泣き虫と過ごすお茶会
なんだか肩の力が抜けたハルに、ショウはもぐもぐしながら言った。
「別のことでがんばろうよ。スライム取りとかさ」
「それ、痛い?」
そうハルが恐るおそる言ったら、大人たちが全員どこかが痛いような顔をした。ショウはちっちっと指を振ると、
「痛くないように取るんだよ。一匹とったらね、それを売ってお菓子を買うんだ」
「お小遣いになるの!」
「なるよー。けっこう稼げるよ」
ショウはへへっといういたずらな顔をすると、ドレッドにこう聞いた。
「魔術師ギルドはスライムを買い取らないの?」
「買い取るが、あまりこづかい稼ぎをする年少組はいないな」
「そうなの。魔術師なら棒を使わなくても倒せるのにね」
「コントロールがなあ。単純に火の魔法では質の悪い魔石しか取れんしな」
「ミハルなら大丈夫だと思うんだけどな」
ショウはハルに振り向いた。
「ね、小さくて高温の火の魔法、打てるよね」
「う、うん」
ハルはそれがどうしたという顔をした。ドレッドは小さい子に言い聞かせるように言った。
「ハル、大きくて威力のある魔法を撃つよう教わっただろう。小さくて、精巧な魔法は大人でも難しいんだ」
「そうなの。大きな魔法ばかり撃っていると、魔力切れになって魔物に襲われちゃって怒られるから、がんばって効率を追求したんだ」
そのハルの言葉に、また大人たちは痛そうな顔をした。しかしショウは、
「わかるー。効率って大事だよね! 私なんかさ、最初の年に水を冷やす魔法を工夫したんだよ」
と自慢そうに言った。ハルは目を瞬かせた。
「え、そんなことできるの?」
「簡単だよー。深森に帰る途中に教えてあげるから。深森ではみんな使えるからね、魔術師なのにできないのって言われちゃうよ」
「深森に帰る途中?」
「うん。迎えに来た」
ショウは何でもないことのように言った。ハルは一瞬戸惑うと、わずかに唇を震わせた。
「私も行くの?」
「うん。つらかったら迎えに行くって言ったじゃん。つらくないの?」
「……つらい」
聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声だった。
「じゃあ行こう。一部屋余ってるし」
「でも、おうちの人は?」
「ああ。大丈夫。ファルコ?」
ファルコはお茶のカップを上げて見せた。
「けっこう働かされるけどな」
「もう。ちゃんと掃除しないからでしょ。レオン?」
「なんなら俺と一緒の部屋でもいいぞ?」
後ろで声がした。
「ひゃい?」
「ひゃいって、お前」
背中でレオンがくつくつと笑っている。
「俺が養い親になってもいい」
「養い親?」
ハルは初めて聞いたように思う。
「親のいない子どももいる。そういう子どもは、町で養い親を決めて成人まで面倒を見させるんだ」
「私の養い親はファルコだよ」
ショウはファルコのほうに顔を向けた。ハルはレオンをちらりと見上げた。この人が家族に。この温かい人が。そこに導師が茶々を入れる。
「まあ、ハルほどかわいらしい子どもなら、養い親の希望者は多かろう。レオンがなるのは難しいやもしれぬなあ」
「何でだよ。ファルコだってショウの養い親になれただろ」
「それは」
導師は、ファルコをちらりと見やった。
「ファルコがあまりにも情けなくて、ショウなら面倒が見られると思ったからだ」
「私も!」
ハルが声を上げた。
「一応、料理もできます。お掃除も、洗濯も」
ショウはうんうんとうなずいた。そりゃあね。20代後半だったものね、私たち。
「ほう? 何もないところで転ぶのに?」
レオンがからかうように言った。
「そ、そこに」
「そこに?」
「石があったもの」
「ないぞ」
「つまづいたらどこかに行ったの」
ハルはプイッとそっぽを向いた。案外負けず嫌いのようだ。それを見てみんな口を押さえてあちこち視線をそらしている。
「そうか、そうだな」
レオンはハルの頭にそっと手を置いた。
「ミハール。一緒に暮らして、俺の面倒を見てくれるか。家事は苦手なんだ」
ハルはショウを見た。ショウは親指をぐっと上げて見せた。
「お願いします」
ハルが仲間になった。一部始終を見ていたライナスは胸に手を当てると、涙ぐんでこう言った。
「創世の女神よ。この年若く優秀な治癒師を遣わされたこと、感謝します。そして深森の広い心にも」
無表情で死んだような目をしていた少女の目が、今希望に輝いている。女神よ!
「いや、まあ感謝がいけないわけじゃないけどさ」
ショウが水を差すように言った。
「そもそも、世話人を付けてくれるって言ったの女神だからね。ミハルさ、私だって真冬の誰もいない森の中に飛ばされたんだよ。偶然ファルコが通らなかったら、人生詰んでたよ」
「そうだったんだ。でも私、せっかく人の多いところに飛ばしてもらったのに、なんの役にも立たなくて」
ハルがまたうつむいた。
「役に立たなくたっていいんだよ」
「だって」
「そもそもさ、私たち毒にも薬にもどうせならないからって飛ばされたんだよ。役に立つ必要なんかない。ただ生きたいように生きればいいんだよ」
「役に立たなくていいの?」
「いいの」
「のんびりしててもいいの?」
「いいの」
「魔物を狩らなくてもいいの?」
「いいの。町には商業ギルドもあるし、自分の得意なこと見つければいいよ。でもね」
ショウはニヤリとした。
「手っ取り早いお小遣い稼ぎが、スライム狩りなんだよねえ。し、か、も」
そう言っていたずらっぽく笑った。
「小さい子がうっかり踏んだりせずに済む。人の役に立つんだな、これが。さ、ら、に」
ハルは固唾をのんだ。
「トカゲなんか倒したら、その日の夕食のおかずもバッチリだよ。おいしいんだよー、あっさりしてて」
「おいしいの」
それは大切だ。
「やっぱりショウの一族なんだな」
ファルコが優しい目をして言った。
「食べ物のことに関しては、目の色が変わる」
「確かに、逃げてたはずなのにおやつにつられてたもんな」
レオンも同意し、一緒にうなずいている。優しい目をしていればいいという物ではない。言っている中身は大変失礼だった。ショウはやれやれと肩をすくめると、
「こんな人ばっかりだけど、とっても居心地のいい街だよ。時々ドレッドも来るから、その時に魔法は教わればいい。一緒にこの世界で生きていく力をつけようよ」
ハルの目に涙があふれた。レオンが後ろからそっと引き寄せる。背中が温かい。
「しょうがないなあ。お菓子はまだまだあるからね」
お菓子がほしくて泣いてるんじゃない。でも、お菓子がほしくて泣いている子どもと思われてもいいような気がした。ショウも、この温かい人たちもきっと泣きやむまでいつまでも待っていてくれると思うから。
「ハルが泣いている間にもう少しお菓子をちょうだい」
「ライラは言わなくてもいいことは言わないってことをそろそろ覚えようね」
ショウはそう言うとライラにバターケーキを渡した。泣き虫を交えたお茶会は、日がかげるころまでゆるゆると続いたのだった。




