狩りへの旅路
北の町から岩洞の境まで、西に向かって山沿いに、やや南寄りに馬車で10日間。ほぼ一ヶ月の間、魔物を倒し続けた後、また10日間かけて戻ってくる。効率の悪い話のようだが、そうまでして手伝いにいかなければならないほど大量に魔物が発生する。
岩洞は採掘の国だ。大陸の金属を一手に引き受ける。当然、岩場が多い国で、魔物も一年中いるのだが、深森との境目の北西の山脈では、なぜだか7月にクロイワトカゲが大発生する。クロイワトカゲは放っておけば国境沿いに南下し、やがて平原にまで達し、過去に収穫間際の畑を全滅に追いやったこともある。
人が育てる穀物にも、魔物を引きつける力があるらしい。だから平原も他人ごとではなく、狩人は出せないが、クロイワトカゲの買い付けと言う形で商人を派遣してよこす。トカゲは取った分すべてを一定価格で買い付けてくれる。もっとも、そのお金で平原の穀物を買うのだから、結局平原も損をするわけではない。
そんな説明を聞きながら、ショウは初めての馬車の旅をしている。北の町の狩人は20人。治癒師が見習い含め5人、見習いはアルフィとショウだから、実質3人だ。薬師2人。食事担当2人。雑用はみんなでやる。
山沿いに行きながら、途中に休憩を入れて、そこでしっかり狩りをおこなう。北西の山脈に連なる山だから、ここの山沿いもいつもより魔物の発生率が高いのだ。
ショウは初めて間近でファルコの狩りを見た。いつもなら一人で狩るファルコだが、北西の山脈では集団戦となる。ガイウスを頂点に、少し下がって右にファルコ、左にレオン、三角形の形を作る。その基本形に扇のように狩人たちが広がり、魔物を最後の一匹まで逃さない隊列を組む。その後ろに大人の治癒師3人が控える。ショウとアルフィはさらにその後ろに、薬師と共に控える。
ガイウスが動けないから考えた戦法だという。一歩も動かず魔物を倒しつつ、左右に魔物を動かしていく。分散された魔物を、さらに左右の狩人が倒しつつ分散させていく。魔物は網にかかるようにうまく仕分けされて、最後の一匹まで倒されるというわけだ。
それでも抜け出した魔物は、治癒師のみんなが倒していく。だから治癒師もたくましいのだ。
戦いでけがを負ったものはすぐに戦線を下がり、治癒師に治してもらうかポーションをかけてもらう。一人抜けた分は後ろの狩人が一段上がる。治った狩人はその後ろにつく。
10日間、その訓練だ。ガイウスもレオンもファルコも、実にかっこよかった。言うとつけあがるからショウは黙っていたが、ショウの尊敬の気持ちはにじみ出ていたようで、ファルコはいつも機嫌が良かった。もっともショウさえいればいつも機嫌はいいのだ。
訓練と移動の合間には、ショウとアルフィはスライムを狩る。せっかく旅に出るのだもの、景色を見るのだって訓練だって雑用だって一生懸命やる。けれども、山沿いの荒れ地には狩人が狩る魔物のほかにも、スライムがたくさんいるのだ。
ショウとアルフィは顔を輝かせた。お小遣いだ!
狩人がのんびり休んでいる間、今度はショウとアルフィが走り回る。棒と桶を持って静かにスライムを狩っていく2人を狩人たちは面白がってはやし立てたが、その工夫には感心せざるを得なかった。
じゃあやってみるか? 彼らはもうそんなことはやらない。なんでかって?
若い狩人がスライムに剣をふるって見せてくれる。シュッ。スライムが形をなくす。魔石が灰色になっちゃう? ならないのだ。狩人も見習いを終えれば、剣速も上がる。スライムが酸を蓄える間もなく切り裂くから、きれいな水色の魔石になる。それでも成人したら、子どものための小銭を拾うようなまねはしないと、そういうわけだ。
だから狩人たちはショウとアルフィの棒を面白がって試してはみたけれど、後は楽しく子どもを見守っている。狩りに向かう殺伐とした空気になるはずが、ショウとアルフィのおかげで妙に和やかなものになっていた。そして十分な治癒師の技は、体調を万全に整える。さらに、今年はジーナの旦那のゴルドが料理人としてついてきている。国境についたころは、北の町の狩人たちは気力体力共に充実していた。
国境の町、ノールダム。深森と岩洞をまたがる山脈のふもとにある街だ。人数が多いので町に入らず野営する。いつも決まった場所があるのだ。
そこに大柄な狩人がやってきた。ガイウスと同年代だ。濃いめの金髪に、緑の目をしている。その人はガイウスの肩をバンバンと叩くとこう言った。
「ガイウス、北の町はやっと来たか!」
「ゲイル、待たせたな。北の町20人、参戦する」
「ありがたい、連絡が行っていたと思うが、今年は特に多くてな。それなのにいつもの年の数しか狩人が集まらん。もしかしたら、岩洞に行ってもらうことになるかもしれん」
「声はかけたんだろう。北の町もいつもよりは多めに連れてきたぞ」
「今年は湖沼に狩人が流れてな」
「冬もそうだった。湖沼に何かあるのか」
「さあな、湖沼も魔物が多いのかもしれん。今回はけが人も多くて。おお、導師も来てくださったか! これはありがたい!」
導師もやってきた。
「今年は見習いも入ったのでな、経験を積ませるため、治癒師3人の他、見習い2人、薬師2人体制でやってきたのだ」
「何と運のいいことか! 導師、すみませんが治癒師が足りなくて。ポーションの在庫でなんとかやっているが、調子の悪いものもいて、できれば見てやってはもらえまいか」
「かまわん。ただし見習いにもやらせてもらう」
「文句はありません」
「ガイウス、よいか」
「はい、北の町は大丈夫です。行って来てください」
ショウもアルフィも導師に呼ばれた。
「さっそくひと仕事だ。どうやら治癒師が足りないらしい。治癒師3人は比較的重そうな人を、見習いはそれ以外を。薬師はさっそくポーションの作製に入ってくれ」
「俺も行く」
「ファルコ。そうだな。ショウだけでなく、全体に気を配ってくれるか」
「もちろんだ」
ショウはファルコのおもりについてきたのではない。あの時導師はこう言った。
「ショウ、見習いとして夏の狩りについてくるか」
と。ショウはやると返事をした。
「ショウのような小さい子どもに話すことではないかもしれない。だが、今年は魔物の動きがいつもと違う気がするのだよ。今年の狩りは万全の体勢で行きたいのだ。ショウ、お前は気が付いていないかもしれないが、レオンやガイウスにしたような癒しの技だけでなく、お前には他にも変わったところがあるのだよ」
「変わったところ?」
「うむ。少しの魔力ですぐに相手の悪いところがわかるところ。治癒に使う魔力が効率的なところ」
「でも、みんなやってるよ?」
「去年まではできなかったのだ、と言えばわかるかな?」
「私から学んだ?」
「そう。みんな優秀な治癒師だ。すぐに違いに気づき、熱心にまねたのだよ。特にアルフィは年が近いからか、すぐにできた」
「すごい」
「すごいのはお前なのだがな、ショウ。その力を使わずに済めばいい。が、使わざるを得ないときに、治癒の技を惜しみたくないのだよ、私は」
導師の勘は当たった。まだ狩りのはじめの時期にこれでは……。そんな風に思いを巡らすショウたちは、ゲイルに連れられて町の教会についた。北の町より立派な教会だ。ドアを開けるとそこには、形ばかり治療された30人ほどのけが人と、疲れ果てた治癒師が座り込んでいたのだった。