目が覚めたら天井を見るもの
今回から、状況は上向きです!
もう読んでも大丈夫だと思います!
「ふざけんな!」
ショウは叫んで起き上がった。
「あれ、私なんで怒ってるの?」
ふらりとめまいがして、ショウはそのままぽすりと仰向けに倒れた。
「あ、いつもの宿屋のベッドだ、これ」
つまりここは、ハルと一緒に使っているカナンの宿の部屋だ。
「カナンの宿。カナン?」
確かほとんど夜になりかかっていて、でも今、窓から明るい光がさしていて。
「セイン様!」
思い出した! ショウは起き上がって導師に会わなければと思ったが、ぐにゃりと崩れ落ちた。
「ショウ!」
バーンとドアが開いて、息を切らしたファルコが駆け込んできた。
「ショウ!」
「ぐえー」
体に力が入らないのに、ファルコにしがみつかれて散々なショウである。
「ショウ!」
「目が覚めたのか!」
「ショウ!」
ハルを始め、部屋には次々と人がやってきた。リクもいる。レオンもいる。
「そうか、戻ってこられたんだね……」
「無茶しやがって!」
「わああ、揺らさないで」
ファルコがショウの肩をつかんで怒鳴るので、ショウはふらふらした。
「いい加減にしろ、ファルコ。心配なのはわかるが、単なる魔力切れだって言われてただろ」
ファルコをたしなめるレオンを見て、ああ、日常が戻ってきたんだとショウはほっとした。
「休んだだけじゃだめだ。さ、飲み物と軽い食事を持ってきたよ」
部屋の入口から、人をかき分けて入ってきたのはアルフィだ。
「え? アルフィ? なんでここに」
「さ、ファルコ、どいて。魔力切れは食べないと治らないの、知ってるだろう」
アルフィの言葉にファルコはしぶしぶショウから離れた。が、すぐ隣に座って、ショウの腰に手を回している。
「アウラも来ているよ」
「アウラも」
ショウの顔がぱあっと明るくなった。
「さあ、みんな一回外に出て。食事が終わって元気になったらちゃんと下に連れて行くから」
アルフィの指示に、ハルとリクを除いた全員が外へ出ていった。
「ファルコもだよ」
「俺はいいだろう」
「ダメ。治癒師だけでする話があるんだ」
ファルコは行儀悪く舌打ちすると、仕方なさそうに部屋を出て行った。
「あれで大人なんだから、困ったもんだよ」
アルフィが肩をすくめ、ショウに食べるように促した。
ショウはまず水を飲んだ。のどが渇いてたまらなかった。
アルフィがすぐに水差しからお代わりをついでくれる。
「さ、パンを一口、そう、スープもね」
ショウが勢いよくもぐもぐし始め、食後のお茶まで飲み干すと、アルフィは初めてハルとリクに目をやって頷いた。
「俺とアウラさ、今年のノールダムの狩りに、先発隊としてついていったんだよ」
「そうなの。頑張ったね」
「うん」
唐突に始まった話に、ショウは戸惑ったが、頑張っている友だちの話が誇らしくもあった。
「で、大発生した魔物に、俺は北の町の治癒師として、アウラは補給部隊として、ずっとついてきてたんだ」
「ほんとに! それはすごいよ。大人だって大変だったと思うのに」
「偉いよな。すごく役に立ったんだぜ」
アルフィは遠慮することなく、自慢して見せた。でも、すぐに表情を寂しいものに変えた。
「けど、最後は間に合わなかった。アンファを過ぎて、次の日にはみんなで仕留めようと言っていた日、アカバネザウルスは急に飛び立った。馬でも追いつかなかったんだ。それが昨日のこと」
「昨日」
そうだ、そのアカバネザウルスと戦ったんだ。
ショウはハッと顔を上げた。
「アルフィ、導師は。セイン様は!」
「生きてる。大丈夫、生きてるよ」
「女神が役に立ったんだ……」
ショウはまさか自分が女神に感謝する日が来るとは思わなかった。
ハルもリクもしっかりうなずいている。
アルフィに代わってリクが説明を始めた。
「何とか日が暮れるまで、魔物を引き付ければいい。倒そうなんて思っていなかった俺とハルは、途中からずいぶん慣れて、魔力も体力もなんとか切れずに魔物と向き合えたんだ。最初は怖かったし、どうしてもハルに頼ってしまったけどね」
「リクがいたから本当に楽だった。でも、ショウのほうはそうはいかなかったんだよね」
ショウも導師と連携を取ってうまくいっていたはずだ。
「魔物に直接近寄って攻撃する導師のほうが、どうしても危険だし緊張する。こう言っては何だけど、お年もお年だし、戦闘が長くなってきたら、どうしても動きが鈍くなり、限界が近づいているのが目に見えてたんだ」
ショウはその話を聞いて驚いた。導師の様子に、まったく気が付いていなかったのだ。
「やっぱり、剣で傷ついていたのが大きかったんだろう。ショウたちのアカバネザウルスのほうが弱って、今にも倒れそうになってた。で、たぶん、導師は焦ったんだよ、最後に」
「焦った?」
「もう少しだけ乗り切れば日が暮れていたのに、とどめを刺しにいってしまったんだ」
だから最後のあがきで、アカバネザウルスが思いもかけない動きをしたのだ。
ショウはアルフィを見上げた。
いつもの、落ち着いた静かな目だ。
ショウは、あの時自分の残る魔力をすべて使って治癒の力を呼び込んだはずだ。だが、治癒したという記憶がない。
そして覚えている。導師の左手が、おそらく失われていたことを。
「導師は、生きてる。じゃあ、左手は?」
ショウは静かに問いかけた。
アルフィは黙ってショウを見ている。ショウの心が、不安に揺れ動いているのを見て取り、話していいかどうか考えている。
「大丈夫。私は治癒師だよ、アルフィ」
「わかった。ちゃんと聞いてね」
アルフィは頷くと、座っていた椅子をベッドに寄せて、ショウの手を握った。
「損傷がひどく、左手は戻らなかった。ショウは気づかなかったようだけど、左足もだ」
ショウは思わず目をつぶった。体から血の気が引いていく。
「ほら、ショウ、ゆっくり息をして。吐いて、吸って、ゆっくり吐いて」
こんな時なのに、ショウはほんの少し笑ってしまった。
「やっぱりアルフィのほうが治癒師らしいや」
「当たり前だろ。ショウは年少。俺は正式な見習い。先輩だぜ」
目を開くと、アルフィが優しくショウを見ていた。
隣のベッドに座ってショウを心配そうに見ていたリクが、
「ここからは俺が話すね。その場を直接見ていたのは俺とハルだから」
と話を引き取った。
「導師が跳ね飛ばされ、ショウが導師のもとに歩み寄ったのが見えた。その時、アカバネザウルスはまだもがいていて、ショウも導師もそれに巻き込まれるところだったんだ。ハルが必死に叫んだんだけど」
「そういえばハルの声がした気がする」
「聞こえてはいたんだね。でも、ショウは反応しなくて、でも俺らも動けなくて。けど、間に合ったんだ」
なにが間に合ったのだろう。ショウは首を傾げた。
「ファルコとレオン、そしてガイウスが間に合ったんだよ」
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