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冬の女王と旅をする男

作者: とりのはね

むかしむかし、春の訪れがこなくて困っている国がありました。


この国には、春・夏・秋・冬、それぞれの季節を司る四人の女王がいました。女王たちは決められた期間、順番に季節の塔に入ることで、自分の季節を国にもたらすのです。


しかしその年、冬の女王が約束の時を過ぎても塔から出てこなかったのです。


国中が白銀に閉ざされ、雪はやむ気配を見せず、やがて人々は作物を育てることも、家畜を養うこともできなくなりました。


焦った国王は、春の女王を無理やり塔に送り込もうと、兵士たちを差し向けました。


けれど冬の女王は気配に気づき、塔の入り口を氷と雪で封じてしまいます。


兵士たちは雪に足を取られ、凍てつく扉に進むこともできず、やがて寒さに震えながら戻ってきました。


なぜ冬の女王は塔から出ようとしないのでしょう。


実は今、都を訪れていた吟遊詩人の歌声に、冬の女王は心を奪われていたのです。


冬の女王は、冷たく不毛な季節をもたらす存在として、長らく人々から嫌われてきました。


他の季節の女王たちのもとには、木苺のタルトや果実酒、パンプキンパイの差し入れがありましたが、彼女のもとには誰一人訪れず、贈り物も言葉も届きません。


女王はずっと独りぼっちでした。


だから、都の方角からときどき聞こえてくる吟遊詩人の歌声だけが、彼女の唯一の楽しみだったのです。


雪が解ければ彼は去ってしまう。だから、冬が終わるのを怖れていたのです。


「みんなみんな、大っ嫌いよ。このまま冬を終わらせたりなんかしない」


そうつぶやいた冬の女王の声に応じるように、冷たい風がビューッと吹き荒れ、塔はさらに厚い氷に閉ざされていきました。


もはや、この国に永遠の冬が訪れたのかと思われた頃。


ついに、あの吟遊詩人が塔を訪ねてきました。


「どうか、私を塔の中に入れてください」


吟遊詩人の言葉に、冬の女王は驚きました。彼女にとって、それは待ち望んだ声そのものだったからです。


かつて誰にも心を開かなかった女王でしたが、この時ばかりは特別でした。


ただ一つの条件として、歌声を聞かせてくれるなら、と塔の扉を開いたのです。


けれど現れたのは、黒一色のローブに身を包んだ杖を持つ少年でした。


彼の顔立ちは美しく、年若い青年のようでしたが、話し出した声は年老いた者のようにしわがれており、あの旋律のような声とはまったく違っていました。


彼の肩にとまっていた緑色のオウムが、「コンニチハ」と挨拶しました。


その声は、まぎれもなく吟遊詩人のものでした。


騙されたと悟った冬の女王は、思わず地団駄を踏みました。


「まあまあ、落ち着いてください。こうでもしないと、あなたに会うことはできなかったのです」


少年は手を広げて言いました。


「僕はこう見えて、あなたよりもずっと長く生きている者――魔法使いです。この国を、ひいてはあなた自身を救うためにやってきました」


魔法使いの言葉に、冬の女王は顔をしかめました。


「救う? 誰も私を救ってなんてくれなかったのに?」


少年はうなずき、自慢の杖を一撫でしてから言いました。


「では、こうしましょう。もしおとなしく塔を退いてくれるなら、あなたの望んでいる吟遊詩人を連れてきます。手足を切り落とせば、二度と逃げたりしません」


ぞっとするような提案に、冬の女王は震える声で抗議しました。


そのとき、少年の肩にいたオウムが羽ばたきました。だがその翼は切られていて、長く飛ぶことはできません。氷の床にