レオンのこの新しい人生
「だいたいレオン、パーティ復帰の話が来てるんだろ」
「……まあな」
レオンが怪我をしたのは10年前。岩洞に討伐依頼に行っていた時だ。大量発生に巻きこまれ、仲間をかばっているうちにはぐれ怪我をし、土地勘のない仲間が助けに来た時はもう遅かったと言うわけだ。
レオンは基本明るい人間だ。人が好きだし、知り合いを作るのにも抵抗はない。だからちょっと近寄り難いファルコとも仲がいい。見習いから組んでいたパーティも楽しかったし、最後のパーティは50の歳から20年近く組んでいたパーティだった。
それがよくなかったのかもしれない。50といえば、アカバネザウルスを倒し、英雄なんて呼ばれて天狗になっていた時だ。実際レオンは強かったし、強いメンバーが集まってきた。
それでも、強さがなくなったらもうダメだった。パーティの仲間は口では引き止めてはくれた。だが、あしでまといだったのは確かだし、パーティの補助役で甘んじるのはプライドが許さなかった。何より恋人に頼って生きるのは無理だった。
それが今回の復活で、元の条件に戻ったというわけだ。
「ビアンカだって、フリーのままだったじゃねえか」
「おい、ファルコ、何で知って……」
「当時有名だったろ、レオンが落ちたって」
「マジか……別れた時も特に引き止められもしなかったし、その程度かなと思ってた」
「その程度だったのはレオンだろ」
「いや、どうだかな。けど、そのままくっついててもいずれ別れたさ」
「そういうものか」
「たぶんな」
「ふーん」
ファルコは真剣な付き合いをしたことがない。引き止められれば面倒だし、まとわりつかれるのも好きではない。ただ時々、夜の相手をしてもらえば済むことなのだ。それでもいいという女はそれなりにいるし、それなりに報いてきたと、思う。
「うわー、やっぱり最低だなファルコ」
「そうか」
「お前、かわいいショウがそんなヤツと付き合ってみたと考えてみろよ」
「はっ、何を言ってる。なにを……」
「ショウが、流れてきたどこぞの狩人に惚れて、ものだけ貰って捨てられたらって言ってんの。やべぇ、腹たってきたわ。許さねえよ、俺は」
「俺だってだ。ショウが……ダメだ。許さねえ。そもそも近寄ることさえ許さねえぞ、俺は」
「そうだろ? だから俺は元さやには戻らない」
「だからってなんだよ。それとこれとは関係ないだろ? ショウのこととは」
「俺は」
レオンは焚き火をじっと見た。
「戦えなくても、死んだように生きるのは嫌だった。過去にすがるのも嫌だった。自分なりに生き方を模索して、それなりに楽しんでた」
「確かに。モテてたな」
「優しさも大事だからな。でもな、ショウが現れて、世界が変わったんだよ」
「お前、別に一緒に住んでないだろうが」
「住んでもいいんだがな」
「ダメだ」
「足は治してくれたさ、でもそんな事じゃないんだ。ものを知らないショウと一緒にいると、毎日を生き直してるみたいなんだよ」
そうだ。ファルコは母親のライラに引っ張り回されて、年少組に入ったこともないし、町のコミュニティに溶け込んだこともなかった。そして15でポイッと置去りにされた。それからどこにいても流れものなのだ。たまたま20歳の時に戦果を得た北の町が唯一居心地のいい場所だった。
それでも故郷ではない。そう思っていたのだが……。
ショウはあっという間にコミュニティに溶け込んだ。溶け込んだショウにつられて、いつの間にかファルコまで北の町に溶け込んでいたのだ。英雄としてではない。ショウの、情けない養い親としてだ。みんなのファルコを見る目は不安と心配だ。
ちゃんと養い親として育てられるのか、ショウに服はちゃんと着せているか、ご飯は食べさせているかだ。
やがてショウがしっかりした子でむしろファルコの面倒を見ている程だとわかると、2人の生活が楽になるようあれこれ助けてくれる。知らないことはわざわざ教えてくれる。狩人の技は知らなくても、親の先輩はたくさんいるのだ。
遠巻きに憧れの目で見ていた男の子たちも、気軽にスライム狩りに誘う。近所のお兄ちゃんのように剣を教えてくれとせがむ。
女の子たちはみんな、ショウと同じようにファルコをしょうがないわねという目で見て、世話をしてくれようとする。
今まで生きてきた50年間より、今年1年で話した人の数の方が多いのだ。レオンは言う。
「だから、また狩人に戻るなら、新しい自分で戻りたい。古いパーティに戻りたいとは思わないんだよ」
「けど、ビアンカとは。何日か一緒だったろう。夜」
「そりゃな。まあ、懐かしさというか、肌が合うというか。でももう、向く方向が違いすぎてるんだよ」
レオンは肩をすくめた。どっちにしろ、勝手な男たちだ。
「まあ、現実的には、歳の近いヤツらと組むんだよ、最初は。ショウは旅も好きそうだ。誰と組むのかな」
二人そろって焚き火の向こうで働くショウを眺める。
「滅多なやつには任せられねえ。少なくとも俺以上だな」
「ぷはっ。北の町なら俺かガイウスしかいねえ」
「ガイウスなら、まあ……」
「100歳差だぞ」
「ガイウスなら変な気は起こさねえだろ」
「お前……」
レオンは腹を抱えて笑った。そこにガイウスが通りかかり、足を止めた。
「聞こえてたぞ。俺は合格か」
「合格も何も、ガイウスならな」
「へえ」
ガイウスはにやりとした。
「ショウか。星迎えの日はキレイだったな。10年後、どんなにキレイになってるか楽しみだな」
「おい待て、やっぱり不合格だ」
「さてな、ショウが決めることだ」
「ダメだ。100歳差なんてない!」
ガイウスが行くわけがないだろう。まったく、からかいがいのある奴だよ、ファルコは。お前だってショウと同じくらいおもしろ過ぎて、そんな北の町から今は離れたくないんだよ。
レオンはファルコをからかうガイウスをちらりと見ると、また焚き火越しに楽しくショウを眺めるのだった。