寝ても起きても癒すから癒し人
開けたのはお手伝いさんだ。
「お嬢さんが、入ってもらってと。どうぞ」
ショウとアルフィは思い切って入った。
「「アウラ?」」
声をかけると、
「……アルフィ、ショウ」
カーテンで覆われたベッドから、かすれた声がした。アウラだ。
「もう来ないで。誰かの元気な声を聞きたくないの」
アルフィはそれを聞いて、悲しそうな顔をしてうつむいた。
「いやだ」
ショウはそう言った。
「帰って!」
「いやだ!」
「帰ってよ!ほっといて!」
「いやだ!帰らない。放っておけないよ!」
「……何で」
「友だちだから。アウラが好きだから。なんかほっとけないから」
「バカじゃないの。もう遊びにも行けないのに」
アウラの声は涙に濡れていた。
もし日本にいたのなら。きっとクラスで色紙だけ書いて、代表がお見舞いに行って、気になりながらも疎遠になっていただろう。でも家族もいないここの世界では出会う一人ひとりが貴重だ。言葉には出さないけどファルコだって大好きだ。
今度は忙しさに流されずに、みんなを大切にして生きたいんだ。まして友だちだもの。
アルフィーも1歩前に出た。
「遊びに行けなくてもいいんだ。ただそばにいたいんだ。話さなくてもいいから。俺を、俺たちをしめださないでくれよ」
そう苦しそうに言った。
「でも、私知ってるの。誰も鏡を見せてくれないけど、触ればわかる。もう私の髪はないし、顔は、顔はザラザラして、て」
アウラの声が詰まる。
「もう前の私じゃないの」
「それでもいいんだ!」
「アルフィ……」
「アウラが好きだ。明るい時も、怒っている時も、黙ってたって、それでも好きなんだ。そばにいたいんだよ」
「これでも?」
アウラはベッドのカーテンを震えながら開けた。そこには、髪の毛のほとんどない、顔の上半分がただれた、やつれた少女がいた。
ああ、それでもそこにはキレイなアウラの緑の目があった。泣いて震えていても、友の前に姿を見せられるその強い瞳が。
ショウは思わず近づき、アウラを抱きしめていた。やせてしまったその体をしっかりと抱く。
「どんな外見だって、中身はやっぱりアウラだもん」
その2人ごと、アルフィが抱きしめる。
「ほら、やっぱり、君はいつだって勇気のある、俺のアウラなんだ」
アウラは泣きながら、それでも言わずにはいられなかった。
「俺のアウラって、違うもの」
「ちぇ、気がついたか」
3人で額を寄せあってくすくす笑った。やがてアウラはこう言った。
「あのね、私ね、友達の顔も、ショウの顔も、アルフィの顔も思い出せるの。毎日どうしてあそこに行ったんだろうって後悔して、そのたびに一緒に薬草取りをした友だちのことも思い出すの。でもね、自分の顔だけがどうしても思い出せないの。友だちは毎日見てるけど、自分ってあんまり見ないものなのね。せめて心の中だけでも覚えていたいと思うのに、それが悲しくて」
ショウはアウラの左手を、アルフィは右手を握ってこう言った。
「私は覚えてる。お土産を買うのに、何度アウラの顔を思い浮かべたことか」
「俺もだ」
アウラはそんな2人にこうお願いした。
「教えて。私は二人から見て、どんな感じだった?」
ショウとアルフィは残った手をつないで、3人で輪になった。代わる代わる言う。
「お日様に輝く柔らかい金色の髪が背中まで波打っているの」
「スッキリして少し広めの額に、弓型の眉毛。そしてこの髪飾りを見て。この緑石のような透き通ったきれいな瞳」
「日に透ける金色のまつげは長くて、まるでレースのようにその緑色の目を透かすの」
「左の目の下にね、ちっちゃなホクロが2つ並んでいるんだ」
