そのころのファルコとレオン1
「いい加減にしゃっきりしろよ」
御者席の隣で、手伝うわけでもなく話すでもなくただぼんやりしているファルコに、レオンはあきれたように声をかけてきた。
「レオンは何ともないのかよ」
「俺はまあな。ハルとは信頼関係を築いてるから。離れていても大丈夫だ」
ファルコは胡散臭そうな顔で隣のレオンをちらりと見た。
「仲良くしたくても距離を詰められないヘタレのくせに」
「ファルコにだけは言われたくない」
不毛な争いである。ついこの間まで、馬車にはショウとハルの明るい声があふれていたのに、今はレオンと自分だけ。そう思うと、なんだか力が入らないファルコだった。
「導師のこと忘れてるぞー」
「導師はまあ、あれだから」
父親が身近にいなかったファルコに、社会とはどういうものか叩きこんだのは導師である。気ままなライラと旅をしていると、常識には疎くなる。昔は頭が上がらず煙たいだけだったが、今はショウをめでる同志として何となく同じ立場になったので、導師はいてもいなくてもいいという感じだ。
「あーあ、導師、その程度の扱いか。かわいそうに」
「いいんだ。導師だってショウとハルがそばにいれば、俺がいてもいなくてもどうでもいいんだから」
「確かになあ」
導師は、近寄りがたい雰囲気があるからあれだが、とても子ども好きだ。癒しの適性があるからというのもあるが、子どもたちの基礎教育を担うのが教会だからという理由で治癒師になったのではないかとファルコはひそかに思っている。
「子どもがあんなにかわいいものだとは思ってもみなかったよな。ショウを拾ってよかった」
「お前、ショウをどんぐりか何かみたいに言うなよ」
ショウがいないと思うと元気が出ないが、ショウのかわいらしさを思い出すと元気が出る。
「よし、じゃあ順番にショウのかわいいところを上げていかないか」
「却下。恥ずかしい奴だな。どう考えても、ショウに冷たい目で見られるだろ」
「ちぇ」
ファルコはまたつまらなそうに草原を見た。
「なんで俺、岩洞に行くなんて言っちゃったんだろ」
「そりゃあファルコ、そっちの方がかっこいいからだろ」
「だよなあ。カッコよさでなくて、実利を取るべきだったか」
「実利?」
「子どものそばにいて見守るという実利」
「でもなあ」
ファルコもレオンもわかっている。
正直、岩洞や平原が、魔物で困ってもたいして気になったりはしない。
だが、岩洞で問題が深刻になり、そのせいで狩りの手助けに来る北の町の狩人たちが怪我をしたりするのは嫌なのだ。
もちろん、そうなったらショウが悲しむというのも理由ではある。
それはレオンも同じように感じているようだ。
「今まではさ、自分のしたいことをして自由にやってきたのに、最近はハルにかっこいいと思われることをしたいと思うんだよな。それって全然自由じゃないんだが、でも嫌じゃなくてさ」
「そうだな。ショウがいなくても、ショウがいたらどう思うかって、そう考えて生きているような気がする」
それが楽しいのだが、現に今、ショウはいない。ファルコはまたぐったりと座席にもたれかかった。
「また最初に戻ってるぞファルコ。やれやれ。もう少し急ぐか」
無理はさせられないが、馬にはもう少し頑張ってもらおう。レオンは馬車をほんの少し急がせた。
深森に帰るにしろ、岩洞に向かうにしろ、いずれにしろアンファの町には寄らなければならない。
「おや、あの小さい治癒師さんたちはどうしたんだい?」
宿の親父に不思議そうにされたが、
「ショウとハルは、もともとカナンの仕事の手伝いで来たからな。俺たちは護衛でついてきたんだが、カナンでの仕事にしばらく時間がかかりそうだから、岩洞で狩りの仕事をしてくるつもりだ」
「確かに平原じゃあ、あんたらの仕事はなさそうだからなあ。けど、お嬢ちゃんたちは心配だなあ」
「心配?」
平原には魔物の心配はない。もしこないだのような大発生があってもハネオオトカゲくらいなら、ショウとハルで対処できる。
「ほら、アンファも平原では田舎だろ。田舎者が大きな町に行くと、馬鹿にされたりとか意地悪されたりとかいろいろあるだろ」
「そんなことは……」
レオンは虚を突かれた。そんなことは考えてもみなかったからだ。
「大丈夫だ。うちのショウは、そういうのに負けたりしないからな」
むしろファルコはなんでそんなに自信満々なのかということだ。
「北の町にもあっという間になじんだろ」
「そういえばそうだったなあ」
「ハルはショウがいれば大丈夫だろ」
「だな」
気楽な二人に宿の親父も肩をすくめた。
「それならいいんだがな。いい子ほど我慢してしまうから気を付けてやれよ」
「ああ、ありがとう」
結局は、早く仕事を片付けてショウとハルのもとに戻るに限るのだ。
「急ぐか」
「それしかないな」
二人は、アンファを出ると急いで岩洞の国境の町に向かったのだった。
そうして旅をして、岩洞の国境の町に着いたのは、それでも二週間ほどかかっただろうか。
馬車ではなく、馬で急げば一週間で来られたかもしれないが、そこまで急ぐ理由もなかった。
しかし、国境の町はいつもとは違っていた。
「南から回り込んだせいか」
レオンは驚いて町を眺めた。
「いや、違う。まるで真夏の狩りの時期のようなにぎわいじゃねえか」
「しかもショウと初めて一緒に来たときとおんなじだ。まるで人手が足りていないという雰囲気だな」
西のこの地方にも、もう春はとっくに来ていた。しかし、狩人でにぎわい始めるのは初夏からのはずだ。
「ガイウスが想定していた一番面倒なシナリオになったってことか。まさかまだ来ていないとは思うが、ファルコ、まず北の町の野営地に行ってみるか」
「慎重なガイウスが、北の町の守りを薄くしてまでここに狩人を派遣するとは思えないんだがな」
レオンの提案に、ファルコは首を傾げながらも頷き、野営地に向かった。
「来てたな」
野営地には小規模ながら、キャンプができていた。昼の時間なので、狩りに出ているのだろう。キャンプには誰もいない。思わずつぶやいたファルコに、レオンが肩をすくめた。
「そうだな。じゃあ、宿じゃなくてこっちに来るか。おそらく宿はいっぱいだろうしな」
「どのみちショウはいないんだし、どっちでも同じだ」
「ファルコ」
馬鹿なことを言うなとレオンはファルコをからかおうとしたが、早起きのショウとハルが、布団をかけなおしてくれたりすることがないと思うと、確かにやる気は落ちるのだった。
「それでも仕方がないよな。狩りの様子も気になるが、馬と馬車を預けて、とりあえず教会に行ってみるか。狩人が来てるってことは、北の町から治癒師も派遣されてるってことだろ」
「導師ならそのくらいの手は打ってあるだろうな」
町はいつものようなにぎわいで、いつもならそんなことを気にも留めないファルコなのだが、露店にあるアクセサリーなどにふらふらと引き寄せられている。
「おい、それは後でだ。まず教会」
「ショウ……」
「だめだ、こりゃ」
レオンは苦笑しながらファルコを教会に引っ張っていった。




