わからないわ
次の日の朝、ショウは5人分の朝食を作った。北の森の予行練習と考えればこれも悪くないと思う。
起きてきたファルコには表情が戻っていて、ショウはレオンと目を合わせてうなずいた。いつものファルコだ。
魔術師は夜ふかしの朝寝坊と勝手に思っていたが、ドレッドもライラもきちんと起きてきた。ライラはファルコとレオンと一緒に剣を振っている。ドレッドはショウを眺めている。
そう、眺めている。朝からずっと。なにこれ。
「あの」
「なんだ」
「何か用ですか」
「べつに?」
こんな調子だ。とにかく朝ご飯にすると、
「なにこれ、おいしい!」
とライラが大絶賛してくれた。やっぱりいい人かもしれない。
「なあライラ、うちにも泊まったし、もういいだろ。いつ出かけるんだ。俺たちもあと10日ほどで北の森に出発なんだ」
ファルコが聞いた。
「うーん、それがね」
ライラが言いよどむ。「早く出ていけ」って言われてるって普通の人ならわかると思う。でもライラはまったく気づかない。
「もう少し世話になる」
何だって? しかも言ったのはドレッドだ。その上相談でもない。決定事項だ。ライラは肩をすくめる。
「この人ったら、言ったら聞かないんだもの」
いやいや、息子のいうことも聞こうよ。
「今日は私は小さい治癒師と行く」
何ですと? ライラはショウを気の毒そうに見た。
「興味を持ったものには飽きるまで付きまとうわよ? 魔法の話なんかするから」
いやいや、普通のことしか言ってないよ?
「まずは冷水の魔法とやらだ」
「いや、年少組に行かないと」
「では年少組で」
ついてくるよこの人! ファルコ? レオン?
「まあ、年少組なら町の人も見てるから大丈夫だろ」
レオンが諦めろという目で見た。ファルコ……
「じゃあ俺も」
「お前は狩りだ」
ファルコはレオンに連れていかれた。ライラも狩り組だ。
ショウは大柄な緑髪を引き連れ、とぼとぼと年少組に向かった。
「何だそいつ」
早速カインが噛みついてくれた。
「ドレッド。魔術師なんだって。湖沼の人で狩人が珍しいから、年少組の見学がしたいんだって」
「私は」
「さあー、スライムを狩ろう!」
「おー!」
口を挟ませないぞ! しかしドレッドは岩場も軽々だし、スライム狩りも面白そうに見ている。やがて休憩時間になると、カインが、
「なあ、魔法見せてくれよ」
と言い出した。ドレッドはあっさり火の玉を出して、スライムを倒して見せてくれた。おお! 年少組は拍手した。
「スライムはひっくり返す必要はあるまい」
「スライムはね。でも、ファルコたちの狩る魔物は、大体が体高の低いトカゲ型でしょ。ひっくり返した方が倒しやすくない?」
「ふむ、足元にと言っていたな」
「風を地面にぶつけて跳ね返すの」
「こうか」
トカゲがちょうどいた。バフン。ひっくり返らない。
「一匹に対して範囲が広すぎる。小さくして、威力をあげて」
バシュン。ひっくり返ってモガモガしている。ドレッドはドヤ顔だ!
「しかし炎の方が簡単だが」
「だって焼いたらお肉が取れないでしょ。魔石だってきれいな方がいいし」
「む、確かに魔石は多少ダメになる」
「スライムも焼けて苦しいから酸を出して灰色だよ。炎を出すなら、もっと小さく、温度を高くして」
「小さいのはなんとかなるが、温度を高くとは」
「んー、鍛冶屋の火どこみたいに、白いやつ。普通の火の玉をギュッと縮めて」
「こうか」
ジュッ。どうだろ。うん、成功だ。さすが。
「炎の方がやはり調整しやすいな」
「好きなものだけじゃダメだよ」
「む。では冷水を教えろ」
面倒だが冷水と冷風の魔法は年少組のみんながおもしろがって教えてくれた。ドレッドは案外素直にそれを聞いて、みんなにやいやい言われながらもあっという間に習得していた。
そんな調子で年少組で過ごすドレッドを、3日めにはみんな見に来て、レオンもファルコも年少組に取り巻かれて楽しそうだ。
ライラもそれを楽しそうに見ていた。
「ねえ、小さな治癒師さん」
「ショウだよ」
「ショウ」
ライラが話しかけてきた。珍しい。
「なんであなたは、ファルコの言いたいことがわかるの?」
「なんでって、見てたらわかるよ?」
「わからないわ」
わからないってどういうこと?
「ドレッドみたいな人は楽なの。やりたいことは全部口に出してくれる。でもファルコはいつも何も言わないの。何がしたいのって聞いても、何でもいいって」
うーん。
「じゃあライラは、お昼にクロイワトカゲを食べたいとするでしょ。で、ファルコはただのトカゲのハムがいい。テーブルで同じものに統一してくれって言われたらどうする?」
「もちろん、クロイワトカゲって主張するわ。ファルコだってほしければそういえばいいのよ」
「あのね」
ショウはライラに言い聞かせた。
「この話はね、自分が何を食べたいかだけの話じゃないの」
「どういうこと?」
「ファルコは優しいから、自分が好きなものを食べるより、ライラが好きなものを食べられる方が嬉しいんだよ」
「私は誰かに心配してもらわなくても、自分の事は自分で主張できるわ」
「それでも何回もいうより、1回で聞いてもらえる方が楽でしょ」
「それはそう」
「だからね、ファルコはきっと、一緒にいる間ずっと、ライラが楽でいられるようにしてたんだと思う」
「私のために無口にしてたの?」
「たぶん」
「そんなこと望んでないのに……」
「言い返されてイラッとしたら、それは言い返されたくないってことだよ。ライラは言い返されてイラッとしなかった?」
「……したわ」
「ファルコはライラが口にしないことも読み取ってたんだよ」
ライラは口をとがらせた。
「だから、何でファルコは私のことがわかるの?なんでショウはファルコのことわかるの?」
「大好きだから、わかりたいと思うの。大好きだから、相手の楽しいことをしてあげたいの」
「大好き……私だって、ファルコのこと大好きなのに。言ってくれたら何だってしてあげたのに」
「ねえ、ライラ、ドレッドにね」
「ドレッド」
ショウは辛抱強く言った。
「大好きって言って、強く抱き締めて、5分じゃ長すぎるから3分半くらいで、できればキスもつけて、それは5回くらい、って言ってる?」
「そんなこと言わなくても恋人同士だもの」
「ファルコだって同じだったの。ホントは抱きしめてほしくて、優しくしてほしくて、言わなくてもわかってほしくて、それでも言えなかったの。そういう人なの」
「そういう人……」
「ライラとは違うの。息子であっても、そういう人とつき合うなら、頑張ってわかろうとしないとダメなの。すぐ諦めてしまうから」
「私の息子なのに、私とは違う」
「ファルコが何をしたいか考えて、よく考えて。そしてね、言いたいことだけじゃなくて、言ってないことも言ってあげて」
「言ってないこと?」
「ファルコが好きって言った?」
「……言ってないわ」
「言わなければ、伝わらないんでしょ」
「もう!ショウの言うことは難しいわ!」
ライラはぷいっとした。80年間、わからなかったことだもの。
それでもわかってほしいな。ファルコのために。