治癒師として
もっとも、ショウだって年少組の活動ばかりしてたわけではない。もちろん、治癒師の訓練もしていた。特に狩人が帰って来る午後からは、訪れる狩人を積極的に治療していた。教会には10人ほどの治癒師が所属している。教会に常駐しているのは、導師も含めて4人の成人で、17歳の訓練中のリックと、年少組のアルフィとショウと合わせて7人が狩人を見ることになる。リックも含め大人たちは子どもたちの面倒や教育も担当する。残りの3人の治癒師は、本業は別にあるので教会ではなく、町中にいる。
狩人は体が資本だから、ポーションを使うにしてもたいていは狩りの帰りに教会に寄って体のチェックをしてもらう。たくさんの狩人を見ることは訓練にもなったし、狩人も訓練のために体を使わせてくれる。だからこそ、ショウは思うのだ。ガイウスさんは、なぜ体を大事にしないのかと。まるでわざと痛めつけているかのように、膝のほかにも影がたくさんあった。
その話を導師にすると、静かに怒りながら教えてくれた。
「そう、私もこないだショウがうっかり治した時に確認したよ、ガイウスの体の状態をね。どうせ膝が治らないからと、自分の体を相当雑に扱っていたらしい。だから呼び出しをかけてある」
そうしてガイウスは導師に呼び出され、4人の治癒師と3人の見習い治癒師に囲まれて、冷や汗をかいているというわけだ。
「あの。ショウ。こないだはすまなかったな。調子がとてもいいよ、ありがとう」
ショウに話しかけるのが一番無難に思えたのだろう。ガイウスはショウに話しかけた。ショウは大したことないからと、手を振った。
「ガイウス、創世の女神の与えた大切な体を適当に扱ったこと、反省しているか」
「は、はい」
ガイウスさんでも導師にはかなわないんだな、とショウは思った。
「罰としてお前には私たちの実験台になってもらう。ショウが考えた、新しい治療法だ」
「ショウの治療の効果はむしろ素晴らしいと思うが、罰なのか」
ガイウスが首をかしげる。
「慣れるまでは右と左の区別がつきづらい治療でな。もしかしたら右手に左手が生えるかもしれん」
「は、いや、ちょっと待って」
「ガイウス、覚悟を決めろ」
と言うわけで、ショウの考えた治療にはみんな興味しんしんで、とりあえずは北の町の治癒師は全員できるようになるべきで、そしてそれを少しずつ深森に広げて行けばいいのではないかと言う話になっていたのだ。
しかし、コピーして反転という考え方を納得してもらうのは難しく、それでも一回納得した後はみんなやってみたくて仕方がないのだった。その実験台として、体を粗末に扱っていたガイウスが選ばれたというわけだ。
導師のわかりにくい冗談はともかく、女神の与えた体を治癒師がていねいに扱わないわけがない。寄ってたかって治療されたガイウスは、その110歳という年齢にふさわしい、陰りのない体を手に入れたのだった。
それは隠しても隠せるものではなかった。レオンが治ったことも合わせて北の町の人々は、ショウにひそやかな感謝の思いを捧げていた。
それは30年前、ファルコが20歳を過ぎたばかりのころだ。めったに出ないはずの、アカバネザウルスが3匹、町を襲ったのだ。魔物はつまり、爬虫類の形状をしている。なかにはフロッグのように両生類のような形状の物もいるが、大きければ大きいほど被害も大きい。アカバネザウルスは、一匹が小さい家の一軒ほどもあり、しかも羽が生えており、飛ぶ。
当時狩人のリーダー的存在だったガイウスも、レオンも、そして成人したばかりのファルコも、町の狩人は総出で戦ったのだった。町は3分の1ほどが被害を受けた。しかし苦しい闘いの末、ガイウスとレオンとファルコがそれぞれアカバネザウルスにとどめを刺した。しかし、ガイウスの膝は砕けた。あまりにもひどい損傷で、すぐに治癒師が呼ばれても、外側の形を整えるのが精いっぱいだったのだ。
だからこの3人は町の英雄だし、特にガイウスはそうだ。膝が治らなくても工夫して狩りは続け、いまだに引きとめられて町の代表でもある。それが治ったのだ。本人以上に町の人が喜んでいた。
だから今度の夏の狩りにはやっぱりガイウスが代表だ。そんな声がショウにも聞こえ始めた春の終わり、ショウは導師に呼ばれた。
「ごほん、あー、ショウ。誰もいないから、こっそり抱っこさせてくれないか?」
そんな話で呼ばれたの? 誰も見ていないならまあいいかと、ショウは久しぶりに導師の膝に乗せてもらった。導師はショウを膝にのせたまま、ショウの頭の上でふーっと息を吐いた。
「ショウは星迎えの日のことは聞いてるか」
そんな話ではなかった。
「はい。年少組の仲間が教えてくれました」
「アウラに相談して、そろそろ晴れ着を考えてもいいころだろう」
「もう、相談してるの」
ぼんやりした男の子たちと違って、アウラたち女の子は、ショウが女の子だとすぐに気づいてくれた。
「って言うか気づかないのが間抜けよね」
という辛辣なアウラがショウはやっぱり大好きだ。もっとも、たぶん導師もまだ気が付いていない。
「それでな、夏はいつも、岩洞との境でクロイワトカゲが大量発生するのだよ。深森、岩洞両側で発生するからどちらの領地も狩人をたくさん出す。もちろん、北の町からもだ」
ショウは膝の上から導師を見上げた。もしかして。
「その分だと聞いていないな。お前の考えている通りだ。ファルコも参加予定なんだ」
聞いていない。でも悩んでいるのは知っていた。どうせ、養い親になったばかりで、ショウのそばを2カ月も離れるのはどうしたものかと考えているのだろう。
「北の町の3英雄の1人だ。けがをしてあまり動けないガイウスとレオンでさえ参加してきたんだ。ファルコが参加しないのは、北の町が手抜きをしていると思われてしまう。ショウにはジーナがいるし、もうすっかりここのコミュニティの一員だ。そういう場合、親が離れても誰も文句は言わないし、心配もない。それでもファルコは迷ってるんだろうな」
わかってる。
「セイン様は、ファルコがどうすると思う?」
「行く、だろうな。義務を捨てられる男ではないんだ」
「私はファルコを後押ししたほうがいい?」
「いや、悩んで本人に決めさせよう」
ショウはため息をついた。導師になら言ってもいいだろう。
「ファルコがいなくなるのは正直さみしい。でも一番つらいのは、ファルコが相談してくれないことなの」
導師はショウの頭をそっとなでてくれた。
「ショウ、お前は本当にいい子だな。だからこそ、いいことを教えてあげよう」
「なあに?」
導師はいたずらな顔をしてほほ笑んだ。二人きりしかいないのに、ショウの耳元で、こっそり教えてくれる。ショウの顔がぱっと明るくなった。
「やるかい?」
「やる!」
相談してくれないファルコには、少しお灸をすえてあげなくちゃね。導師とショウは顔を合わせると、ニヤリと笑った。




