急げ
アルフィは導師とショウの手を握ったまま、宣言した。
「こんなセイン様は初めて見る。長引かせるとまずい気がする。ショウ、明日だ。明日には治癒を試す」
「うん。今日はしっかり休んで、できるだけ体力を戻しておくよ」
「俺もだ。エドガー、すみませんが」
「今日は俺が、しっかり見ておくよ」
エドガーが決意を込めてうなずいた。
思ったより早かったが、治癒は明日に決まった。
アルフィとエドガーはそのまま部屋に残り、ショウとハルとリクはそっと廊下に出た。いつもの導師のようでいて、いつもの導師ではなかった。ひどい怪我の反動なのか、とにかくはしゃいでいて、それがショウには怖さとして感じられ、夏なのに背筋がひんやりとした。そんな中、リクが途方に暮れたように言った。
「俺、こうして皆について回って、何か意味があるのかなあ。導師の治癒にも何の役にも立たないのに」
確かに元気な時の導師を知っているからこそ、そして自分が直接治癒にかかわらないからこそ、見ているだけの自分に戸惑いを感じるのだろう。それに、リクはアルフィのことを知らない。
「あのね、アルフィはね」
ショウは小さい声で説明した。部屋に戻ってちゃんと説明してもいいのだが、ショウだけでなくハルもリクも疲れている。手早く済ませたい。
「リクに期待してるんだよ。この町の治癒師はとても真面目だけど、魔力量とセンスがない。それは怪我をした導師に対応しきれなかった治癒師と薬師を見てすぐにわかったんだと思う」
「でも、俺、治癒師になるって決めたわけじゃない」
この嵐のような状況の中で、リクの心は取り残されていたかもしれない。サイラスの後をついで、自分の豊富な魔力で荒れ地を癒していくことしか考えていなかったのだから。
それが急に治癒の力を今以上に身につけろと急かされるようになったのだ。戸惑いもするだろう。
「こんなひどい怪我を治すことは、ここら辺ではありえないかもしれない。だから、誰か一人でも、その経過を最初から最後まで見ている経験を持つべきだと思うの。それが、他人よりも私とハルに近いリクであってほしい。私自身がそう思うから」
アルフィが思っているだけじゃない。自分もそうして欲しいのだとショウは伝えた。
「覚悟ができなかったら、無理しなくていいよ」
「俺は……」
「明日まで考えて。アルフィには何も言われなかったけど、たぶん、明日、朝食後。導師が余計なことを考えて悩み始める前に、終わらせる」
ショウは厳しい言葉を和らげるようににっこりすると、リクの肩をポン、と叩いた。
「先に部屋に戻るって、伝えてくれる? 私ももう休むね」
ショウはもう、リクを見なかった。
「悩んで、迷ってばかりで、俺、情けない」
とぼとぼと歩いていたリクは、一階の食堂の声が聞こえる、階段の手前で立ち止まった。こんな悩んだ顔で、みんなの前に出たくないのだろう。
「リク」
ハルも、ショウと同じようにリクの肩をポンポンと叩いた。
「普通できないし、そんなにやることを求められないよ。私でさえ、アルフィには驚いてるくらいなんだから」
二人で壁に寄りかかる。ここなら一階の喧騒に紛れて、二人の声は誰にも聞こえないだろう。
「導師だけじゃない。ショウだって死にかけたんだよ」
ハルの声はいつもより低い。
「ああ。俺は声すら上げられなかったけど、ハルの声に耳を貸さず、ショウが導師のそばに歩いていくのが、恐ろしかった」
魔物がまだ動いている中、それに気づくことなく死に向かって歩いていく友に、何もできないつらさ。その時、魔物にとどめを刺したファルコがどんなに輝いて見えたことか。
「アルフィは、ショウのことをよく知ってる。昨日の活躍を聞いてもなお、丸一日休めばショウの体力が全回復することを知ってる。そして、導師のことなら命を懸けても治癒するだろうということをわかってる。わかって、迷わずやらせようとしてて、そして、ショウは迷わずそれを受けてる」
ハルの声は、低いままだ。
「ショウがどれだけ高みに上がれば気が済むの? できるからと言って、どうしてショウに何でもやらせようとするの?」
「ハル」
「ねえ、リク。私わかってるんだ。アルフィが言い出さなくても、ショウから言い出しただろうって。それでも、やらせたくない」
一人の少女に背負わせるには大きすぎる責任だとハルは思うのだ。
「そう思うくらいだもの。ほとんど同じくらいのことを求められてるリクのことだって、大変だなあと思ってるよ」
「おお、俺のこと?」
「うん。ついショウのことで熱くなっちゃったけど、リクのこと」
リクだって、無茶ばかり求められているとハルは思う。
「俺、やるべきだって頭ではわかってるんだ。けど、ちょっと心が追い付かなかったみたいだ」
「そうだよね」
転生して、のんびり暮らすはずではなかったか。ハルはおかしくなってくすりと笑った。
「はあ、忙しい」
「忙しいな」
「一三歳のセリフじゃないな」
「ないねえ」
くくっと笑う二人の肩が触れ合う。昨日二人で共有した景色は、意図せず二人の気持ちを近づけていた。ショウを守るという意味でだ。
「明日はきっと」
「うん?」
「迷いのない顔で、さらっと参加するよ」
「うん。さ、食堂に戻ろうか」
ショウは気づいているだろうか。迷いなくまっすぐ進むショウがまぶしすぎて、周りの人がときどき見失いそうになっていることを。だから不安で、思わず引き留めたくなることを。
「でも、それがショウだからなあ」
「ん?」
「なんでもない」
明日はしっかりショウを支えなくちゃと思うハルであった。
6月12日、癒し手4巻発売されました!




