星迎えの日
結局、ファルコは星迎えの日になってもショウには何も言わなかった。町の大半の人がファルコは行ってしまうと知っているというのに。ショウはさみしい気持ちになりながらも、ファルコってそういう人だと半ばあきらめていた。
星迎えの祭りは夕方からだ。昼も町は出店が出ていつもより大賑わいだ。年少組もこの何日かお祭りのために念入りに岩場のスライム掃除を行っていたが、今日は日頃ためたお小遣いで買い食いなどを楽しむのだった。
女の子たちは広いアウラの屋敷に集まっている。この日のためにアウラのお店で祭りの服を誂えていたのだ。そのために薬草もいっぱい取ってお小遣いをためた。
着るものはやっぱりズボンにチュニックだけれど、いつもより華やかな色合いだ。
今回はショウがちゃんとおしゃれをするというので、みんな自分そっちのけで楽しみにしていた。自分たちにはないつややかな黒髪にはちみつ色の肌。明るい茶色の瞳。
ショウの希望で狩人の緑のベルトに映える、明るい空色のチュニックを誂えた。裾と襟、そして袖口にはベルトより明るい緑で縁取りがしてある。いつもよりふんわりと長いチュニックを着て、いつも半分目にかかったぼさぼさの髪を上げてきれいに整える。前髪を上げて、ふんわりとピンでとめると、ショウのきれいなおでこと、くっきりとしたまゆ毛、そして明るい茶色の瞳がすっきりと姿を現す。深森にはない濃い色のまつげは、やわらかなほほに影を落とすほど長い。
年少組の女の子たちは感嘆のため息をついた。深森の特徴の、きれいな薄い色のやわらかい髪の毛も、空色や緑、グレーの瞳もそれはそれでかわいいと自分たちでも思う。でもショウほど濃くて量の多い髪や濃い色の瞳、そして長いまつげを手に入れられるなら、なんだって差し出すだろうとも思うのだ。それはショウも同じで、お互いにうらやましくてたまらないのだった。
そうしておしゃれに着替えて、みんなで町に繰り出す。年少組の男の子たちも、もう少し大きい男の子たちも、少しそわそわしてそれを待っている。待っていないふりをして。
華やかな女の子たちが姿を現すと、町はにぎわいを増す。近所の大人たちがにこにこして褒めそやす。男の子たちは少し照れながら、みんなで祭りを楽しむのだった。
しかしその年はちょっと違った。あの空色のチュニックの女の子は誰だ。驚きにかたまる男の子たちを女の子たちはしょうがないわねって顔で見る。そこにファルコがやってきた。
「ショウ!」
「ファルコ!」
ショウだって! 待て待て、あいつは男組だろ。それに黒髪だけど顔が違うだろ、あんなにかわいい子が、かわいい、え? おんなじ顔だ。ショウと。
「よく似合ってる。ショウは何を着てもかわいいなあ」
ファルコはショウを頭より高く抱えてくるくるしてくれた。ショウはうれしくてくすくす笑う。ファルコにはショウが男の子でも女の子でもたぶん関係ないのだ。
「どうする、俺とまわるか?」
「まわりたいけど、でもアウラたちと約束してるから」
「そうか、じゃあ夕方までには帰ってくるんだぞ」
ファルコはちょっとだけショウを抱きしめると、そっと地面に下ろしてくれた。ショウはアウラたちのほうに駆けだす。
「シ、ショウ?」
「なに? カイン」
「いや、お前、その……」
「なに?」
「それ、似合ってる」
「ありがとう!」
ショウはにっこり笑ってアウラたちのほうに向かった。やっぱりカインはかっこいい。さあ、お祭りだ! そのあとを間抜け顔の男の子たちが、ちょっと混乱しながらついていく。
「ショウは、ショウだろ」
カインがそう言い、みんなそれもそうだなと思いなおす。さあ、ショウだけじゃない。かわいい年少組の女の子とも、ちょっときれいな見習い組の姉さんたちとも、一緒にお祭りを楽しむのだ。スライムで貯めたお小遣いもいっぱいある。
おしゃれしたショウは町の人の目を楽しませた。教会が若い狩人や見習いでにぎわうようになり、ファルコが苦い顔で追い払うようになったのはこの祭りの後の話である。
