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人の話は聞くものでしょ

ショウが厨房の中でジーナとゴルドの手伝いをしながらファルコとレオンを待っていると、宿のドアが開いた。ちょうど他の町からの馬車がつくころだ。新しいお客さんに声をかけようとして、ジーナは、


「ちっ」


と舌打ちした。ショウは驚いてジーナを見た。


「ごあいさつね、ジーナ」

「今年はなんだい、ライラ。もう北の森の番人は決まっちまったよ」

「今年はただ旅の途中で寄っただけよ。とりあえず一泊、2人分お願い」

「まあ、客ならしょうがないさね、居間付きの部屋が空いてるけどどうする?」

「そこでお願い」


ジーナはいわば豊穣の女神だったが、その人はまさしく戦いの女神だった。高く結いあげた金髪に、空色の瞳。姿勢のよいすっきりした立ち姿に、狩人の装備。何歳かくらいか一瞬考え、あきらめた。もうショウは、ここら辺の人の年齢はどうでもいい気がしてきていた。導師ほどの年になるまで、みんなあまり区別がつかないのだ。


それよりショウの気になったのは連れの人だ。ライラの後ろにぬっと立つ、大柄な男の人。なんと、髪が緑色だ。そして目は不思議な紫色をしている。異世界だ。ショウは思わず口を開いて見つめ、あわてて閉じた。これは失礼だろう。


「湖沼の人だよ。あの領地から出てくるなんて珍しいね」


ジーナがそっと教えてくれた。湖沼、知識と魔法の国だ、たしか。


「ハル?」


低い声が聞こえる。その緑髪の人はショウを見ていた。ハル? そう言った?


「いや、よく見ると違うな。ハルはもっとまっすぐな髪をして、もっとおとなしい感じだった」

「あんた誰だい」


ジーナが尋ねた。


「失礼した。ドレッドと言う。湖沼の魔術師だ」


その途端、ゴルドがつぶやいた。


「災厄の魔術師……」

「あら、ここら辺でも知られてるのね、ドレッド、すごいじゃない」


ライラが面白そうに言う。ドレッドは興味がなさそうだ。


「ところでドレッドとやら」


ジーナさんが声をかけた。


「ハルって誰さ」

「去年の冬だったか、湖沼で拾われた黒髪の女子だ。魔力量が多いので魔術院預かりになっているが」


女神に転生させられた、もう一人の子だ!


「ショウ」

「うん。あの、その子元気でやってますか?」


心配するジーナにうなずいて、ショウはドレッドにそう声をかけた。


「同じ色合いだが、知り合いか。天涯孤独のような話だったが」

「知り合いではないけれど、同郷かもしれないんです」

「ふむ、大事に囲われてはいる。めずらしいことをいろいろ知っているので、教授たちの興味を引いてな」

「よかった」


ほっとした。名前も知らない子だけれど、大事にされているならいい。人を守れるようになったかな。


「さ、これが鍵だよ。夕ご飯はいつもどおりさ」

「わかったわ、ありがとう、ドレッド」

「うむ」


そこに狩人たちが帰ってきた。


「「ただいま!ショウ!」」

「ファルコ、レオン、おかえり」


ショウはにこにこして厨房の奥から声をかけた。


「あら、ファルコ、まだここにいたの?」

「母さん……」

「ライラって呼びなさいって言ってるのに」


ファルコはちょっと立ちすくんだ。そしてドレッドのほうをちらりと見やった。


「ドレッド、息子のファルコよ」

「ドレッドだ」

「ファルコだ。こっちがレオン」

「よう、レオンだ」


レオンが愛想よく言った。少し面白がっているような気がする。


「何の用で来た、ライラ」

「ファルコもごあいさつね、息子に会いに来たとは思わないの」

「思わない」

「ま、そうね、旅の途中で寄ったってとこ」

「そうか。ジーナ、夕ご飯をくれ」

「あいよ」


ライラはため息をついた。


「母親が何をしているかも聞かないなんてね」

「息子が何をしてるかを聞きもしない癖に」


ジーナが返した。


「ジーナ、いい。すまない、夕ご飯を」

「久しぶりに一緒に食べようかしら。ドレッド、いい?」

「かまわない。私は別にしようか」

「それこそかまわないわ、ねえ、ファルコ」

「レオン、ショウ?」


2人はうなずいた。ファルコはずっと無表情だ。この世界の親子は成人すると離れるとは言うけれど、それにしてもなんだかぎくしゃくしているような気がする。それにジーナのとげとげしいことと言ったら。


でも、こういうことって深入りしないほうがいいんだよね。気づかないふりをして、さっさとご飯を食べてしまおう。今日はクロイワトカゲのシチューだし。ショウはそう思った。大好きなのだ。夏の狩りのあと保存してあったものだ。


ファルコたちは五人で食卓を囲むと、ぎこちないながらも食事を始めた。レオンがいて本当に助かったと思う。


「なあ、あんた、爆炎の魔術師だろ?」


ライラの近況を聞いたり、レオンとファルコと狩りの話をしたりしていたレオンがそう聞いた。あれ、さっき災厄の魔術師って言ってた。ショウは目でレオンに聞いた。


「二つ名はいろいろあるんだよ。確かかなり大きな炎をつかう緑髪、紫眼の魔術師がいるって」

「まあ、私かもしれないな」

「湖沼の魔術師が外に出てくるなんて珍しいな」

「まあ、研究バカばかりだからな、私はちょっと変わっているかもしれないな。ちょうど外に出てみたいと思ったところにライラが来ていて」

「気があって一緒に旅に出たってわけ」

「あー、2人はその、恋人同士なのか」


ショウはシチューにむせそうになった。いや、気になるけどね、気になるけど、それ、ファルコの前で聞く?


「そうよ」


そうなんだ。ファルコは興味なさそうに聞いている。ショウはちょっと気まずい気がして、もくもくとシチューを食べ、パンをかじった。うん、クロイワトカゲはシチューにしてもおいしいな。現実逃避をしていたら、いつの間にか旅の2人がショウを見ていた。う、なに?


「ファルコ、この小さい子は誰?」


ファルコは一瞬無視するかと思った。が、静かに答えた。


「ショウだ。俺の養い児だ」

「ショウです」


ショウは短く挨拶した。


「まだ本当の子もいないのに。養い児だなんて」


なんだろう。いらっとする。


「みんな助けてくれるから。なんとかやってる」


ファルコは短く応えた。


「じゃああなた、家を持ったの」

「ああ」

「ちょうどいいわ、明日から泊めてくれる?」

「はあ?」

「いいじゃない、息子なんだから」


確かに客室はあるけど。


「あんたら、恋人同士なんだろ、ショウの教育上よくないから」


何のことかな。子どもは知らないのさ。


「子どもの前でいちゃついたりしないわよ」

「いや、それでも」

「部屋はあるのよね?」

「一部屋なら」

「それでいいわ。明日からお願いね」


何でいらっとしたかわかった。この人は人の話を聞かないのだ。私はドレッドを見た。ドレッドはこのやり取りをまったく気にしていない。自分が他人の家にお世話になるって、家主に嫌がられてるってわかってるんだろうか。


「……ショウに手間をかけさせるなよ」

「あら、自分のことくらいやるわよ」


そしてファルコはライラの言うことは断れないってわけだ。おそらくこれが子どものころから続いているんだろう。


ショウは2人の関係のことはわからない。口を出すつもりもない。けれど、ライラはショウのことを聞いて、ショウは自己紹介をした。それなのにライラはショウに自己紹介をしていない。ショウのことを、子ども、という記号でしか見ていないのだ。


これだけは言える。嫌いだ。この人。





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