治癒する覚悟
「あ」
とショウが何かに気がついたように言った。思いがけないお茶会の後、ハルは一度部屋に戻っている。導師と、ショウとファルコとレオンも今日は教会に泊まる。ドレッドはライラと共に自宅に帰った。たまにしか帰って来ないから、単なる拠点なのだそうだが。
「掃除が面倒で宿屋に泊まることもあるのよ」
とライラがこっそり教えてくれた。
「そもそもミハルの治療に来ていたのに、忘れてた」
そう言うショウに、ライナスもはたと気がついたように言った。
「そうでした。わざわざ導師に依頼して来ていただいたのに。もっともあなたが半分癒してくれたが」
「ん? 私? 何もしてないよ?」
ショウは首を傾げた。導師がショウの肩を抱き寄せ、こう自慢した。
「これが深森で最近有名な心まで癒す治癒師だよ」
「その噂は本当でしたか」
「いや、大げさだし」
ショウは照れた。導師は身びいきだからなあ。導師はショウを見下ろすと、ライナスにはこう言った。
「ハルはショウに見てもらった方がいいと思うのだが」
「この子にですか? しかしまだ年少組でしょう」
「しかし優秀だ。夏の狩りにも見習いとして三回参加しているし、私と共に他の町に行くこともある」
「ほう、それは優秀だ」
ライナスは感心したようにショウを眺めた。
「何より、同じ故郷、同じ年ごろだ。おそらく私たちより細かいところまで癒せるのではないか」
「やはりわかりましたか」
「うむ、肩と鎖骨のけがだけではなかろう」
それはショウも気がついていた。体に触れたら魂の輝きがわかる。しかし、何人も人を癒していくうちに、大きなけがをしている人や調子の悪い人は、ぱっと見ても生気がないことがわかるようになって来ていた。年若いショウやアルフィーですらそうなのだから、導師ほど経験のある人はましてそうだ。
だからこそライナスはショウを見てその輝きに目を細めたのだし、ハルの弱り切った姿に心を痛めていたのである。
「私でいいのなら、私がやります、セイン様、ライナスさん」
ショウだって何人の人をも癒してきたのだ。
「ただしハルはそもそも体力が落ちてる。旅に出るために大きいところは先に癒すけれど、残りは少しずつ元に戻して行くつもりです」
「そうしてくれるか」
「はい」
ショウはしっかりうなずいた。ハルは自分が治すのだと。
「それにな、ショウ」
「はい、セイン様」
「早めに帰った方がいいような気がするのだ」
「なぜですか」
首を傾げるショウにライナスがこう言った。
「それは私が説明しましょう」
どういうことだろうか。
「つまり情けないことですが、ハルが治ったと知ればまた利用される可能性があるということです。それどころかショウ、あなたさえほしがりかねない」
「私?」
「年若くて言うことを聞く優秀な治癒師がいたら便利だからです。ショウとハルがお互いを人質に取られたら、身動きが取れなくなる」
「まさか、そんなこと」
「しないと思いたいのです。だが、まともな人間なら、子どもをおとりに出したり、ましてや怪我をしても放置するなどできるはずがない。何かがおかしいのです」
ライナスは真剣に言った。
「そんなにか」
「はい、導師」
「ふうむ」
導師は顎に手を当てて何かを考えた。
「しかし、私が来たことを秘密にしておくわけにもいくまい。ハルは治療のために深森に連れていくことにする。そして、旅立つまでの数日は、他の教会もまわって少し様子をみてみよう」
「お願いします」
その日の夜は教会での夕ご飯だった。ショウがクロイワトカゲやハネトカゲなど珍しい食材を提供したので、夕食は豪華だった。
デザートには、深森の小さなりんごが出された。
ハルは先ほどたくさんのおやつを食べたはずなのに、なぜかいつもより多く食べられる気がした。食卓から顔を上げると、深森の人たちが道中の話を楽しげにしている。ライナスはハルが一人で食事をするのを決して許さなかったが、この教会でさえ自分がいるべき場所ではないような気がして、いつも孤独な気持ちでいたのだった。
「おいしい……」
小さなハルのつぶやきに、レオンがクスッと笑ってこう言った。
「ショウと一緒だと、おやつが途切れることはないぜ」
ショウが右手の親指をぐっと上げている。いっしょに、かいにいこうね、と口が動いた。ハルもぐっと右手の親指を上げた。その口の端がかすかに上に上がっていたことにみんなが気づいたが、誰もそのことには何も言わなかった。
食事の後、夜寝る前に、ショウは導師と共にハルの部屋を訪れた。
「ショウ? どうしたの?」
ハルは驚きながらも部屋に招き入れてくれた。何にもない、客用の部屋だ。
「聞いてない? ミハルの治療をしに来たんだよ」
「導師が癒してくださるって聞いてた」
「私も優秀な治癒師見習いだし、女の子同士だし、私がやる方がいいかと思って」
ハルはちょっと下を向いた。
「治した方がいいのかなあ」
「ハル?」
「ショウは一緒に深森に行こうって言ってくれたけど、私を預かってくれたのは学院の院長なの。権力者だもん。治ったらきっとまた狩りに連れて行こうとする。もういやなの」
「黙ってればいいんだよ」
「黙っている?」
「治ったの内緒にしておけばいい。深森につれて行って治すってことにするから」
「嘘をつくの?」
「うん」
「ばれちゃうよ……」
「下を向いて黙っていればいいよ。あとは導師がやってくれるから」
ハルは導師のほうを見た。ライナスさんは優しかった。他の人は無関心だった。
「ショウで不安なら私が治すが、たぶんショウのほうがうまい。それから、私も権力者だ。学院の院長に負けないくらいのね」
「どうして」
ハルは言葉を一度とぎらせた。
「どうしてそんなに親切にしてくれるの」