夕方ショウが帰って来ると、ファルコがランプを二つ用意して待っていてくれた。それにお弁当と、敷物と、上着と。
「さあ、岩場に行こうか」
「うん」
抱っこしていきたがるファルコをショウは冷たい目で見た。こんなに人がいるのに。でもしゅんとなったファルコにはやっぱり弱いショウだった。
「ファルコ、手」
「て?」
「手をつなごう?」
「こう、か」
「うん」
ショウの右手を、ファルコが左手で握る。反対の手で一つずつランプを持つ。
ファルコはショウを抱っこするのが好きだ。伝わる温かい体温が安心するからだ。でも今は。片手しかつながっていないけれど、その手が温かい。
「夏だもん」
ショウは情緒がない。そういうことじゃないんだ。ファルコはもどかしい。この手から伝わる温かい気持ちを、この優しい気持ちを、どう伝えればいいのだろう。ショウはちょっとおかしそうな顔でファルコを見た。
「そんなに難しいことじゃないよ、ファルコ。ただ好きだって言うだけ」
好きだって言うだけのこと。この温かいなにかが。そうだったのか。俺はショウが好きだったのか。すとん、とそれが胸に落ちた。
岩場について敷物を敷く。その上に座って、日が沈むとともにランプを付ける。ひとつ、またひとつと地上にランプが灯って行く。夜よまた戻っておいで。地上にも星はたくさんあるよ。静かな願いが闇に満ちて行く。
ファルコはショウを後ろから抱え込むと、静かに言った。
「ショウ。俺は夏の狩りに行く」
「うん」
「2か月、いなくなる」
「うん」
「必ず、戻ってくるから」
「うん」
そしてショウをぎゅっと抱きしめる。ショウはお腹にまわるファルコの手をポンポンと叩いて言った。
「言うのが遅いよ」
「ごめんな」
ファルコはショウの髪に顔を埋めた。しょうがないなあ。
「心配しないでね」
「ああ」
「狩りの間に、いなくなったりしないから」
「ああ」
「いつも一緒だよ」
「ああ」
離れていても、心は一緒だ。ファルコはそう信じた。
そうして星迎えの祭りは終わった。狩りの出発は3日後だ。
ファルコは行くと決めたのに、往生際が悪かった。ショウと離れたくないのだ。けれどショウも忙しそうで、もうすぐいなくなるのにろくに相手もしてくれない。ジーナには怒られ、レオンにはあきれられ、ガイウスにはしゃんとしろと怒られても、やっぱりさみしい情けない英雄だった。
そして出発の朝になっても、ショウはあっと言う間に出かけてしまい、見送りにも出てくれなかった。やっぱりギリギリまで黙っていたから、怒っているのか。ファルコはとぼとぼと集合場所に向かった。
「今年はクロイワトカゲの発生が早く、量も多いらしい。向こうからは矢の催促だ」
代表のガイウスが大きな声で報告する。おーうと狩人たちが応える。
「今年は治癒師のおかげで、みんな体調も万全だ。また心強いことに、今回も見習いを含め、導師始め5人の治癒師が参加してくれる。ありがたいことだ」
安心のどよめきが起こる。
「2ヶ月間、全力を尽くす。北の町の実力、見せてやれ!」
狩人と見送りの人から大きな歓声が上がる。結局、ショウに行ってきますの挨拶ができなかった。辛気臭いファルコに周りもやれやれとあきれ顔だ。
「さっさと馬車に乗れ、ファルコ!」
レオンに怒られ、しぶしぶ動く。と、
「ショウ!」
アウラの声だ。ファルコははっと顔を上げた。
「気をつけてね!行ってらっしゃい」
「うん、行ってくるね」
ショウの声だ。なんでショウが?
「治癒班だよ、バカが」
「レオン?」
「今年は見習いも連れて行くんだとさ」
連れて行く? ショウを?
いた! 目があった。笑っている。
「ショウ……」
「いつも一緒だって言ったでしょ」
心だけだと思っていた。
「ショウ!」
「あー、もう、誰かファルコを連れてって!」
「ショウ!」
「……」
ショウはしょうがないなあとほほえみ、あちこちから苦笑いが起きる。締まらない、その年の狩りの始まりだった。