えた。


「おそらく、エネルギーとして生き物に補充されたのだと思います」

「だからお前はあの時スライムに魂はあるかと聞いたのか。同族を害したくなかったのだな……」

「はい」


導師はあっという間にショウの言いたいことを理解した。三年以上前の話を、本当によく覚えている。


「女神が急にエネルギーを足しすぎて、やる気が暴走しているということか……」

「でもよ、ドレッドはそれを生かして技術の向上にあててる。悪いことばかりとも思えないんだが」


レオンが疑問の声を上げた。


「自分の欲望を加速させるのだとしたら、ドレッドは強くなりたいという気持ちに忠実だったに過ぎない。それが成果を上げたいということであれば、人から搾取する方向に行くものもいるだろう」


そう言われると、なるほどすっと理解できた。


「ハルを疑うわけではありませんが、今まで女神はこのような事をなさったという記録もありません。にわかには信じがたいです」


ライナスが誠実にこう言った。


「私はわかるような気がするのだ、ライナス」

「導師」

「このところ出生数が少しずつ落ちていた。このままでは数十年後にはゆるゆると衰退に向かうかもしれないという程度だが。しかし外から足すなどと。しかもほかの世界の命を犠牲にするとは……」

「ショウ」


ファルコが少し震える声で言った。


「お前、お前は一度死んだのか」

「うん」

「では、なんで生き返った」

「毒にも薬にもならないからって言ってた」

「それは……」

「たぶん女神の気まぐれだよ。私にもわからないもん」


ファルコは立ち上がると、ショウの前にやってきて、ひざまずくとしっかりと両手を握った。


「女神の気まぐれに感謝する。俺のもとに来てくれてありがとうな」

「ファルコ……」

「ごほんごほん」


見つめ合う二人の横で、導師が咳払いした。


「導師、ここは空気を読め」

「空気を読むのはお前だ、ファルコ、うらやましい」

「え」

「いや、今はそんな場合ではないということだ」


導師の仕切り直しに、ファルコは立ち上がるとショウをひょいっと抱えて膝にのせて座った。


「真偽はどうでもいい。しかしそれが事実なら理屈は通る。それならば、これをもとにこれからのことを考えねばなるまい」

「ま、昔のことをくだくだいってもしようがねえ。これからのことだな」

「そうだな」


深森の狩人の真骨頂だ。どこまでもからっと明るい。それでいいならいいんだけどさ、とショウは思う。でも、私を膝にのせる必要はないよね。





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