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ショウと待つ冬

客間はちゃんと用意してあったので、いつでも泊まれる。ライラは楽しそうにおうち見学をしたあと、難しい顔をしているドレッドと部屋に引っ込んだ。


ああ、ちょっと緊張した。ショウは余計なことを言ったような気がして、少し落ち込んでいた。治癒師としても見習い以下なのに。


「ショウ、気にすんな。あれは色々考えることができて気が回らないだけで、まったく怒ってないよ。それに二つ名のおかげでライラに一目置かれただろ」


とレオンに慰められた。確かに、単なる子どもから昇格したような気がする。


「な、小さな治癒師殿、と黒狼」


絶対笑ってる。ファルコ? なんか言ってやって?


ファルコはなにも言わずにショウを持ち上げるとひざの上にのせた。ショウは目をぐるりと上に向けた。「俺の小さな治癒師。かわいい」と聞こえたような気がした。あー、もうなにも言わなくてもファルコの考えてることがわかる。今はそれにちょっとあきれて、ちょっとせつない。


「ファルコ、2階に行こう」


ひざの上に乗ったままショウはそう言った。ファルコはそのままショウを持ち上げ、2階へと向かう。ショウはレオンを振り返った。レオンは目で言った。ファルコを頼むな。うん。


一方、ファルコはショウが文句を言わずに抱えられていることにちょっと驚き、そして安心していた。


ライラは母さんだ。小さい頃から旅から旅で、町に慣れた頃には移動だ。暇な時間には剣の訓練をし、ショウの頃にはスライムの魔石を灰色にせず狩ることができていた。何を言っても結局は母さんの言う通りになる。気がついた頃にはもう無口になってた。剣を振っていれば、文句も言われず母親のそばにいられる、それでよかったんだ。


あの日までは。


「ファルコ、もう15歳ね。じゃあ、これからは自分で生きられるわね」


そう言うと、どこへ行くとも言わずに母さんは街を出ていった。そりゃ、呆然としたさ。とりあえず、狩りをすれば食える。狩りをして、そして俺は気づいた。ギルドカードさえない。狩ったものを、売ることさえ出来ないことに。


今考えたら、ギルドに行って、今更でも加入して、それで狩ったものを売るだけでよかった。けど、それまで考える事を放棄していた俺は、そんなことにすら踏み出す勇気がもてなかったんだ。


やがて飢えて倒れて、ジーナに拾われた。あー、恥ずかしいな。


けど、ライラが来るたび、15歳に戻る気がするんだ。なにもできない15歳に。そして何も考えなかった15歳に。ライラのいうことに、嫌だと言えないまま捨てられた15歳に。


でも、今はショウがいる。なにも考えないまま流されたら、ショウを巻き込む。母さんには、いや、ライラにはさっさと出ていってもらおう。


あれ、今日は珍しくショウが俺に引っ付いたままだ。引っ付いたまま、ブツブツ言っている。


「魔術師、怖すぎ」


だって。はは、


「なあ、魔術師初めて見たのか」

「うん、緑髪も初めて。気難しそうだね」

「湖沼の奴らは独特の色合いだろう。俺ら深森は、沼の緑が髪色になったと悪口を言ったりするが、割と閉鎖的でな。魔術師は特に引っ込みがちなんだが、あれほど自由で攻撃的な魔術師は俺も初めて見た」

「そうなんだ。やっぱり大きな炎を使うの」

「すごかったぜ。魔物を焼き尽くすのな」

「え、じゃあお肉は?」

「あー、ないな」

「もったいない!」


魔物は減らすだけで意味があるんだが、ショウにとっては魔物、すなわち肉だからな。ほんとに食べることが好きだよな。お、膝から降りた。残念。秘密の棚を開けている。いいのか、俺が見てても。


「ここ、秘密じゃないよ、別に」


何でわかった。俺の考え。ショウはフフッと笑うと、お茶を入れて焼き菓子を用意した。


「こんな日はオヤツを食べて、元気を出そう」


と言っている。俺の分のお茶も入れてくれる。ショウと暮らして初めて知った。何か食べたり飲んだりする時、一緒にいる人の分も用意するんだって。ショウはそれを当たり前にするんだ。


あと、オヤツ。食事以外に飲み食いする必要がどこにある、そう聞いたら、ショウは憐れんだような目をして、心の栄養なんだと言った。ホントかな。食べたい言い訳じゃないのか。でもおやつを食べているショウはかわいいから好きだ。


なんだ?


「あーん」


ん、これを食べろ? ショウがオヤツを食べさせてくれる。むぐ。おいしい。ショウがふにゃっと笑った。そしてショウも一つ。もう一つあーん? うん、おいしい。次お茶? うん。いつの間にかテーブルの上のオヤツはなくなっていた。


「ほら、ここもいっぱいになったでしょ」


ショウが俺の胸をポンポンと叩く。ホントだな。カチャカチャとお盆にお茶碗をまとめるショウ。


「さ、もう寝よう」


そうだ、もう俺は15歳じゃない。もっとも、ショウはときどき、もしかしたら幼児扱いかと思うくらい俺を甘やかすけど。15歳ですらないってか。


母さんには強い狩人に育ててもらった。もらったものはそれで十分だ。その財産をもらって、今をしっかり生きればいい。お腹が空いたらショウが食わせてくれる。迷ったらレオンが導いてくれる。倒れたらみんなが助けてくれるんだ、この町では。


だからちゃんと歩くんだ。ライラの息子ではなく、ファルコとして、しっかりと。


ファルコは腕の中で寝ているショウを抱きしめた。ショウが居心地のいい所を探してもぞもぞする。納得したらしい。動きが止まった。ぷすぷす言うショウの背中をトントンしながら、ファルコも目を閉じた。


もうすぐ冬が来る。ショウと待つ冬はきっと暖かい。

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