転生って白い部屋でしょ
4月の終わり、そしてゴールデンウィークの始まり、その日も翔子は疲れていた。座れない電車のドアにもたれながら、ため息をついた。
社会人になって5年目に入った。1年浪人して4月生まれだから28歳になる。入社ほやほやで24歳になった翔子に母は、
「あら、翔子も来年は25歳?四捨五入してアラサーね」
と言った。がく然としたが4年たってもアラサーのままだし、あと5年してもアラサーのままだ。それを思い出して、ドアに持たれたままクスッと笑った。
そして今年から、翔子はフロアーマネージャーになった。翔子のいる会社は家具の会社だが、半年から1年ごとの転勤で、それに耐えられたものは早くからマネージャーになることができる。ていのいい中間管理職で、やりがいはあるが負担も大きかった。客からのクレーム、先輩の平社員からの突き上げ、忙しくて疎遠になっている彼氏、
「あーあ、はやく帰って休みたい……」
という翔子の願いは、ある意味すぐかなった。翔子の乗った電車はスピードの出しすぎで、カーブを曲がりきれず脱線、乗客は全員亡くなったからだ。
倒れた自分に飛んできた人を見たのが最後だったと思う、では翔子はなぜ今ここにいるのだろう。
なにもない白い部屋には、翔子のように呆然とした30代のサラリーマンと、翔子と同じ年頃のおとなしそうな女性が座りこんでいる。3人はなんとなく集まった。どういうことか話し合おうとした時、女性の声が響いた。
「あなた方は事故で亡くなりました。希望すれば私の世界で生き直すことができます」
そこには白い服を着た美しい女性がたたずんでいた。
「異世界転生……まさか女神?」
思わず口にした男性に、
「その通りです」
と女神は微笑んだ。もう1人の女の人がすがる。
「戻れないのですか! 家族は……」
「戻れません。死んだのですから」
「死んだのならなぜ生き直すなどと言うのですか!」
男性が叫ぶ。
「毒にも薬にもならないからです」
「え……」
「毒にも薬にもならないからです、あなたがたは」
女神はため息をついて話し始めた。
「地球という世界は、ある意味神々の注目の的なのです。数万年という短い期間でここまで発展した世界はない。しかし、発展しすぎたのでしょう。地球の神は、あなた方を捨てたのです」
「神? 捨てた?」
「人間は、このままではあと20年もせず地球という世界をすべて巻き込み滅びるでしょう。それに嫌気がさしたのでしょうね」
「捨てたからって、それがどう関係がある?」
「管理者のいない地球は、今、魂の狩場になっているのです。各世界の神がこぞって魂を狩りに来ています。今生き残っている家族や友だちも、いずれ他の神に狩られます。かく言う私もその神の1人ですが」
女性はほほ笑んだ。
「電車12両分の魂、確かにいただきました」
「でも、3人しかここには」
おとなしそうな女性が周りを見ながら言った。
「残りの人はすべて私の世界の魂の原料になってもらいました」
「私たちは……」
「言ったでしょう。毒にも薬にもならないって。地球の人の魂は膨大なエネルギー量があります。正義に傾いても、欲望に傾いても極端な流れを生む。あなた方には、その傾きがない。このまま地球にいても、良くも悪くも影響はなかったということです。だから」
女性はほほ笑んだ。
「私の世界で生きることを許しましょう」
怒るべきなのだろう。まだ起きてもいないことの責任をなぜ地球の人が取らされている? それにこの女神に私たちは殺されたのだ。まして、毒にも薬にもならないなんて。しかし、翔子は疲れていた。何より大切な家族ですらいなくなるのであれば、地球に戻ってどうするというのだ。それに死んだのだし。それを察したかのように女神が言った。
「私の世界は剣と魔法の世界ですよ。魂を適合させると、およそ10歳くらいからのスタートになるでしょう。そこで転生するにあたって、3つだけ願いを叶えましょう」
なんで願いはいつも3つなのか。くだらないことを翔子は考えた。剣? 戦いたくない。魔法? 戦いたくない。翔子ははっと思いついた。
「そこには癒しの魔法はありますか」
「ありますよ」
「では、癒しの力を使えるように。そして健康で丈夫な体。あとは……」
「あと一つは?」
「自立するまで、助けてくれる人」
「……願いはなんでもよいのですよ」
女神は少し眉根を寄せてそう言った。1人で自活して生きていける。それが人として大切なこと。生きていければ、どう生きるのかは自由なのだから。そう思って翔子はちょっと自嘲した。忙しくて、自由なんかなかったな、と。
「薬にもならないって言われて悔しかったし。せめて人を癒して、自活してのんびり生きたいです」
「そう。よいでしょう」
女性は残りの二人の方を向いた。
「俺は、いや私は、本当は農業をしたかったんだ。だから生産に向いている能力を。あと健康で丈夫な体。自立するまで助けてくれる人」
「よいでしょう」
「私は! 今まで守られてばかりだったから! 魔法の力を! そして健康で丈夫な体と、自立するまで助けてくれる人」
「……よいでしょう。ではそれぞれ助けてくれる人のそばに転生させましょう。今度は長い人生を送れるように祈っています」
皮肉なの? 翔子たち3人は、なんとなく目を合わせ、そっと別れを告げた。やがて意識が遠のいていった。
「行ったか」
「ええ。そちらはどうでした」
女神は突然現れた男性に驚きもせず尋ねた。
「どうもこうも。毒にも薬にもならない魂を選んだはずなのにな。人の能力を奪うスキル。魔法の全属性。ハーレム。経験値アップ。美少女で。なんとも欲望にあふれた世界だよ、地球は」
「だから発展したのでしょうし。私の方はなんともささやかな願いでした」
「それは重畳」
翔子。戦いたくないと思った子。でもね、癒す必要があるのはケガ人なの。その選択が否応なしに戦いにつながってるってこと、きっと気がついていないわね。
毒にも薬にもならない事が、どんなに貴重なことか。輝かしい地球の魂が、私の世界に何をもたらすか。楽しみにしましょう。
女神はそっとほほ笑んだ。