その温かい手
残酷なシーンがあります。気になる方は一話飛ばして次回まとめてお読みください。
ショウもハルも、そしてリクも、一番いいのは自分たちが後方に引っ込んで、守られていることだというのはわかっていた。
もし三人に何かあったら、ファルコにレオン、そしてサイラスがどれだけ悲しむことだろう。
しかし、同時に、ハルがこのあたりで、いや、この大陸全体でも有数の魔術師だということもわかっていた。また、ショウが思いついたコピーの治癒の技術は、導師よりもショウのほうが優れていることも。
また、二人には技術的にはかなわないにしても、リクの魔力量が多く、潜在的に治癒の力が高いことも明らかだった。現にカナンの町の治癒師の誰よりも、治療できる数が多いのである。
ショウのコピーの治癒も実はできるようになっている。
「セイン様は一人で出るつもりだけれど、アカバネザウルスがもし三頭とも町に来たらどうするの? 一頭だけ減らしたら町は何とかなるの? ならないでしょ」
三人だけで集まった時、ショウはようやっと正直に胸の内を語ることができた。
「セイン様が怪我をしたとして、自分で自分の治癒ができる? 無理でしょ」
痛みの中、冷静に治癒することなどできるわけがない。
「そして、この町に私たち以上の治癒師や魔術師がいる? いないでしょ」
「ショウ、全部自分で答えてたら、私たちのしゃべることがなくなっちゃうじゃない」
ぷんすか怒るショウに、ハルがあきれたように口を挟んだ。
「ごめん。でもセイン様、勝手なんだもの」
さすがにショウもちょっとしゃべりすぎたと反省した。
「それはそうだよな。導師とはいえ、さすが深森の人だと思ったよ。一番常識人かと思ってたのに、一番無茶な人だったなんてな」
「深森がっていうところが気になるけど、まあその通りだよね。そういう人だとわかってたから、やらかすんじゃないかと思ってたよ」
ショウがため息をつくと、ハルも大きくうなずいた。
「で、やるのか」
リクが問いかけた。
「やる」
「私もやる」
ファルコやレオンだけでなく、導師も止めるだろう。だが、そうしなければ行けなかったといえば、きっとわかってくれる。
「じゃあ、俺も」
ショウは本当はリクを連れ出したくはなかった。でも、もし自分がリクの立場だったら、絶対に残されたくないということも理解できた。だから止めない。
「じゃあ、アカバネザウルスが一頭の時、二頭の時、三頭の時と場合分けして作戦を考えるよ」
三人は力強くうなずくと、頭を寄せ合った。
そして三人は今、大人を振り切って草原に走りながら、作戦を確認しあっている。
「アカバネザウルスが二頭のパターンだよ!」
ショウが叫ぶと、ハルが答える。
「ショウが導師で、私とリクがもう一頭だね!」
「魔物が飛んでいたら、羽を狙ってまず魔物を落とす!」
「飛んでいなかったら、なるべく離れたところから魔物に魔法を打ち込んで、町から気をそらす」
飛びさえしなければ、地面を動くスピードはそう速くないと聞いている。何とかちょこまか動き回って、気をそらせるしかない。
「倒せればいいけれど、たぶん無理だから!」
「夜を待つ! 長期戦覚悟だな!」
確認は終わった。導師もすぐ目の前だ。
「見ろ! 飛んでる!」
リクの声にショウの指示が飛ぶ。
「二体飛んでいるときは一体ずつ! 右側の右の羽を狙え!」
驚いた導師が一瞬振り返ったが、かまってはいられない。
「炎よ!」
まだ遠くだが、そんなことを言っているうちにあっという間に近くに来てしまう。
大きくて高熱の炎が二つ、右の羽へ、それより小さい炎が、低いところを滑るように飛んでいたアカハネザウルスの顔に当たった。
「グギャア!」
叫び声をあげて魔物は体勢を崩すと、そのままズザザッと草原に落ちた。
もう一頭が驚いたように少し先の、導師の近くに着地した。
「よし! できれば一つの羽を完全に駄目にして! 私は導師のほうに行く」
「気を付けて」
「二人もね」
ショウはそのままの勢いで導師のほうに全力で走った。一三歳の、息切れしない体力に、この時ほど感謝したことはなかった。
