ガーシュなりに考えてる
「ガーシュが言ってたことは本気じゃなかったってこと?」
なんであんな奴をかばうんだろう。ショウにはハルとリクの言っていることはよくわからなかった。
「ちょっと違くて」
リクはどう説明しようか少し悩んでいるようだった。
「あいつ、親が貧しいとか、服を繕ってるとか、おやつも食べられないとか、まして子どもがただ働きさせられてるとかなんて、一度も考えたこと、なかったんじゃないのかな」
「昨日聞いたことが、全部初めてのことだったってこと?」
「うん。それなのに、俺が怒ってつっかかったから、反論しやすいところから反論しただけ、のような気がするんだ」
ショウはリクとハルが、ガーシュのことをそんなにちゃんと考えていることに驚いた。
「いや、俺も学校に行って、ガーシュの様子を見て初めてそうかもしれないって思ったんだ」
「そうなの?」
「俺の予想では、昨日の出来事は、ガーシュの中ではあいつの勝ちだ。絶対勝ち誇ってくると思ってたんだけど」
そんな様子はなかったのだという。
「むしろ、いつになくまじめな顔をしてて」
いつもはどんな顔なんだよとショウは突っ込むところだった。
「午後の勉強が終わったら、いつも遊ぶ子たちとは別れて、あの三人の女の子たちと一緒に帰ったんだ」
「「ええ?」」
これにはショウだけでなくハルも驚いた。
「どうしたんだと思ったら、俺、導師に呼ばれてさ」
ここでやっと導師が出てきた。
「ガーシュがしばらく、あの子たちと同じ場所で見習いをすることになったから、俺も一緒に行けって」
「「はあ?」」
今日リクが来なかったのはこういうわけだった。
とんとんとドアを叩く音がして、三人ははっとした。
「私だ」
「セイン様だ」
ショウはちゃんと声を確かめてからドアを開いた。隣にサイラスもいる。
「リク、俺も来たぞ。そして残念だが、もう家に帰る時間だ」
「ちぇ。こういう時、確かに町に家があったら便利だと思うよ。俺、農場の子だしな」
リクは苦笑しながらサイラスと帰っていった。
導師は部屋を見渡して、椅子に目を止めるとそこにどっかりと座り込んだ。
「リクに聞いたか」
「ええと。少し様子を見ようと言われたところまでです。あと、リクがガーシュと一緒に昨日の話の女の子たちと一緒の職場で働くって」
「うむ。働いてみた様子は聞いてみたか」
「そこまでは」
聞こうと思ったところで帰る時間になったのだ。
「ふむ。昨日、ショウとハルから、大人の問題を聞いてな。治癒師の問題というわけではないので、町長に直接話を聞きに行こうと思ったのだ」
やはり導師は動いていてくれた。
「だが、私が動く前に町長から会いに来た。息子が幼いながらも、何かを考え、動こうとしているようだとな」
「ガーシュのことですか」
「そうだ」
それはさっきリクが言っていたことと矛盾しない。
「でも、それって、自分の子どもが大切だから、問題を先送りしようということじゃないんですか。町長ならなおさら」
「ふむ。そうとも言えるな」
導師は手を伸ばすと、ちょっと膨れているショウの肩をポンと叩いた。
「どうやら、町長は、町のいくつかの職場が、他の町から来た人を安く雇っていることは知っていたらしい。だが、子どもまで小遣いなしで作業させていたというのは知らなかったらしいぞ。昨日の話をしたら驚いていたからな」
「知らなかったんだ」
ショウはやっぱり怒りを隠せなかった。
「まあ、北の町には町長はいない。ガイウスがしぶしぶ代表の仕事をしているだけで、こちらもそれはそう変わるものではないんだろう。町長だからと言って、あれこれと口を出すことはできないそうだ。年少の手伝いに小遣いを出すことも、決まりではなく慣習だから、もしそれをしていなくても罪に問うことはできないと言っていたぞ」
「そんな」
「いやだったら子どもであっても断ればいいから、だそうだ」
ショウはうつむいた。でも、それで親が仕事を辞めさせられるかもしれないと思ったら、断れないではないか。
「ショウの考える通りだ。町長は、息子が突然、他の職場で見習いをしてみたいと言った時、いったいどうしたんだろうと思ったそうだ。ガーシュは、『おんなじ子どもなのに、知らないことがたくさんあるから』と言ったそうだ」
ショウはハルのほうを見た。ハルはゆっくりと頷いた。
とりあえず反論してみたけど、ゆっくり考えたら、自分が何にも知らないことに気づいた、だから行動してみようと思ったらしい。
「素直に、みんなを引き連れて薬草採取に来ればいいだけのことなのに」
「そうだな。せっかく子どものリーダーなんだから、そうしたら早かっただろうな」
導師は微笑んだ。ショウの言う通りなのだ。
「町長はガーシュに許可を出し、ザーウィンにも息子をしばらく働かせてくれとすぐに頼んだらしい。そして、息子がそうなった原因は、深森一行だろうと見当をつけて、私のところに話を聞きに来たらしい」
さすが、町の代表、そういうところは判断が早い。
「今の治癒の状況、薬師がやるべきこと、町にやってほしいこと、子どもたちに薬草採取の協力をしてほしいが、親も子も人ごとであることなど、ガーシュのことは後回しにして全部話はしてきた。もちろん、昨日の話もな。町長として一番かかわりが大きい問題がそれだと思ったからな」
「ありがとうございます」
ほんの少し安心した。
「なあ、ショウ、ハル。カナンに来てから本当に歩みが遅い。正直に言って苛立つことも多い。だが、私たちはやがてここから去っていく。去った後のことまでは、責任は持てないんだ」
「わかります。ハルの時と違って、一人を連れて帰ればいいということでもないし」
ショウはハルを見、ハルはにこりとし、導師に確認した。
「時間がかかっても、この町の人で解決するべき問題もあるということですよね」
「その通りだ。自信はないが」
導師はまじめな顔をふっと崩した。
「良い知らせもある。サイラスが町の外のほうを中心に回ってくれてな、普段町に来ない人たちに、試しの儀をするよう勧めてくれているそうだ。もちろん、スライム狩りや薬草採取についてもな」
「ほんとなら嬉しいな」
ショウは少しだけほっとしたが、同時に、サイラスが回らなければ町の外の人たちには伝わらなかったのかとがっかりもした。
「リクもカナンの子だ。しばらくガーシュと行動することで、見えてくることもあるだろうと思う」
「わかりました。明日からはハルと二人で頑張ります」
「頼むな。ああ、今日は私もこちらで眠りたい」
「導師ったら、エドガーがびっくりしますよ」
ショウとハルはくすくす笑いながら、導師を部屋から送り出したのだった。
明日から何かが変わるかもしれないという希望で、今まで感じていた徒労感が消えてしまったかのようだった。
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