町中で
「さあ、街に出よう」
「おー」
片手を元気に上げるショウに、ハルも片手を上げて答えた。
「くっ」
「ヤバイ」
片手で口を押さえ横を向く護衛の二人に、ショウは冷たい目を向け、ハルは真ん丸なきょとんとした目を向けた。
「ショウの冷たい目もイイが」
「ミハルの小動物のような目も」
「「イイ」」
ショウの視線が氷点下まで冷え切った。
「さ、買い物に行こう」
「え、ファルコとレオンは」
「自動でついてくるから」
「ええ?」
そんな二人の後ろには、
「おい、お前、俺がレオンって呼ばせるのに今朝どれだけ苦労したか。何ちゃっかりファルコって呼び捨てにされてんの?」
「人徳だろ」
「最もお前に欠けてるものだよな?」
こんな大人が自動でついてくるのだった。
二人で並んで歩く平原の子どもは何をしなくてもとても目立った。巻き毛とストレートの違いはあるものの、長めの黒髪は、はちみつ色の肌を引き立たせ、明るい茶色の瞳をより大きく見せるのだった。
湖沼の神秘的な紫の瞳も、その濃さは様々で緑色の髪もあいまってまるで宝石のアレキサンドライトのようだとショウは思うのだったが、それを毎日見ている本人たちには神秘的でも何でもなく、生き生きと歩くショウとハルはとても目を引くのだった。
動きやすいように短めに仕立てられた深森のチュニックと違って、湖沼の服は長めのものが多く、たいてい濃い色合いに鮮やかな色糸で刺繍がしてある。
「おみやげに服を買うお金はないから、ハンカチにしよう。刺繍がきれいだし」
「きれいだねえ」
真剣におみやげに悩むショウに、ハルも楽しそうだ。店の人もにこにことそれを眺めている。
「あ、これ、ハルのお財布。お土産くらいなら買えるから、使って」
ショウはポーチから革のお財布を取りだし、ぽん、とハルに手渡した。
「私は布のお財布を買おうかなあ。深森には革が多いんだよね」
「え、でも」
「あ、これスライムの先払い。大丈夫、深森に帰るまでにちゃんと返せる金額だから」
「……ありがとう」
ハルは財布をぎゅっと握りしめた。
「おい、お前」
その声に立ち止まろうとしたハルをショウは引き止め、振り向きもせずに先の店に行こうとした。
「お前、平原の捨て子!」
ハルはハッとして立ち止まってしまった。
「ミハル、行こう」
「こんなとこで遊んでるなら、なんで狩りに出ない!」
それは10代後半か20代かと思われる魔術師の若者だった。成人したか、しないか。
「ミハル、知り合い?」
「顔だけ。狩りで一緒になるから」
「そう。もう関係ないから。行こう」
そういって止まったハルを押して歩こうとするショウを前にその若者は立ちふさがった。
「お前が狩りに出ないからとフィーアが代わりになってるんだ! どうしてくれる」
それは町の人の足を止めるのに十分な騒ぎだった。前に出ようとするレオンをファルコが止めているのがショウの目の端に見えた。ファルコは冷静な目をしている。
「ハル、フィーアって?」
「もうすぐ成人の魔術師。魔力量が多くて有望なの」
「そうなんだ。さあ、行こう」
「待てよ」
魔術師はミハルの手を引くショウの肩を押した。ショウはミハルの手をとっさに離したが、自分は押された勢いで後ろに倒れてしまった。
「ショウ!」
「なんてことをするんだ、女の子だぞ!」
店のおじさんが慌てて飛び出してきた。
「大丈夫か……」
そういってショウを起こすと背中の砂ぼこりをそっと叩いてくれた。きれいな巻き毛も砂だらけだ。
「こいつが一か月も狩りに出ないから、フィーアがけがをしたんだぞ! こいつの代わりにされてな!」
ハルは真っ蒼になった。ハルがいなくなったらもうおとりを出すのをやめたものだと思っていた。
「ハルは狩りでけがをしたから休んでいたんだよ。文句を言われる筋合いはない」
ショウは冷静に言い返した。
「でも町に出る元気はあるじゃないか」
「けがをしてから初めての外出だけど?」
「ただ立っているだけだろう! 狩りに出られるはずだ!」
ショウはその若者の前に一歩進んで、下から見上げた。こうしてみると、若者が子どもに言いがかりをつけているようにしか見えない。周りがざわざわし始めた。
「ただ立っているだけでけがをしていても狩りに出られるなら、フィーアが狩りに出たっていいじゃない」
ショウはそう言った。
「フィーアには家族も。俺という恋人だっている。そいつのような誰も心配しない捨て子じゃないんだよ!」
ハルはうつむいたまま何も言えない。ショウはもう一歩前に進んだ。若者は一歩下がった。
「つまり、捨て子ならけがをしてもいいけど、自分の恋人だからけがをしちゃいけないってこと?」
「そ、そうだ」
若者はやっと周りの雰囲気に気づいた。
「ねえ、つまり、大人のあなたの恋人をケガさせたくないから、13歳のハルをけがをするような狩りに出せばいいってこと」
「そ、そうだ。19歳だが……」
19歳はまだ成人ではない。大人だと言い張りたくても言い張れない。でも子供ではないという微妙な年だ。
「あきれたことを。お前さん、鍛冶屋んとこのテリーだろ、ずいぶん大きくなったが、何言ってるかわかってんのか」
店の主人が心底あきれたように言った。19歳は若い。だが、13歳を守れるくらいの年のはずだ。
「う、うるさい! 俺たち魔術師が魔物をやっつけてるからこそ、こうして町でのうのうと暮らしてるくせに!」
店のおじさんはそれに怒るでもなく、頭に手をやるとこういった。
「魔術師には感謝してるよ。でもそんな話をしているんじゃない。13歳の年少組の見習いに、けがをするような狩りに出ろと、本気でそう言ってるのかと聞いてるんだ」
「じゃああんたは知り合いの娘のフィーアがけがをしてもいいってのか!」
若者は食い下がった。
「けがをしてもいいとは思っていないよ。でも、フィーアなら自分の代わりに年少組がけがをすればいいなんて思わないはずだし、テリー、あんたの親御さんもそう思ってるはずさ」
「しかし、ずっと魔術院ではそうやって来たんだ!」
「ずっとって……まさかもっと幼いころからこの年少さんを狩りに出していたと? けがをするような?」
「そいつは捨て子で、そのくらいしか役に立たないって、そうみんないってる」
「捨て子って」
おじさんは絶句して、ハルに優しく尋ねた。
「お前さん、養い親はどうした?」
「養い親は……いません」
「ばかな、捨て子であろうと親になりたい人はたくさんいるはずだ。拾ったのはだれかわかるかい」
「……魔術院にお世話になっていました」
「なんてことだ……」
周りの人も驚きの事実にざわざわとしている。
「そんなことはどうでもいいんだ! お前、来い」
テリーがハルへと伸ばした手を、ショウが叩き落した。
「ハルはもう魔術院預かりじゃない。深森に行って養い親を探すことになったの。手を出したら、私が許さない」
「しかし」
ここでファルコがすっと入った。
「魔術院長も認めていることだ。自分たちで何とかすることだな」
「院長が……。だからフィーアを……。くそっ」
若者は謝りもせず走り去った。