エドガー語る
「そもそも薬師は、導師の恩情でここに派遣されたわけですよ。導師の準備が思いの他かかって出発が遅れているから、少しでも早く怪我をしている人に何かしてあげたいという。そうじゃないですか」
ダン、とエールのカップが部屋のテーブルの上に叩きつけられた。
これを見越して大きな部屋を取ってもらったので、四人くらいは座れるテーブルが部屋にある。
導師と、ファルコとレオン、それにエドガーがそのテーブルを囲んでいる。
ショウとハルは、二つあるベッドの片方にちょこんと座り込んでそれを眺めていた。
自分たちはいなくてもいいかと思ったのだが、薬師の活動なら、ファルコやレオンより自分たちのほうがずっとかかわりがあるので、聞いていたほうがいいと思ったのだ。
アンファの町で自分たちが経験したことは、あの町だけのことではないと思っていた。あの危機感のなさは、平原全体の問題なのだろう。
「そうだな」
なるほどなとうなずきながら、レオンがピッチャーからエールのお代わりをついであげている。
「それなのに、まず薬師は呼んでないと来た。導師から、少しでも怪我人が減るように、ポーションを作る手伝いに派遣されたと言ったら、教会から薬師ギルドに丸投げですよ。教会でなく薬師ギルドに行くのはまあ、いいんです。ところが、薬師ギルドが、そもそも薬草がないのにポーションを作る手伝いなどいらないと言い出して」
エドガーは一気にしゃべり切った。
「では薬草を探す手伝いをしましょうといえば、薬草などそれほど生えていないという。それならばと薬草を見つけてくれば、薬草を探しながらポーションを作ることなどできないと。深森では薬草は子どもが探していますと言えば、深森は子どもをそんなに働かせているのかと眉を顰められる」
深森ではお小遣いにもなるし、何より仕事をしているという感覚は年少にとってとても誇らしいものだった。もちろん、薬草を採りたくない子どもに強制することはない。
それでも、暇を見て遊ぶ時間などいくらでもあったし、なんなら薬草採りやスライム狩り自体が遊びだった。
「それなら子どもたちに直接頼もうと思って。ほら、深森では子どもに直接頼むだろう」
エドガーはベッドに座って話を聞いていたショウとハルに話を振った。
「そうだね。いつもより多めに採ってきてくれとか、いつもより多めに採ってきてくれとか」
それしか頼まれていないというショウの返事にエドガーは眉を下げた。
「だって、深森でだってポーションはいくらでも必要なんだぜ。特に夏の狩りに行く前はな」
確かに、夏の狩りには薬師もついてきてくれたけれど、移動中に作るわけにはいかないし、前もってたくさん作っておくしかないのはショウも知っている。
「だけどな、ここの年少さんは厳しくてな……」
エドガーはがっくりと首を落とした。
「そうなの? アンファまで来てくれたリクは、むしろおっとりしてたけど」
「そういうあれじゃなくてな、つまりさ、『なんで私たちがそんなことをしなくてはならないの?』『働くなんて、大人になってからすることだろう』って、言い返されてみろよ」
それは心が折れるだろう。
「でも、リクとサイラスは、女の子でもトカゲをとる子はいるし、スライム狩りをする男の子もいるって言ってたよ」
「少なくとも、町をうろうろしている子にはいなかったなあ。せめてもの救いは、町のみんなが俺が深森から来た薬師だってわかってて、不審者扱いされなかったことくらいかなあ」
それは気の毒なことだと思ったショウは、ハルと顔を合わせてうなずいた。
「導師、私たち」
「ああ。エドガーの手伝いに回ってくれ。ただし、上からも言ってもらう必要があるから、明日からはしばらくエドガーも私たちと一緒に行動してくれないか。教会と薬師ギルドの考えがずれていては、町の治癒が効率的には動かないだろう。まずはそこからだ」
導師は招かれてきたのだから、そこは強く言う権利はあるはずだ。
「深森の北の町よりこの町はずっと大きいから、リクが子供全部を把握しているとも思えないんだよね。住んでるところ、町の中じゃないって言ってたし。ねえ、エドガー」
「なんだ、ショウ」
「子どもたちに声をかけたって言ってたけど、どこでかけたの?」
エドガーはどうしてそんなことを聞くのかという顔をした。
「薬師ギルドのそば。町中で、子どもがたくさん集まっているところだ」
まあ、深森でも年少はいったんは集まるから、そこで声掛けすることが悪いわけではない。
「町の子なんだよ」
「町の子?」
「私ね、夏の狩りに参加した最初の年、岩洞の町で、年少さんに薬草採りを教えたの」
「あの時か。すごく助かったのを覚えているよ」
ショウはにこっとした。
「あの町の子供たちもね、怖がって全然、薬草を採ろうとしなかったの」
「怖い?」
「スライムが」
「へえ。男の子もか?」
ショウはうなずいた。
「スライムを見たことない子もいた。裕福な町の子はね、勉強したり遊んだりしていればよくて、スライムを狩ろうと思ったり、家の人のためにトカゲの肉を持って帰りたいと思ったりしないんだよ」
「それでか……」
エドガーは腕を組んで天井を見た。もうエールは飲んでいない。
「女の子はね、スライムさえ何とかなれば、薬草を採るのもトカゲを狩るのもけっこうやってくれるんだよ。だけど男の子はね……」
ショウも腕を組んだ。
「狩りをするのがかっこいい、面白いって何とか思ってもらわないと、動かないかもね」
厄介なことになってきた気がする。
「私もアンファでちょっと覚悟を決めてきたんだ」
「覚悟?」
エドガーの言葉にうなずくと、ショウはハルを見た。
「治癒に関するあれこれを、するもしないもその町次第。やらなくて損をするのはカナンの町なんだから。ある程度はやるけど、おせっかいはそこまで」
きっぱり言い切ったショウに、エドガーはちょっと首を傾げた。ショウはむしろ、普段はおせっかいなくらいに世話焼きなのにと不思議に思ったのだろう。
「ショウ、お前、アンファの町で相当苦労したな」
「わかる? 主に町の薬師のせいだけどね」
みんながやれやれという顔をした。
そこにハルがぴょんとベッドから降りてきた。そしてポーチをごそごそして、何かをテーブルに並べ始めた。
それを見てショウがお茶の用意を始める。
「さ、寝る前になんだけど、これ」
ハルが出したのは深森の焼き菓子だ。
「木の実がいっぱいの奴だよ。はい」
「これ、こっちには売ってないんだよ。ありがとう」
エドガーが嬉しそうにほおばる。どこの料理もおいしいけれど、いつも食べているものも安心するものだ。
「ハル」
「もちろん、導師にも。はい」
「うむ」
明日から、またお仕事が始まる。心をすっきりさせておかないと。
「ショウ」
黙って話を聞いていたファルコがショウに声をかけた。
「なあに?」
「今日は部屋は俺と一緒だ。話をしないと」
そうだった。ファルコの話が残っていたのだ。
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