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わが家に勝るものなし

暮らし始めてみればレオンにとってそれは楽しい毎日だった。


毎朝眠い目をこすってショウが起きてくる気配を、レオンは一階での寝室で聞く。かたかたことことと朝ご飯の支度をする音がする。スープのいいにおいがするころ、ファルコが二階から下りてくる。


ご飯の下準備をおえたショウとファルコと合流し、庭で剣を振る。いつでも強い相手がそばにいるのはいい。ショウももくもくと剣を振る。仕方なく振っている剣だが、ショウは案外筋がいい。おそらくまじめで素直な性格のせいだろう。スライムの狩りを見てわかる通り、ショウは観察力がある。毎日剣を振りながら、ファルコとレオンの訓練をしっかり見ていることも上達の理由だろう。


ショウは朝でもさっさとお風呂に入って汗を流してしまう。お風呂好きの民族だったらしい。温泉付きであることをことのほか喜んでいた。ショウがスープの仕上げをし、ハムや卵を料理している間に、ファルコとレオンは皿を用意し、パンを切って温めジャムを用意する。そもそもパンなんて切ったりしなかった。切らないからジャムなんて付けない。パンと肉。スープで流し込む。それでよかった。


それはファルコも同じだろう。


同じスープでもショウが作るとなんだか具だくさんで、毎日いろいろな味がする。それに卵。かちゃかちゃとかき混ぜて焼き、ふんわりで中がとろりとしたオムレツ。同じ卵なのにくるくると巻いたやつ。目玉焼きだけど、トマトと青菜が乗っていてピリッとするやつ。スープに落としてくれることもある。スプーンで崩して食べる卵のおいしいことと言ったらない。それに毎日いろいろな果物のジャムがパンにつく。薬草取りのついでにそこら辺から取ってくるらしい。


それらすべてにくるくると動くショウのおまけつきだ。それを嬉しそうに見ているファルコにもなごむ。妹と弟、みたいなもんだろうか。おいしいねと笑うショウがいるから、朝ご飯はいっそうおいしくなる。


元気に出かけて狩りをして帰ってくると、ショウがジーナの宿屋でお手伝いをして待っている。ご飯を食べて帰っても、時間がたくさんあるからショウがお茶を入れてくれて、みんなで今日あったことを話したりする。ときどきファルコと酒も飲むし、宿屋から知り合いが流れてきて酒盛りになることもある。そんな時はたいていショウにお土産持参が暗黙のルールなので、ショウは二階の小さな居間におやつとお茶を持って引っ込んで、一人の時間を楽しんでいるようだ。


珍しいお土産や量の多いものは次の日年少組に持って行ってみんなで食べるらしい。小さい奴らから礼をしてもらったと、壮年の狩人たちも嬉しそうだ。


ショウの秘密の棚には、いつでも焼き菓子や干し果物が入っているのだ。お土産だってたくさんもらうし、レオンやファルコもおやつは買ってやるのだが、スライム一匹分のお金を握りしめて、よく焼き菓子屋さんに行っているのも知っている。何で知っているかって? 子どもの秘密は秘密ではない、とだけ言っておく。つまり何でショウの噂がすぐに町中に広がったかと言うと、本当は導師でもファルコのせいでもなく、ヨナをはじめとしたいわゆる情報網が駆け巡っているからだ。みんなが子どもたちの動向を見ている。


導師もよくやってくるし、導師だとショウも一階にいる。酒にも強い人だ。もともと筋肉で物を語るタイプだから気が合うし、説教さえなければもっといいが、まあショウの師匠だから仕方ないと、レオンとファルコは思っている。


一方、いつも一人で暮らしていたファルコにとっても、ショウ以外との同居は初めての経験だった。母親は? よくも悪くもファルコが2人いるようなものだったと言えば分るだろうか。しかしレオンはとにかく自然だった。一階と二階に別れて暮らしているのもいいのかもしれない。ショウとファルコの続き部屋には、小さな居間がついているから、ショウが小さな魔力コンロを持ち込んで、お茶や簡単な料理なら二階でもできる。レオンだけの客が来る時も、2人で二階に引っ込んで、狭い居間でくっつきあって過ごしていたらそれはそれで幸せだ。


朝の訓練から晩ご飯までレオンと一緒だが、まったく気にならない。


少しずつ寒くなる中、今年はファルコだけでなくレオン、ジェネとビバルという4人の狩人が北の森の番人として働くことが決まった。人数がいるから、交代で町にも行ける。


ショウはと言えば、ジーナか導師のもとで預かってもらい、冬を過ごすのがいいかもしれない、とファルコは悩んだ。


しかしショウはあっさりと


「え? 行くけど?」


と言った。男ばかり4人でむさいし、やっぱり昼間は一人だ。何で去年一人でショウを置いておけたのか俺は。しかもあんな変な格好で。親として勉強した今年ならわかる。そう思っていたのだが、


「これ!」


とショウが見せたのはギルドの契約書だ。男4人だから、去年のファルコのように、ギルドの荷運びに頼りながら適当な自炊になる。まあ狩人なら自分の面倒はそれぞれで見るし、汚れは見なければいいことだ。


「なになに、住み込みで料理、洗濯、掃除担当? 年少組につき正規の半分の給料だが、その分多少の不備は認める? なんだこれ」

「ギルド長に頼んで出してもらったの。どうせファルコの世話はするんだし、それならちゃんと仕事にしてもらおうって。でも、まだ大人ほどできないから、お給料は少なめ」

「自分で頼んだのか」

「うん。ご飯ちゃんと食べさせるから、いないよりましだろうって言ったの。私が近くにいたほうがファルコも働けるし、見習い治癒師として体調管理もしますって。それから薬草も定期的に収められるし、スライムも確実に収めますよって」

「それじゃあ大変だろう」

「なんで? 楽しいことばかりだよ? しかもお金ももらえるし」

「いいのか?」

「うん」


大人になるまでは後9年しかない。なるべくファルコの側にいようとショウは決めていた。そうでないと、この優しい人はすぐに離れたがる。それがショウのためだからと言って。離れたらファルコがどんなかショウにはよくわかる。どうせ耐えられないのはファルコなのだ。それならばなるべく有利な条件で、一緒にいる権利を勝ち取るのだ。


ファルコは大変だろうというけれど、ショウにとって、忙しかった日本の毎日からすれば、毎日野山を駆けまわって狩りや採集をし、人を癒し、楽しくご飯を作ることはむしろ終わらない休暇のようだった。しかもちゃんとお金にもなるのだ。


だから時々、スライムを硬貨に換えて、働いた実感を得るために買い物もする。決しておやつがほしいからではない。


また、ギルドのほうでも願ったりかなったりだった。今年の北の森の4人を見て、町の娘たちは色めきたった。娘と言っても20から120歳くらいまでだが。当然、住み込みであわよくばと言うものばかりだ。双方同意ならそれはいい。しかし、いろいろと面倒が起きるのも確かなのだ。そこにショウの申し出だ。11歳はさすがにどうかと思われたが、すでに2人の面倒を見ている実績がある。ジーナのお墨付きも出た。薬師からも推薦が出た。むしろ強く推された。


そうして、あと2週間ほどで北の森に出発と言うころに、その人はやってきた。ライラだ。




ライラはファルコのお母さんです。

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