いよいよ北の町へ
ジーナのほかにも薬師の人や、ギルドの人が来たりしたが、ショウにはあまり関係なかったので、ショウはレオンと導師が来るのが楽しみだった。
結局、薬草とトカゲで週に1万余計に稼ぎ、11月の半ばから12、13、1月と2月の半ばまで北の森の小屋にいたので、およそ4ヵ月間、ひと月40万ずつ、全部で160万稼いだことになる。北の森がいかに魔物が多いかということでもあった。もちろんショウでそれなのだから、ファルコの稼ぎはとんでもなかった。
そんなノルマだらけの小屋暮らしだったが、魔物が減り始め、ついに町に戻れる日が来た。荷物はそう多くない。ファルコに買ってもらった着替えと、お気に入りの黄緑の上着と、箸とスライム用の棒だ。それをまとめていると、
「ショウ、その釣竿、いや棒なんて必要か?」
「町にこれほど長い木の枝があるかわからないもん」
「んー、たぶんある、がすぐには使えないかもしれないからいいか」
ということで、馬車に荷物をまとめ、御者台のレオンとファルコの間に挟まって出発した。町は、単に北の森のふもとの北の町と言われていて、深森の最北端だそうだ。
「でも冬はそんなに寒くなかったよ」
「雪もめったに降らねえな。寒いのはむしろ西寄りの山側か。森に守られて案外あったかいんだよ」
少しずつまばらになる木々を抜けて町に向かう。馬車が揺れて少しお尻が痛いけど、春の気配のする森は楽しかった。
「あー、ショウ」
「なに? レオン」
「先に言っとくが、びっくりするなよ」
「何に?」
「んー、北の森に誰も狩人がいないとな、北の町にかなり魔物が下りてきて、けっこうな被害があるんだよ。今年はファルコ一人だったろ。実はかなり危険でな?」
「小屋は大丈夫だったのに」
「森で一人になった時が怖いんだよ。断っても誰も責めなかったろうが、それでも森に入ってくれたファルコはまあ、町の人気者ってわけだ」
「すごいね」
ファルコのほうを尊敬のまなざしで見ると、ファルコはそっぽを向いていた。
「いまさら照れる年じゃないだろ。ショウが聞いてるからか? まあ、そういうわけで、普段でも北の森から帰ってくる狩人は歓迎されるんだが、今年はもっとだと思う」
「というと?」
「結構な人がファルコの迎えに出てるだろうなってこと」
「じゃあ、後ろのほうにいるね」
「ん、そのほうが危なくないかもな」
「ねえファルコ、町ではどこに住むの?」
「今までは宿屋暮らしだったんだけどな。ショウも来たことだし、思い切って家を買ってもいいんだが、まずはしばらくはジーナの宿屋に泊まろうと思う。ご飯も風呂もあるしな」
北の森だけでなく、町にも温泉がわいていて、大きい施設にはお風呂が必ずあるのだという。
「家を買うなら温泉付きにしような」
「うん! ジーナ、料理の手伝いさせてくれるかな」
「ショウの手伝いなら助かるんじゃねえのか、大歓迎だろう」
そんな話をしているうちに町に近づいてきた。わあ、いるいる。ショウはちょっと緊張してきた。
感謝の歓声が上がる中、ファルコが馬車から下りるとさっそく人に取り囲まれている。さあ、そのすきに下りてしまおう。
「ショウ」
「セイン様!」
導師が迎えに来てくれていた。急いで導師のところに向かうと、導師はショウをさっと抱き上げて、
「道中何もなかったか」
と優しく聞いた。
「うん、春の気配がして楽しかった」
にこにこしてそう話していると、
「何だあいつ」
「もう10歳くらいだろ、抱っこなんて恥ずかしくないのか」
「なさけねー」
「導師に抱っこなんてうらやまし、いや、恥ずかしいよなー」
と聞こえてきた。なんだ。抱っこされたまま振り返ると、そこには子どもたちがいた。女の子は2グループくらい、みんな髪を伸ばしていて、ズボンに少し長めのチュニックを着ている。あれ、私のチュニック短い。これ、男の子用か。ショウは少しがっかりした。今度はあれを買ってもらおう。ショウの持っている服より色鮮やかだ。小さくなったっておしゃれは大事だ。
「何だよお前、こっち見ろよ」
そっちは男の子たちのグループだった。さっき悪口を言っていた子たちだ。たぶん10歳くらいから13、4歳くらいまで、こちらもゆるく2グループに分かれているようだ。
「やめろ、来たばかりなんだぞ」
「なんだよ、いい子ぶって。お前、ファルコの養い児なんだってな。そんな甘ったれで狩人なんかなれんのかよ」
年かさの1人が止め、もう一人がショウに突っかかってきた。ショウはため息をついた。10歳で抱っこなんておかしいと思ってた。ファルコもレオンも、もしかすると導師も共謀していたに違いない。
「セイン様、下ろしてください」
そんな悲しい顔をしてもダメです。ショウはそっと下ろしてもらった。
そして突っかかってきた男の子のほうに向かう。頭一つ分、いや、もっと大きい。
「別に甘ったれてないし。狩人になるって決めたわけじゃないし」
ショウは言い返してやった。大人げないって? はい、10歳ですから。男の子は言い返されるとは思わなかったのだろう。
「なんだよ、生意気だな!」
と言って小さいショウを突き飛ばした。いきなりの洗礼だ! さすがに周りもシン、とした。明らかにやり過ぎだ。突き飛ばされて地面に転がったショウは、静かに立ち上がった。男の子を一瞬にらみつけると、荷物に向かう。おもむろにスライムの棒をつかんだ。
「な、なんだよ」
ちょっと引いている男の子のひざ下を狙って打つ。
「な、いて、おい、やめろ!」
まさか反撃するとは思っていなかった周りの人たちもあっけにとられて手が出せない中、ショウはピシピシ棒で叩いて男の子を追いかけまわした。ショウは知っている。男の子は小さくても力関係に厳しい。ここでなめられたら、ショウの北の町ライフは下っ端決定だ。女の子のグループに入ればいいだけなのだが、その時のショウはけっこう怒っていて冷静さを欠いていた。
「ひきょうだぞ、武器を使うなんて!」
そう言われてショウも言い返した。
「大きい子が小さい子を突き飛ばすのだってひきょうだもん。先にやったほうが悪い!」
「なっ」
「それもそうだな」
「だな」
周りの子もショウの肩を持ち始めたところで、さっきの男の子が仲介に入った。
「カインが悪い。わかってるだろ、謝れ」
「……ごめん」
ショウはふんっ、と鼻息を吐いて言った。
「いいよ、もう」
そこに他の子が入ってきた。
「な、おまえ、けっこうやるな。これからよろしくな」
「おれも!」
「おれも!」
ショウはもみくちゃにされた。カインがきっかけだったが、町の男の子には認められたようだ。いいのか、ショウ、それで。
「ショウはさっそく友だちができたようだな」
「さすが俺のショウ」
「違うだろ。割と無表情で馴染めないかと心配してたが、やるときはやるな、あいつ」
人垣をなんとか抜け出してショウを見ているレオンとファルコだった。がすぐに囲まれた。今度は若い女の人たちだ。
「ねえ、せっかく戻って来たんだから、今日は遊びましょうよ」
キャーキャー言っている。それはショウの耳にも届いた。はあ? 遊ぶ? ショウはぐるりとファルコのほうに振り返った。