再会
ドレッドとライラが馬車の御者台に乗り、町中にゆっくりと降りて行くと、知り合いも多いらしくさまざまなところで声をかけられる。馬車の窓から見る街並みは美しいレンガ積みで、行きかう人の中にはさすがに四領すべての国の人がいる。街道の途中で昼ご飯にし、ゆっくりと町に入ってきたので、ちょうど午後の真ん中あたりの時間の今、10代の学院生もたくさん見えた。
「さすが学院生、みんなローブを着ているね」
「支給されているからな。それに学院のローブは誇りでもあるんだ」
ショウの言葉にドレッドがそう返す。確かに、とショウは思う。高校の時の制服は自慢だったなあ。着崩していたけどね。
「どうした、ショウ。ニヤニヤして」
ファルコがいぶかしげに聞いた。
「前にね、通ってた学校も制服だったなって思いだしてたの。スカートなんて膝上でね、短くするのが流行りだったなあ」
「な、膝上だと! そんなに暑い国だったのか?」
「ん? 冬には雪もたまに降ったけど」
「信じられん……」
「ほんとだねえ、何でそんなことしてたんだろ」
「ショウの話はたまに聞くと本当に不思議だな」
確かに、ショウは自分で話していても不思議だ。スカートは短くなくちゃいけないのに、寒いから発熱素材の肌着を着こんで、カイロを貼り付けて、マフラーをぐるぐるに巻いて。ところで、なぜ気にするポイントが「学校に行ってた」ところじゃないんだろう。
「ファルコ」
「な、なんだ」
「足をじろじろ見ないで」
「み、見てないし」
顔をそむけるファルコだったが、耳が赤くなっている。ズボンの上からじゃ足は見えませんよ。
「アウト」
レオンの声にファルコがうなだれた。
「さ、そろそろ着くぞ」
御者台からドレッドが声をかけた。いよいよだ。
馬車を停め、みんなでぞろぞろと教会に向かう。教会の扉を開けると、何人かの人がいて一斉に振り向いた。
「ドレッドだ」
「ライラだ」
「平原の親子がいる」
そんな声が聞こえたが、その中から黄色い帯を巻いた若い治癒師が急ぎ足でやってきた。
「導師!」
「おお、ライナスか」
「覚えていてくださいましたか」
「もちろんだ。いつも熱心に学んでいたではないか。また深森に来るとよい」
導師と知り合いのようだ。
「ドレッド、ライラ、ありがとう。それから、え、ハル?」
その人はショウを見てはっとしたようにそう言った。
「いや、違う。君は……」
その視線を遮るようにファルコが一歩前に出る。
「俺はファルコ、こちらはレオン。導師の護衛についてきた。そして」
ファルコは見上げる私を優しい目で見下ろした。
「俺の養い子のショウだ」
「ショウ……。なんと命の輝きに満ちあふれていることか」
誰と比べているのかすぐに分かった。
「ハルは」
私の言葉に、ライナスはすぐに反応した。
「すまない、今ハルは庭に出ていると思う。この二週間、ずーっとぼんやりして食欲もないんだ」
そう言うと庭と思われる方に案内を始めた。教会はどこも似たような作りで、扉を開けてすぐは大きい集会室のようになってて、簡単な癒しはそこで行う。その奥にいくつか個室があり、さらに奥の方には広い庭がある。
庭につながるドアを開けると、さまざまな植物が植えられた庭は、遠くに北の山を望む広々としたものだった。その中にある小さい池のほとりに、その少女は立っていた。
背の中ほどまである黒髪はまっすぐにつややかで、午後の柔らかい日差しを受けて輝き、時折吹く風に毛先を揺らせている。うつむいて水面を眺める横顔は細くとがっており、ほっそりした肩は抱きしめたら折れそうだ。
「ハル!」
ライナスの呼ぶ声にゆっくりと振り向いたハルは、突然現れた狩人たちに戸惑いの目を向けた。そして誰ひとりをも認識することもなく、静かにあきらめたようにその大きな目をまた水面に落とした。
ああ、女神が勝手にここに連れてきてから、いったいこの子に何があったのか。三つの願いには、確かに守ってくれる人があったではないか。ショウはその理不尽さにこぶしをぎゅっと握りしめた。
「ハル……」
思わず出たそのショウの声に、ハルはふと顔を上げた。狩りに連れて行かれる時以外、誰もハルの名前を呼んだりしない。ああ、ライナスさんは別だけれど。でもこんなふうに、同じ年ごろの子どもがハルの名前なんて呼ぶはずがない。ハルはまた視線を水面に落とそうとした。
「ハル!」
今度ははっと顔を上げた。確かに誰かが呼んでいる。声の先はさっきの狩人たちだ。そうやって目をやった先には、巻毛を肩まで伸ばした黒髪の子がいた。その明るい茶色の瞳はまっすぐにハルを見ている。そうだ、その日は飲み会で遅くなって、同じ車両の中にいた人はみんな疲れた顔をしていたんだ。その疲れた顔のまま女神に呼ばれた中で、あの人はこうして、今と同じように強い目をして女神に向き合っていたのだった。
「ショウ?」
その小さなつぶやきは確かに巻毛の少女に届いた。ショウはその呼びかけに答え、すぐ一歩を踏み出した。
「あ、ハル!」
しかし、ハルはそれを見た途端、ぱっと振り向いて逃げ出した。それを見てライナスが叫んだ。
「ハル! 止まりなさい! まだ怪我が治りきっていないのに!」
「走れているようだが」
ドレッドの指摘に、ライナスは苦々しげに答えた。
「肩と鎖骨が治りきっていないんです。転びでもしたら、また、あ!」
少しだけ走ったハルは、なにかにつまずいて体勢を崩した。転んだら、肩にまた激痛が走る。ハルはその痛みに身構えた。しかし、痛みは来なかった。代わりに何か硬いものに、しかしふんわりと受け止められた。
「あっぶねー。お前、療養中なんだろ。無茶すんな」
ハルはいつの間にか、薄い色の髪をした大きな男の人にしっかりと抱えられていたのだった。
明日も投稿します。