スライムって釣るもの?
3日目、ショウの作った朝ごはんをおいしそうに食べて、ファルコは機嫌よく狩りに出かけた。目は明るい茶色だし、顔立ちはほりが深いけれど、黒髪でいつでも機嫌のいいファルコは近所の日本人のお兄ちゃんみたいで異世界感がない。
「そのうち町にも出ればわかるけど、深森は北の国だからか、レオンみたいなうっすい色の目や髪が多いぞ」
「ファルコや私は目立つ?」
「俺たちのような色合いは、平原に多いな。俺の母さんはやっぱり狩人でな、あちこち旅するのが好きで。平原に行った時に生まれたのが俺ってわけ。だから目立つけど珍しくはない」
「あ、ファルコのお父さんは……」
「平原にいるよ。平原は魔物が少なくて、母さんは飽きてすぐ帰ってきちまったんだよ。200年は長いからな、いろんな人と付き合うのもいいぞ」
「200! 200歳まで生きるの?」
「ん? 当たり前だろ。20歳で成人して、150くらいまでは子どもも持つかな? もう少し行くかな」
「ふあ」
「だからな、男も女も、長く働けるよう、しっかり手に職をつけなきゃな」
「はい!」
「さて、そろそろ剣の訓練を始めるか」
「え、ファルコ」
剣はしないって言ったよね。そう言おうと思ったら、ファルコは、
「まずスライムを一匹でも倒せねえとなあ?」
とバカにしたように言った。なんだと!
「た、倒せるし」
「言ったな? 楽しみにしてるぜ」
しまった。つい。ショウは後悔した。よく考えたら、スライムを倒せなきゃ剣の訓練しなくてよかったんじゃないか。でもこの2日間の地味な努力を無駄にもしたくない。
小屋の片付けを一段落させると、ショウは水の入った桶を手に下げ、箸をファルコの上着に挟み、長い枝を持った。短剣は、ファルコのシャツの上に帯のようなヒモを締めて、そこに差し込んである。
「これ、釣りに行く人みたい」
むなしく独り言を言って、とぼとぼとスライムを探しに向かったが、探す必要がないくらいそこらへんにいる。
ちょん。スライムをつつく。シュッ。酸を吐く。ちょん。シュッ。長い枝で二回つつくと、思い切って近寄り、短剣でスーッとスライムを切り裂く。スライムは静かに形をなくし、やがて水色の魔石が残った。
それを箸でつかむと、日に透かしてみる。
「キレイ」
そのまま桶に落とす。10個集まるごとに桶の水を替える。こうしてお昼までに30個の魔石がたまった。
飽きた。スライムはまだたくさんいる。
午後は食料のチェックをし、スープを作り、干し肉とパンを薄く切って過ごした。10歳はそんなに小さくない。それでも大人ほどの器用さはなく、芋も野菜もむくのにも切るのにも時間がかかる。
それでも、料理にゆっくりと時間をかけられる。忙しかった毎日を思い出すと、そんなことがとても嬉しいのだ。
「ただいま!ショウ!」
「おかえり!ファルコ」
ファルコは必ずショウを抱き上げる。見た目は20代だ。狩人だから、たくましい。子どもは抱き上げられるもの、そう言うファルコの主張に異を唱えるほど、この世界については知らないから、大人しく抱き上げられている。
「今日はスライム倒せたか」
「うん!」
「お! ホントか。ケガしなかっただろうな。ポーション持ち歩いてたか?」
あ。忘れてた。
「ケガしてスグならポーションで治るから。必ず持ち歩くのが狩人のたしなみだ」
狩人目指してないし。でも忘れないようにする。跡が残るのは嫌だから。それより、ほら!
「お前、これ……」
「30匹でやめたの」
「そ、そうか。やっつけられたか……」
ファルコは残念そうだ。
「レオンが来る日は休めるから、スライム狩りの様子を見せてくれよ。おい、なんで鼻にしわ寄せてんだ?」
だって釣り人だよ? かっこ悪い。
「世話人としてな、見届ける権利が、いや、見守る義務があるからな」
権利って言った! 絶対面白がってる。まあいい。
「まあ、スライムも増えて困ってたとこだし。1日30匹ノルマな」
「ええ? 飽きる」
「お前な……飽きてもやれ」
「はーい」
そうして4日間スライムな日々を送り、お休みの日が来た。
「さあ、スライム狩りだ!」
ファルコが嬉しそうだ。仕方ない。ショウはため息をつくと、寝室に向かった。おい、なんで寝室? ファルコはあっけに取られた。ショウは帯にするヒモを取りに行っていたのだ。
ファルコの目の前で、ショウはクルクルと帯をしめる。桶に水を張って、2本の細い棒と、短剣を鞘ごとを帯にはさむと、じっとファルコを見た。ショウは口数が多くない。その分、目で物を言う。これは、家でできる準備は終わったから、外に行くぞってことだな。わかった。外に向かうショウに付いて行く。ところで、その2本の棒はなんだ? 小屋にあったか?
外に出ると、壁に立てかけてあった長い枝を手に取ってファルコを見た。ふむふむ、準備完了ってか。けどな。それ、それな、くっ、
「お前、おまっ、釣り、釣り人、くっ、ハハ」
こらえきれなかった。腹を抱えて笑っていると、ピシッと何かが膝下に当たった。
「ショウ、危な、棒で叩くな、いてっ、ハハッ、ごめん、いてっ、いい太刀筋だな、ショウ、いい狩人に、いてっ」
うん、鋭い攻撃だ。剣の素質がある。けど機嫌を損ねたショウをなだめるのに苦労した。からかいすぎ、よくない。
しかしファルコは驚きを隠せなかった。自分は? もちろん、スライムなど何10匹でも倒せる。けどな、子どもの頃、こんなにあっけなく倒せたりはしなかった。仲間と競い合ったのは酸にやられた数だ。危険をかえりみずスライムに寄るのが面白かったのだが、さて、ショウのやり方は、安全で、確実。魔法なんてカケラも使わない。
変な2本の棒で魔石をヒョイっとつかんで桶にポイだ。それでおしまい。
確かに町の周りにはそうたくさんのスライムはいない。けど、このやり方ならスライムだけで生計が立てられる。俺、必要ないんじゃ……いやいや、人はスライムのみにて生きるのにあらず。お、レオンだ。
「ファルコ、レオンの他に誰かいるよ」
ショウは視力が戻っていたので遠くも見える。ファルコは狩人なのでもっと見える。
「ほんとだな。あれ、げっ、なんで導師が……」
「どうし? ファルコなんでそわそわしてるの」
「いや、俺何も悪いことしてないよな、よし、大丈夫」
「ファルコ?」
「な、なんだ、ショウ」
「どうしって?」
「導師。教会の1番偉い人だ。ショウに会いに来たんじゃないかな」
「私に?」
「癒しの魔法を使える人だからな」
「おお!」
いよいよか!