お世話してくれる人発見
実は翔子が起きてくる前、男はレオンと既に話をしていたのだ。
「よーう、ファルコ、今週の食料だぜ」
「おう、今週の分の獲物はこっちだ」
「まいどー、ギルドに届けておくな」
「ところでな、ちょっとコレ、見てくれ」
ファルコはレオンをちょいちょいと招いた。珍しい、無駄口叩くヤツじゃないのにな、とレオンは思ったが、好奇心が勝った。
「こりゃ、おい」
「昨日拾った」
「拾ったって、森でか」
「今朝見てきたが、珍しく雪だっただろ、森に突然一人分の子どもの足跡が始まって、ここまで続いて倒れてた」
「転移魔法か? めったに使われないはずだぞ。 湖沼がらみか?」
「見てみろよ、髪」
「黒か、お前と同じ、じゃあ平原か?」
「わかんねえ、けどわざとらしい村人の服、傷一つないキレイな手足、手入れのいい髪」
「確かに、フワッフワだな」
「さわんな」
「なんだよ。まあいい。殺す気なら殺してたはずだよな」
「そう」
「お貴族様の跡継ぎ問題か。さらわれて行方不明って筋書きか」
「レオンもそう思うか」
「じゃあ、騒がないほうがいいのか」
「ああ、そう思う」
2人はスヤスヤと寝ている翔子を眺めた。
「子どもを大事にしないなんて信じられないがなあ。なあ、教会に預けるか、それとも養い親を探すか、どちらにしろ大歓迎だろう」
そう言うレオンに、ファルコは黙っていた。この大陸に住む人は長寿で、しかも丈夫だ。魔物と呼ばれる獣は山ほどいて、翔子のいた世界に比べると危険極まりないのだが、ポーションと呼ばれる薬でたいていのケガは治ってしまう。使える人数は少ないが癒しの魔法も存在する。
200年近い人生で出会いと別れを繰り返し、夫婦になるものもいれば、1人で暮らす者もいる。子どもは20歳で独立し、親と離れ長い成人の期間を過ごす。ケガは治るとはいえ、途中で亡くなる人もいる。
そんな中で、20歳の成人に達するまでの子どもは大切に育てられるのが普通だし、自分の子でなくても育てたいという者も多い。もっとも、甘やかすというのではなく、20歳までに自立する力をつけさせるという事だ。
ここは、大陸4領のなかでももっとも気が荒く、狩りに特化した国で、深森と呼ばれている。おおよそのところ、南側は農業で平原、東側は農業と学問、魔術で湖沼、西側は鉱業で岩洞、と地域の特徴で呼ばれ、各領主のもと、補い合って暮しているというわけだ。
国同士では特に争いもない。しかし、比較的魔物の少ない穏やかなはずの平原と湖沼は、内部の勢力争いがあるといううわさだ。
そこに戻すくらいなら、多少荒っぽくても特に子どもを大事にするこの国で育ててもいいのではないか。
そしてそれが50歳になる俺でもいいのではないかと、ファルコは思うわけだ。
「待て待て、女を取っかえひっかえの、独身男が子どもを? 無理無理」
「これ、10歳くらいか、あと10年だろ? 俺が剣を教えてやれば、自立できるだろ」
「10年も女を我慢できんのかよ。そりゃファルコに剣を教わりたいって奴は多いけど、見ろよ、このまめ一つない手、剣なんか持ったことないだろ」
「いずれ深森で暮らすのなら剣は必要だし」
「その、食事とか服とか」
「それは人に頼る」
「そんな堂々と……」
「俺が育てる」
「ファルコ、なんで……」
「俺が拾った。俺の物だ」
一緒に寝た温もりだろうか。拾って片手で持てる軽さだろうか。そばに置きたいのだ。成人して30年、そろそろわがままを言ったっていいはずだ。後でそれを聞いた翔子は、女神補正じゃないかと思ったが、口に出したりはしなかった。
「いや、お前さんざんわがまま放題で暮らしてきてたよな……」
