アカバネザウルス
うっかり日付を忘れていました。
遅れましたが更新です!
しかし、カナンの町の者はやめろと言った。当たり前だ。
「建物はいくらでも直せます。だが、貴重な知識と技を持った導師は、あなたしかいないんですぞ! 最も失ってはならぬものではないですか!」
「ハハハ。念のため、念のためだ。現に草原の真ん中に出ようというわけではなし、町の入口の建物の陰からそっと様子をうかがおうというだけのことだ」
導師は、それがまるで毎朝の習慣であるかのように気軽に流した。
「作戦では、アンファ側の町の区画の住人は退避です。治癒師は分散して住人を担当する、主だったものは教会の建物から見張る、この際建物は壊れても命には代えられぬと言ったのは導師です!」
「まあ、そうなのだがな」
ふっと導師は微笑んだ。
「まあ、依頼は達成した。魔物もたぶん来ない。ただ三〇年前アカバネザウルスを見た私としては、今回も見逃したくないのだよ」
魔物はおそらく来ないだろうという、楽観的な予測もある。町の者はしぶしぶ折れ、到着予想から一日前、町のアンファの区画の者は、それぞれ割り当てられた農場や奥の区画に避難していった。
「何かあったら、ファルコとレオンに叱られるのは私なのだぞ」
「導師が深森の剣士としてここにいたいと言うのなら、私は治癒師として」
「私は魔術師として」
「俺は薬師として、ここにいたいです」
ぶつぶつ言う導師は、それでも、ショウたちがそばにいるのを許してくれた。
「いざという時は」
導師の言葉に、何度も言われたことを繰り返す。
「建物にぶつかりながらだと移動するのが遅くなるから、道をジグザグしながら建物の間を逃げること」
「子どもたちだけではないぞ。まったくなぜ治癒師や薬師がここに」
「いざとなったら、ショウやハル、それにリクを連れて逃げるためですよ。大人の責任です」
結局、導師の他に深森一行も、リクとサイラスも、そして数人の治癒師と薬師がいる。
計画が変更になったから、リクの手助けがいらなくなったと告げる導師に、リクは必死で言いつのった。
「ショウとハルが頑張るのを、俺だけ見てるというなら、この世界に転生したことを一生後悔して生きることになります。俺、状況を冷静に見て、いざというときは引きずってでもショウとハルを連れて逃げるから!」
「私もです。どうかリクと共にそばにいさせてください」
こうして一行は、町の入口のあたりにある一番大きい店の二階に陣取りながら、アンファ方面の草原を順番に見張りながら、のんきにおしゃべりをしているのだ。
「予測通りなら、明日の昼前と言うところですから、今日は何もないですかねえ」
おそらく何もないとはみんな思っているのだ。あと三時間もあれば日は暮れる。夜の間は、基本的には魔物は動かない。
「待て」
誰も動いていないのに、なぜこういうときは待てと言ってしまうのか。
窓から草原を見張っていた薬師が、緊張した声を上げた。
「何か来る。なんだ。草原を見ているはずなのに、草原よりやや上。鳥、か。並んで、二羽」
「見せてみなさい」
導師が立ち上がり、窓から外を見た。
「来た。やはり最後に力を振り絞ったようだな」
導師は腰のポーチから、鞘ごとすっと長い剣を取り出し、剣帯に納めた。
「まっすぐこちらを目指している。打ち合わせ通り、皆は早く逃げろ」
そう言い残すと、すたすたと階段を下りて、静かに建物を出た。誰も止める暇もなかった。
ショウは窓に駆け寄り、必死で草原のほうを見た。こちらに転生してから、目はよくなっているし、なんなら狩人暮らしのおかげで、遠くの物もよく見えるようになっている。
「ほんとだ。あれがアカバネザウルスかどうかはわからないけれど、確かに二体、こっちに来てる。あ、導師が町の外に出る!」
ショウたちが戸惑っている間に、導師は一人でさっさと草原に出てしまった。
「よし、ではショウとハルとリクは避難だ。俺たちは導師が怪我をした時のために残る」
「ええ?」
ショウは驚いて振り返ったが、大人たちはすでに相談して決めていたらしい。
ショウはハルとリクと一瞬目を合わせると、おとなしくエドガーの後をついて階段を下りた。
「あれ、サイラス、お前こそついていかないのか」
「いや、今行く。あんまり素直に降りて行ったから、戸惑ってしまって」
「確かに」
残った治癒師はおかしそうに口元を緩めたが、窓の外の導師から目は離さなかった。導師に何かあったら、すぐに駆け付ける。そういう覚悟だ。
「特にショウは、絶対一言言うと思ったが。あ」
「あ?」
「やりやがった。やっぱりおとなしすぎたんだ」
サイラスは急いで窓から外をのぞいた。
三人の子どもたちが導師の後を追いかけるように走っていく。
「そんなことだろうと思ったよ。じゃあ俺も」
「ああ」
残った治癒師も薬師も、半分は子どもたちの目付け役だった。彼らは彼らで、導師や深森一行を外したメンバーで、この緊急事態にどうするかを話し合っていたのだ。
「なんで町の人と一緒に避難しないんだ」
戦わず避難しろと言っているくせに、自分はしない。それが一番の問題なのである。
「一番は、導師に薬を盛って、丸一日寝かせておくことなんだが」
「正直、そんな強い作用のある薬はない」
「次に導師を気絶させて」
「導師より強いやつはカナンにはいない」
「子どもたちを人質に取って」
「あの子たち、俺たちより強いし」
治癒師たちはため息をついた。
「なんで深森一行はあんなに意志が強くて行動的なんだ。俺たち、散々助けられて、今回だって避難計画まで導師が立ててくださったんだぞ。それなのに、なんで最後に彼らだけが危ない目に遭おうとする? 四人とも、立ち向かうのがまるで当たり前のことみたいに」
「いや、深森の四人だけじゃない。おそらくリクもついていく」
「サイラス、お前親として止められないのかよ」
「一三歳の男が、そうしたいと決めたら、閉じ込めようがどうしようが抜け出して結局はやるだろう。町のため、女の子のためという大義があればなおさらな」
サイラスは仕方がないだろうというように手を広げている。
「導師が決めたことは止められない。導師を追いかける子どもたちを、俺たちが追いかけていざというときは力づくで止める、それしかないな」
「いざというときの判断が難しいな」
そして実際、導師はさっさと行動し、案の定子どもたちはそれを追いかけ、それを陰から見守るカナンの町の人と言う構図になっている。
「俺は建物から状況を観察し、記録に残す係だが、何もできないのはつらいな……」
建物に残り、観察し、指示を出す人、その指示をもって走る伝令、導師を観察し守る組、子どもたちを見守る組と、細かく担当が分かれている。
「おや、魔物が一旦止まったぞ」
かなり町に近づいたところで、魔物は草原に降りた。魔物の後ろを見ても、狩人の影も形もない。
「あの速さだ。今日一日あの速さで飛んでこられたら、間に合うわけがない。さて、このまま止まってくれないだろうか。」
見張り役の願いもむなしく、いったん休んでいた魔物は、今度は明らかに町の方向を向いた。
「まずい! 完全に町に向かっている。町のみんなと、導師たちに連絡!」
「わかった!」
自分はぎりぎりまでこの建物で見張る。そして必要なら治癒に回る。見張り役は、遠目にも赤く見える魔物を、じっと睨んだ。
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