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ハルの決意と現実

そうしてせつない星迎えの祭りの日を越して13歳になると、同郷だった女性のことばかりハルは思い浮かべるのだった。つらかったらおいでと、そう言っていたという。ショウというのだと、ドレッドが言っていた。ハルが美晴でなくハルと呼ばれているように、きっとショウも本当は翔子とかなんだろうな。そう思うと、ハルの落ち込んだ気持ちがちょっと浮かび上がる。


でも、女神はみんなに世話人を用意してくれたはずだ。同郷の人を頼って困らせてはいけないのではないか。そう思うと、衣食住に不自由していない今の状態でつらいというのもためらわれた。


そう、ドレッドと言う人は、引きこもりの魔術師の国ではとても珍しい、活動的な人だ。湖沼の国では、湖沼とそれを取り巻く森と岩場があり、そしてそこから魔物が生じ、一年を通して魔術師の需要がある。時には狩人も要請する。だからわざわざ他の領に行ったりすることはほとんどない。


ハルも見習い魔術師の一人として、そういった狩りに参加することはしょっちゅうだが、狩人の魔物の狩り方はすごいの一言だった。正直、魔術師がやるより狩人にまかせちゃったくらいの方がいいんじゃないかと思うくらい効率がいい。


しかし、自分の領は自分の領で、というプライドなのか、魔術師は自分で狩りをしたがる。魔術師と言う人は本当に魔法が大好きで、魔法を使いたいのだ。


そんな中、ドレッドは国の外によく出ていく。うわさによると、狩人と遜色のない狩りをするという。特におととしショウの話を聞いてから気にかけてみると、そんな噂で持ちきりだった。もちろん、ドレッドに憧れている若い魔術師は多い。


私は、とハルは思う。ドレッドがハルを見る目には、少し非難が混じっているような気がする。それでも、迷子で魔力だけ多い厄介者としか見ない湖沼の大人たちよりずっといい。20歳になるまで何とか面倒を見て、その後も自分たちのいいように使おうとしているあの人たちよりは。ハルはドレッドに、


「お前はどうしたいんだ」


って言われている気がするのだったが、それはハルを一人の人間として見ているのだと実感させるからだ。


きっと20歳になれば。自由に動けるに違いない。この寿命の長い世界で、あと7年何とか乗り切ればいい。みんながいっせいに年を取るこの星迎えの夜、ハルは寮の部屋で一人生き抜く決意をしたのだった。


そしてその決意はすぐに失望に変わる。


ショウは優秀な治癒師の見習いだから、年少組でも導師について遠くの街にも行くし、時々は狩りの後方部隊として待機もする。しかし、大人の目が離れることはほとんどない。街や村にいる時ならともかく、狩りの場ではそれは命にかかわるから。少なくとも15歳になって、ちゃんとした見習いになるまでは。


では年少組の見習い魔術師ハルの仕事は何だったのか。大規模な戦闘に参加し、おとりになることだ。


それは引き取られてすぐのこと、実戦の見学と言うことで後方に控えていたハルたちのところに、一匹の魔物が向かってきた。落ち着いて対処すれば一匹の魔物くらいたいしたことはないのだが、トカゲ型の大きなそれに、慣れていないハルはとてつもない恐怖を感じた。


そして習いたての火の魔法を力いっぱい撃ってしまったのだ。それが一番効くような気がして。もちろん、魔物は塵一つ残さず消えた。


しかし問題はそのあとだった。大きな魔力にひかれて、一帯の魔物がすべてハルに集まってきた。


それを見たハルは恐怖に怯え、周りの年少組も逃げ惑った。しかし、魔術師たちは狂喜した。ハルさえいれば、魔物は効率的に一網打尽にできるのだ。


しかし、おとりなど危険ではないのか。


そう、危険である。ハルも何回けがをしたかわからない。しかし、ここはポーションがすべてを解決する世界だ。ポーションを持たせれば、けがをしたとしても回復する。


本来なら親が止める。そうでなくても養い親が止める。しかし、ハルには形式上の引き受け手はいても、養い親はいない。年少組はまだハルを遠巻きにして、仲良しもいない。そして今度の事件で、ハルは危険だから近づかないようにと、年少組の親たちは子どもたちをハルから遠ざける道を選択した。


子どもを大事にする世界。確かにそうなんだろう。しかし、たった一人でも、自分だけを見てくれる人のいない子どもは、その世界からすでに外れてしまっているのだ。


ハルだってけがをしたくない。治るといってもひどく痛いのだから。だからこそ、はぐれ魔物が襲ってきても大丈夫なように、攻撃魔法をどんどん鍛えていった。人を守ることのなんたるかを考える余裕は、もうなかった。


そんな日々が3年以上続いていた。3回目の星迎えの祭りも過ぎ、湖沼にも秋がやってきた。湖沼の秋は紅葉が美しい。一年中緑の木々の中に、赤や黄色のやがて葉を落とす木々が、今年最後の自己主張をする。そして秋冬は湖沼に魔物が多く発生する時期でもある。


それはある大規模な狩りの時だった。いつものように大きな魔法を撃っておとりになるハルだったが、いつもより魔物の数が多すぎた。集まる魔物を狩ることに夢中な大人たちは、ハルを見ない。それでも近づいてくる魔物を魔法で倒していたハルのそばに、火の魔法が撃ち込まれた。とっさに自分の周りに風の魔法を張ったハルはやけどを負うことはなかったが、爆風で大きく跳ね飛ばされ、意識を失った。


周りの大人が気がついた時は、右の鎖骨と肩、大腿骨を骨折しており、すでにポーションが十分効く時間を過ぎていた後だった。


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