北の町では
「いくら何でも早すぎる。まだ春になったばかりだぞ」
ガイウスは難しい顔で腕を組んだ。
「もちろん、そのことについては我々もわかっています。無茶をお願いしているということも」
ガイウスが話しているのは、岩洞からの使者である。
夏の狩りは、北の町の年中行事のようなものだ。夏に岩洞で大発生するクロイワトカゲの狩りに参加するため、行き帰りも含めおよそ二か月の旅になる。
狩人の町として名高い北の町だが、主だった狩人が参加する、規模の大きい行事だ。北の森は夏には魔物が少ないので、いい出稼ぎにもなる。
しかし、それは星祭りが終わってから、つまり夏になってからのことだ。春になったばかりのこの時期に狩りの要請が来るのも異例のことだし、少なくなってきたとはいえ夏よりはずっと魔物の数も多い。
「さらに、今年も必ず北の町の導師と見習いの皆さんをお連れくださいとも言付かっておりますが」
「導師は平原からの依頼を受けて夏まで帰ってこない。この町でも治癒師は必要だから、そうそう他の町に出すわけにもいかないのは当然わかるだろう」
「そんな。あの小さな治癒師さんもですか」
「導師と一緒だ。それに、力があるとは言え年少組の子どもだ。導師がいない以上、子どもだけ派遣するわけにはいかないのはわかっているだろう」
だいたいどこの町も導師に頼りすぎなのだ。深森については、どの町も導師から新しい治癒の技を学ぼうと自分から深森にやってくるというのに、平原にしろ岩洞にしろ導師を呼びつけようとするばかりで、厚かましすぎる。
ましてショウだけでも呼びつけようとするなんてどういうことだとガイウスはイライラした。導師に連れられて行った最初の年から大活躍だったショウは、岩洞のあの町では、子どもから大人にまで大変な人気者なのだが、だからといって保護者なしで行かせる訳にはいかないのは当然のことだ。
「言っちゃあなんだが、こんな北の町に依頼を出してる場合じゃなくて、領主に訴えたほうがいい案件だろう、これは」
「もちろんです。岩洞の我らの町でクロイワトカゲを抑えきれなかったら、一〇〇年前の大災害の繰り返しになってしまう。魔物の数が尋常ではないという時点で、岩洞はもちろん、被害が行くかもしれない平原にも、狩人の助けを借りる深森にも、訴えは出してあります」
「ふむ。それならなぜ動きがない」
ガイウスは疑問に思った。
ここ数年、魔物の数が増え続けているのは感じていたが、今年の冬は、優秀で慎重な狩人であるライラが怪我をするほどに北の森でも魔物が増えた。
たった四年前は、ファルコ一人で何とかしのげた北の森が、五人の優秀な狩人でも怪我人が出るほどに魔物が増えたのだ。
もちろん、当時のファルコには守るものがなくて、一人で何人分でももくもくと狩りをしていたからできたことだ。今のファルコは、優秀な狩人だが無理をしなくなった。だがそれでいい。ただでさえ危険な狩人は、慎重でいるくらいでちょうどいいのだ。
もともと深森は狩人の国だから、町というものは単なる拠点であり、移動にためらわないことが多い。そのせいか、平原のように町長というものを置いているところは多くない。北の町もその通りで、その時に影響力の大きい狩人が代表をやり、面倒なことを肩代わりしている。
領主もしかりで、これは代々一つの家系が担っているが、深森については、領全体で対策を取るべき時か、四領すべてがかかわる問題の時以外はほとんど動かない。
そして北の町の代表はつまりガイウスである。仕方がないから、今年の冬が終わった時に、この数年の魔物の増加について領主に警告を出しておいた。
その時に導師も、治癒師の増加の必要性を提言していたはずだ。
「まあ、俺が警告を出してから一ヶ月、あんたたちの町が警告を出したばかり、領主たちもまだ様子見をしているということか。そんな猶予があるといいが」
「それはそうなんです。本当に切羽詰まった状況で。北の町も何とかなりませんか」
「ならねえな」
ガイウスはにべもなく断った。
もちろん、狩人個人で岩洞に行く分にはかまわない。しかし、北の町がこれほど頼りにされるのは、個人の力だけでなく、北の町の狩人が集団戦に優れているからでもある。夏までの覚悟と訓練なしに岩洞に行くのはガイウスも避けたい事態だった。
少しざわついていたジーナの宿の食堂が、その時少し静かになった。
どんな大事な使者でも、町長の屋敷などない北の町では、ジーナの宿か教会かでもてなすしかない。皆興味津々で話を聞いていたところだったのだ。
「ガイウス」
声をかけたのは成人したばかりのリックだ。深森の優秀な治癒師である。
「リックか。アルフィも。今大事な話なんだが。どうした」
「おお、そちらはもう一人の小さい治癒師殿ではありませんか」
使者の言葉にアルフィは苦笑した。見習いになってもアルフィはあまり背が伸びず、筋肉も付かず、どちらかと言うと小柄なままであった。それもあってショウと共に未だに小さい治癒師と呼ばれているのが不本意ではあった。
「岩洞から使者が来たと聞きまして」
リックは落ち着いた様子で話し始めた。
「もしかして今年の狩りは早まるかもしれないからと、導師には言い含められていました。北の町の治癒師に依頼があるかもしれないと」
「チッ」
ガイウスは行儀悪く舌打ちした。
せっかく自分が、北の町をいい状態で保っておこうとしているのに、教会が、というよりも導師がそれを台無しにしようとしていると感じたからだ。
あの人は、すぐに大勢のことを考えたがるが、そもそもは北の町の治癒師なのだから、北の町を優先してくれてもいいのではないか。
「ガイウス、導師は昨年の秋からこの町で少しでも力のあるものには治癒の技を発揮できるようにと活動してきました。その結果、大人ですが見習いレベルの治癒師や、治癒師候補の子どもが増えたことはご存知のはずです。それにもともと北の森は治癒師が多い」
実はガイウスも導師に言われていたのだ。夏の狩りの要請が早くなるかもしれないということは。
「狩人こそ鍛錬のたまもの。そう簡単に人数を増やせないことはわかっている。早く来いと言われても、そう簡単に行けるものではない。しかし、幸い治癒師はわずかながら人数が増えている。治癒師の要請が来たら、教会と相談してほしい」
だが、送るかどうかは任せると、そう厄介な判断のみ任されたのだ。めんどくせえ。
「正規の治癒師は当然北の町に残すとして、成人したばかりの私と、見習いではありますが夏の狩りに慣れたアルフィとの二人だけでよければ、岩洞に派遣してもかまわないと言われてきました。もちろん、ガイウスが許可を出せばですが」
リックまでこんな言い方をするので、ガイウスはますますうんざりした。自分が悪者のようではないか。そんなに言うならむしろ悪者に徹しようかなどと町の代表とは思えないことを考えていたら、またドアが開いて、今度こそ食堂が静かになった。
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