レオンは頭を抱えた。ファルコは深森でも指折りの狩人だ。荒れていた訳でもない。それでも特定の相手は作ったこともないし、好きに狩りをしていたら強くなっただけで、お手本のような生活とは言いがたかったはずだ。独身仲間としては付き合いやすい、けどな。
「とにかく、本人の意思を尊重するぞ?」
「わかってる」
そうして翔子が起きてきたのだった。
笑われながらも、食事は終わった。
「さて、自己紹介と行くか。俺はファルコ。狩人だ」
「俺はレオン。ギルドの運び屋だ」
「ゴホッ、あ、私、しょ、ゴホッ、しょうこ」
ご飯を食べたのにまだ咳が出た。
「そうか、ショウか」
「いや、ゴホッ、しょうこ」
「で、ショウ」
ファルコは上の空でそういった。いや、話を聞けよ。翔子は心の中で突っ込んだ。もういいや、ショウで。
「事情があるんだろう。詳しい話はしなくていい」
ええ? そこは聞こうよ。聞かれても困るけれども。
「お前には選択肢が3つある」
3つか。ショウは女神を思い出してイライラした。どいつもこいつも。
「1つ。教会に行く」
ふむふむ、孤児院のようなものか。
「2つ、養い親に行く」
ほうほう、親切な人もいると。
「3つ、俺といる」
え、この人がお世話係ですか。3つ目の願いの。ショウはしげしげとファルコを眺めた。ボサボサした黒髪。明るい茶色の目。それなりに整った野性的な顔立ち。癒しとは関係なさそうだけれど。
「ちなみに、俺といると剣が強くなる」
「あ、剣はいいです」
ショウがそう言うとファルコは目を見開いて固まった。そして隣で笑い転げているレオンの足をテーブルの下で蹴った。
「じゃ、じゃあショウ、お前どうやって自立するつもりだ」
「癒しの勉強をしたい」
「癒し……適性があるのか!」
「適性って何ですか」
「お前、試しの儀は受けていないのか」
試しの儀?なんだろう。ショウは首を傾げた。ファルコはレオンと視線を交わすと、こう説明してくれた。
「知っての通り、魔力は大なり小なりみな使えるが、魔力の大きいやつはそう多くない。また癒しの適性があるやつもそう多くない。だから、早目に見つけて、そいつがその道に進むのを助けるのが試しの儀で、普通は7歳でやるんだが」
そうなんだ。それより気になるのは、
「魔力ってみんな使えるんですか?」
「まさかお前……使えないのか」
「使ったことないです」
「けど、風呂とかトイレとか、あー、お前、トイレの使い方わかるか」
首を振った。急いで連れていかれた。このポッチに? はい魔力を通す? 魔力? よくわからないまま、さわったらとりあえず使えた。どんだけお貴族さまなんだよと聞こえたが、トイレに夢中のショウは気にしなかった。ポットンじゃなくてよかった。
はい、お話し再開です。
「とりあえず、魔力が使えないわけじゃないことはわかった」
「はい」
「で、試しの儀はうけていないと」
「はい」
「そこからだな」
ショウは神妙に頷いた。何しろ自立の道がかかっているのだから。
「もし癒しの力があったら」
ファルコは、咳払いした。
「教会で学ぶことになるが……」
「通いでいいですか」
「通い?」
「ファルコのところから」
この人に自立の世話をしてもらうのだ。剣はやらないけど、離れるものか。ファルコは片手で顔を隠し、横を向いた。ダメかな?
「か、かまわないぞ、別に」
「ホントに?」
ほっとして顔がほころぶショウの前で、レオンがファルコを指さして大笑いしてまた蹴とばされていた。ショウはよく笑う人たちだなと思った。ファルコこそほっとして胸を撫で下ろしていたことには、気づかなかったのだった。