ショウの1日は
初日にどうなることになるかと思ったノールダムの狩りも、ふたを開けてみれば案外順調だった。
それは北の町の参戦による。200人もの狩人がだらだら集まっているだけだった狩りに、訓練した20人の狩人は鮮烈に映った。もちろん今までだってガイウスを中心に毎年ファルコも他の狩人も参戦して、一定の成果を上げてきた。しかし今年は三英雄が万全だ。隊形を整え戦っている北の町隊を中心に、狩人全体が自然に形をなしていく。いつの間にか大体の位置取りが決まり、着実にクロイワトカゲを仕留めていた。
魔物は夜は動かない。夕方になり狩りが終わると、食事の前に教会で治癒師に見てもらう。隊形が整ったことでけがもだいぶ減ったが、治癒師に毎日の調整をしてもらうという習慣は新鮮で、しかも次の日の調子がいい。中には古傷までよくなったものも現れて、教会はかなりにぎやかだ。忙しさにまぎれて、北の町の治癒師がうっかり古傷まで治していたのだった。
ショウはと言えば、ファルコが期待しているように狩りの様子など見ていなかった。さすがに11歳の子を狩り場には出せない。そう、ショウも星迎えの夜を区切りとして11歳になっていた。アルフィは15歳になったから、年少組は卒業して正式な治癒師見習いとして、狩り場に出ている。
狩りに出なくてもショウは忙しかった。ノールダムの子をひきつれて薬草取りにいそしんでいたからだ。
ノールダムの町には毎年200人もの狩人が押し寄せるうえ、国境の町で比較的豊かだ。子どもたちも年少組はそんなに熱心に働くことはないらしい。したがって導師の指示で集められた年少組は、何のやる気もなかったうえ、スライムとクロイワトカゲを怖がってまともに動ける様子がない。
ショウは町の年少組に入って薬草取りをしようと思っていたので、拍子抜けだった。仕方なく隣の子に聞いた。
「薬草はどのあたりに生えてるの?」
「知らない。取ったことないもん。そこらへんでしょ? あ、いやだ、スライムがいる!」
スライム? いるけど。ショウは棒でつつくとあっという間に退治した。魔石をとろうとかがみこむと、なんだ、そこらじゅう薬草だらけじゃないか。夏の長い草の下には、丈の短い薬草がびっしりと生えていた。
「スライムなら私が狩るから、ほら、ここの薬草をとろう」
「ほんとに守ってくれる?」
「うん」
と言うことで、スライムを狩ってくれるショウの周りに子どもたちが集まり、ショウが薬草を探し指示を出し、やがて男の子たちにスライム狩りを教え、と日中は忙しく過ごしていたのだった。
薬草を届け、ついでにスライムの魔石も売り払い、狩人が帰ってくる前に夕飯を済ます。狩人が教会に集まる前に教会に行き、そこでチェックをするのがショウとアルフィの役割だ。
だから狩人はたいていこの2人の子どもと面識があったし、ひそかにかわいがってもいた。治療のときに、両手を握ってもらえるのがイイ。もっとも、2人の後ろにはファルコかレオンが控えていたので、余計なことをする者もいなかった。
そんな一日を過ごしていたら、それは疲れもする。最初はファルコと手をつないで帰っていたが、途中で眠りそうになってからはファルコが抱っこしてくれるのに甘えることにしている。
今日はファルコのほかにレオンもいて、アルフィと4人でのんびり帰っていた。と、
「レオン」
「ビアンカ……どうした? みんなも」
レオンを待つ人影がいた。ビアンカのほかに男二人、女一人だ。
「レオン、先に帰るぞ」
「ああ」
「待って。ファルコも」
もう一人の女がファルコに声をかけた。ファルコの知り合いかなあ。
「……え、と、フローレ」
「去年までの恋人の名前もうろおぼえなの?」
「いや、すまん」
ファルコは居心地が悪そうだ。恋人か。去年までの。ショウのワイドショー的な好奇心がうずいたが、疲れには勝てない。眠気に負けそうだ。
「そろそろ狩りも終わりよ。私たちのこれからのこと、話さなきゃって」
「ファルコもよ。今年も会おうねって言ったのに」
あらら。約束は大事だよ。そう思うショウのまぶたは次第に閉じて行く。落ちちゃう。右手でファルコのシャツをぎゅっと握りこむ。あとで、どうなったか聞かせてね。もごもごそう言うと、ファルコの肩に頭を預けて寝入ってしまった。
ファルコもレオンも、そんなショウを優しい目で見守っていた。ショウが寝入るとファルコはショウをそっとゆすって抱え直す。そんな2人を見ていたビアンカとフローレは、悔しさで唇をかんだ。
なによ。子どものかわいさに勝てるわけないじゃない。だけど、あたしたちは大人の関係でしょ。これからよね。
「レオン」
「ファルコ」
ファルコはフローレの顔も見ずにこう言った。
「悪い、ショウが寝ちまった。話し合いには向かねえ日だ。ていうか、フローレ、済まねえ、こいつが成人するまで、そう言うのはちょっと無理なんだ。他を当たってくれ」
レオンはもう少しましだった。ビアンカの目を見てこう言った。
「ビアンカ、あんたのことは好きだったけど、もうパーティに戻るつもりはねえし。すまねえ」
「「最っ低!!」」
横っつらの一つでも張られてもしょうがない。覚悟を決めた2人にビアンカとフローレが詰め寄ろうとした時。スッと右手が前に差し出された。アルフィだ。
「ケンカは2人だけの時にしてくれ。俺たちは見習いだけど治癒師だ。ケガをするのを見過ごすわけにはいかないし、何よりショウがいる。あんたたちのために働いて疲れてるんだ。ケンカする元気があるのなら、狩りに力を入れて、できればケガをしないでくれ」
「な、なによ」
「違いねえ」
ビアンカを見守っていた男二人がぬっと乗り出してきた。
「レオン、残念だが」
「ああ、新しいパーティを組むさ。お前らもそうしてくれ」
「わかった。さあ、ビアンカ、行くぞ」
「わかったわよ」
四人は去って行った。
「アルフィ、やるな」
「ショウはほんとにがんばってるから。さあ、連れて帰ろう」
「そうだな、帰ろうか」
帰るといっても野営の天幕で雑魚寝だけどな。でも、そこが俺の帰る場所。ショウのいる場所が、俺の帰るところなんだ。ファルコはそう思う。
子どもの体温と重さが心地いい。もうすぐ狩りも終わる。少し長くなった夏の夜が、四人を温かく包む。
 





