秋には暖かい家で暮らそう
幸いなことに、アウラがどれほどひどい傷を負っていたかは、知っているものはほとんどいなかった。家から出てこないのも、ケガで心が弱っているせいだと思われていたし、実際外に出てきたやせ細ったアウラを見て、回復を喜びこそしても閉じこもっていたことを不審に思うものなどいなかった。
今まで治らなかった傷が治ると知れば、ショウとアルフィをさらってでも治してもらいたいと思うものはたくさんいるだろう。しかし、今回は特別だったとしか言いようがない。
まず、2人が魔力量の多い優秀な治癒師の卵だったこと、二ヶ月の狩りの間、組になって治癒をしていた結果、お互いの魔力に親しんでいたこと、顔の細部をきちんと記憶していられるほどの仲良しだったことだ。
2人ほど優秀な治癒師がいたとしても、その治癒師が治せるのは、親子か恋人ほどに近しい人に限られ、しかも魔力量が足りるかどうかもわからないのだ。そんなあやふやな治癒など、奇跡以外の何物でもない。ショウのコピーして反転する治癒ほどの汎用性はないから、導師も広める気はまったくなかった。
子どもの魔力切れなど一晩寝ればあっという間に治る。心配性のファルコだって、自分が狩人であるようにショウが治癒師だとわかっているから、その仕事に文句など言わなかった。
そしてアウラが外に出られるようになったころ、ショウのかわいい寝息の噂だけが北の町に広がっていた。
ショウがなんだか笑われている気がして年少組を問い詰めたら、ショウの寝息の話で、それこそ寝耳に水だったショウが噂をたどって行くと、導師とファルコに行きついたというわけだ。
と言うわけで、導師とファルコは今年少組の女の子たちに追及されている。
「信じられない、女の子の寝てる時のこと話すなんて」
「ファルコならともかく、導師にはがっかりしたわ」
俺ならともかくってなんだよと不満に思いながらも、ファルコはショウのようすをうかがう。腕を組んでそっぽを向いている。
「なあ、ショウ、悪かったよ。ついかわいくて」
おろおろと言い訳するファルコに、
「かわいいって言えば何でも許されると思ってるの?」
「そうよそうよ!」
ショウの代わりに女の子たちがさらに追い詰める。
「俺、でもレオンと導師にしか話してないし」
「私もヨナにしか」
そう導師も言い訳するが、
「人のせいにして!」
「大人は!」
さんざん女の子たちに怒られた揚句、ショウはプイッとしたままみんなと去ってしまった。最後にアウラが残った。
「ばかねファルコ。黙ってればかわいいショウのこと、誰にも知られずにすんだのに。今は町じゅうの人たちがショウのかわいさを知ってるのよ」
しまった! あんまりかわいくて誰かに話したかっただけなのに。ファルコはショックを受けた。
「導師……」
「すまん……」
「もうショウのことは導師には話さねえ」
「いや、これからは黙ってるから! 私だって癒されたいんだ!」
だめな大人たちであった。
結局、きがねなくショウのことを話せるからというわけでもないだろうが、ファルコは夏の狩りの終わりから、自然とレオンとパーティを組むことになった。一度強制的に引退したレオンには、ギラギラとした野心はもうなかったし、ファルコもショウを拾ってから、わけのわからない焦燥感に駆られることはなくなって、むやみにきつい狩りをすることもなくなった。ショウを愛でながら、気ままに北の町から行ける狩りにだけ行く、そんなのんきな日々を過ごしていた。
「せっかくいい家を見つけたのにな」
ぽつりと言うファルコに、導師が言う。
「それを話せば許してくれるかもしれないぞ」
「そもそも話してくれるかどうか……」
「あー、がんばれ」
とぼとぼと宿に帰るファルコだった。
宿に戻って恐る恐るショウのようすをうかがうと、すっかり機嫌は直っていた。1度怒ったので気が済んだらしい。ファルコはほっとして、
「なあ、いい家を見つけたんだけど」
と話しかけた。
「ホントに?」
「このままだと家が決まらないまま北の森に行くことになっちまいそうだからな」
そう、あと二月しないでまた北の森に行くことになる。
「温泉付きだぞ?」
「行ってみたい!」
「じゃ、明日な」
そうして次の日にショウとファルコはレオンと一緒に新しい家を見に行った。それは星迎えの岩場とは反対、北の森の方角にある庭付きの一軒家だった。それでもジーナの宿屋に10分もあれば行ける。北の町は狩人の行き来も多く、導師に学びたい治癒師もよく来るので、貸家も宿屋も案外多かった。
1階には広めの居間、台所、温泉付きの風呂、そして広い寝室1部屋、2階には小さな居間付きの続き部屋2つと、廊下をはさんで客用の1部屋。古いけれどきちんと手入れされたいい家だ。
「わあ」
ショウが目をキラキラさせている。
「でも私たちには広くない?」
「北の森の小屋はもっと部屋数もあったろ? 掃除は手伝うからさ」
自分がメインでやる気のないファルコだった。
「俺は一階の部屋がいいな」
レオンが言った。
「レオンも住むの?」
「いやか? ファルコとはパーティだから、なにかと便利なんだが」
「いやじゃないよ。ただ」
ショウはファルコを見た。ファルコは2人で住もうって言うような気がしたのだ。
「お前を守るためにも二人いたほうがいいんだよ。レオンなら気心は知れてるから」
ならいい。
「じゃあ、私は二階だ!」
「この続き部屋で、俺とショウ。どうだ? レオンの顔が見たくないときはここに引っ込めばいい」
「そりゃないだろ」
レオンがあきれて口をはさんだ。
「ちっちゃいほうの部屋をもらっていい?」
「いいさ。まあ、使わないだろうが」
使うともさ、とショウは思った。結局もう少し大きくなるまで昼しか使えなかったのだが、これはファルコが譲れなかったのだから仕方なかった。
「ここがいい!」
「そうか、ショウがいいんならここにするか」
「俺もいい」
「レオンはどうでもいい」
「ひどっ」
朝はショウがご飯の支度をする。みんなでそれぞれ出かけたら、夜はジーナの宿屋に集合。夕ご飯もショウが作るのは大変だから、宿屋でご飯を食べて帰ってくる。家事は分担。お金はあるのだから、無理せずお手伝いも頼む。レオンのほうが顔が広いので、客はショウの教育上大丈夫なものに限る。お察しで。
そもそもレオンは何年も北の町にいるのに、宿屋暮らしだった。しかもジーナの宿屋ですらない。一泊2000ギルのギルドの上の宿屋だ。もちろん財産はしっかりあるし、ギルドの荷運びだって危険地帯を通るから給料はいい。北の森への1人での荷運びなんて、レオンくらいしかできないのだから。たまに必要な時はいい宿屋に泊ればいい。それだけのことだ。食住には興味がなかった。
つまり、お金以外の生活力はない。だから、ショウとファルコ任せの久しぶりの定住に、結構わくわくとしていたのだった。
短い秋の暖かい3人暮らしが始まろうとしていた。