「セイン様!」
「あれほど来るなと」
導師は一瞬目をつぶると天を仰ぎ、それから剣を鞘に戻すと手を前に出した。
「ショウがいるなら、まず二人で魔法を使って羽を叩く、だな!」
「はい! 行きます!」
アカバネザウルスをよく見ると、長い距離を移動したのがはっきりとわかるほどボロボロだった。だが同情はしていられない。
「この位置からなら」
「左の羽だな!」
今度は二人、しかも導師はそれほど魔法が得意なわけではない。
ショウは魔力切れにならないよう、それでも最大に近い魔力を込めた。
「「炎よ!」」
ボロボロになった羽をさらに二人の炎が焼いていく。
「ギャウ!」
ノールダムを出た時はこのくらいの炎では傷つきもしなかっただろう。しかし、大陸を半分横切ったアカバネザウルスはもう弱り切っていて、その羽はたやすく傷ついた。
この二頭は、もう飛べないだろう。
しかし、二頭の目は、大きな魔力を発した子どもたちをしっかりとらえていた。
導師は鞘に納めていた剣をもう一度抜いた。
「私の魔法は一度打つのがせいぜいだ」
「わかっています。あとは私たちに引き付けて、少しでも町から離しましょう」
その時、アカバネザウルスがショウと導師のほうに動いた。
二人はまず町と並行するように逃げ出した。
「ちっ! 案外早いな。町中は障害物があったから遅かっただけか!」
片方の羽を引きずりながらドスリドスリと二人を追ってくるアカバネザウルスは、大きいだけあって、移動が速い。
「セイン様、二手に分かれましょう」
「しかし」
「セイン様は動かない羽のほうから攻撃をしてください。私は反対から魔法を打ち込みます」
「わかった」
そこで二手に分かれた二人に、アカバネザウルスは一瞬戸惑ったようだが、すぐ魔法を撃ったショウのほうに体を向けた。
向けたとたんに反対側から導師が剣で切りかかる。驚いて気がそれたところに、ショウが魔法を撃ちこむ。
草原の向こう側では、ハルとリクが。こちら側では、導師とショウが。踊るように、跳ねるように。そうして少しずつ魔物を町から遠ざけていく。
ショウはちらりと空を見上げた。あと少しで日が暮れる。夜になれば、魔物は動かなくなる。
しかし導師はもうかなり疲れているし、ショウも節約して魔術を使っていたが、魔力がほとんどない。二人とも肩で息をしている状態だ。
ショウの気持ちが少しそれた瞬間、アカバネザウルスがぐらっと倒れかけた。疲れ切ったところをちょこまか動かされて、魔物ももう限界だったのだろう。
そのすきを見逃さず、導師がアカバネザウルスの横腹に剣を突き刺した。
「グギャア!」
魔物は断末魔の叫び声をあげて、ショウのほうに傾いた。
避けなきゃ、と頭が思うがとっさに体が動かない。
距離があるから大丈夫、大丈夫。
ショウは言い聞かせながら、魔物が横倒しになるのをまるでスローモーションのように感じていた。
どすんと、地響きをたてて倒れこんだアカバネザウルスの周りに、枯れ草交じりの土ぼこりが舞った。
待って。
ショウは倒れる前に見たものが見間違いであってほしいと右手を伸ばした。
アカバネザウルスが最後に振り切った尾は、何も跳ね飛ばさなかったのだと。
宙を舞って落ちたのは、決して導師ではないと。
「セイン様、セイン様」
足よ動け、動け。何のために自分はここにいる。私は治癒師、導師を癒すためにここにいるのだ。
ショウはぐっと立ち上がった。
一歩、一歩と、魔物の向こうを目指す。
「ショウ!」
ハルの声がする。導師までもう少し。
「ショウ、魔物がまだ!」
背中で何か動く気配がする。ショウは倒れる導師の横に膝をついた。
「セイン様」
なぜローブのこっち側がへこんでいるのだろう。
「ショウ!」
私を抱き上げて、膝に乗せてくれた。
「逃げて!」
温かい手がなぜないのだろう。
「セイン様、今、治癒するからね」
導師の頬に手を当てて、治癒の光を流し込む。
女神の、力を。
「ショーウ!」
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