「それが大人っぽくて。あとはバラ色で柔らかな頬。でも右側にやっぱりちっちゃなホクロがあってね」
そんな2人に、アウラは笑って言う。
「ちょっと、ホクロありすぎなんじゃない? でも思い出してきたわ。そう、鏡の中の私は、そんなだったわ」
「ねえ、アウラ、魔力を流してみてもいい?」
「治癒師の卵だものね、いいわ、お願い」
魔力を2人で流して、アルフィーと目を合わせる。この2ヶ月ですっかりお互いの魔力とやり方になじんでいた。うん。確かに、頭の表面の魂の記憶はあやふやで輪郭があいまいだ。
でも。影になってはいない。
「アウラ、そのまま鏡の中の自分を思い出して」
「え、ええ」
「アルフィー、魂の記憶がゆらいでるけど、なくなってはいない。戻るかもしれない。私たちも思い出そう、アウラを」
「わかった」
微笑むアウラ、生意気なアウラ、元気なアウラ。細部まで、思い出せ、細部まで。アウラの魂の記憶に重ねよう。
「温かいわ、ショウ、アルフィ、ショウ? アルフィー?」
急に2人が寄りかかってきた。違う、意識がない! どうしよう、どうしたの? 2人は。
「誰か、誰か!」
お手伝いさんは部屋から出してしまった。
「誰か!」
聞こえない、とどかない! 伝えなきゃ、誰かを呼ばなきゃ!
アウラはベッドから降りようとして落ちた。そして扉まで這いずった。寝てばかりで力がなくなっていたのだ。誰かを呼ばなきゃ。でも。
扉に手をつけたまま止まってしまった。
この顔を見られてしまう。止まった手を握りしめる。
「誰か!誰か!」
ドアを開ける力はない。大声を出し、握りしめたこぶしでドアを叩く。自分の顔より、ショウが、アルフィが大事!
「誰か!」
「アウラ?」
「お母さん、ショウが、アルフィが倒れたの! 導師を呼んで!」
「誰か! 導師をお呼びして! まあ、アウラ、二人を見せて!」
「私のベッドよ! 私に、魔力を流してて、倒れたの」
「おやまあ、これは」
そこに導師がやって来た。
「ちょうどこちらに向かっていてね」
「ショウが、アルフィーが」
導師は二人を見てほっとして言う。
「ふむ、ただの魔力切れだよ、アウラ」
「よかった……」
アウラはつぶやくと、そのまま床に崩れ落ちた。それを支えようとした導師の目が驚愕に見開いた。
「ヨナ、見ろ」
「アウラ、あなた!」
アウラは疲れて起き上がれない。髪がボサボサで顔にかかる。長くて嫌になっちゃう。え、髪?
アウラはうつ伏せたまま、髪に手をやる。髪がある。
「アウラ、起きて、顔をみせておくれ」
「お母さん」
「私が起こそう」
導師がゆっくりとアウラを抱え起こす。
「アウラ……創世の女神よ、感謝します……」
ヨナは泣き崩れた。
「お母さん?」
お母さんのことも久しぶりにまともに見た。やつれている。ごめんね……。
「治っている」
「え?」
「戻っているよ、アウラ」
アウラは顔を触った。ツルツルだ。頭は?フサフサだ。
「ショウと、アルフィだわ……」
「よかったな、アウラ」
「はい……」
2人は結果も知らずにただベッドで眠りこんでいる。それを見て導師があごに手を当てた。
「ふむ、ファルコの言う通りだった」
「何がですの、導師」
泣きぬれた顔を起こしてお母さんが聞いた。
「ショウは寝てる時ぷすぷす寝息を立てるって」
立ててない、そんな音。ふしゅー、ふしゅーと心地よい音をさせているショウは、起きていたらそう怒っただろう。
「まあかわいい」
「ショウったら」
「寝ていても人を癒すのだな、この子は」
導師もふっと顔をゆるめた。創世の女神よ。ショウを遣わしてくれてありがとうございます。その導師の祈りがどれほど正しかったかは、女神しか知らない。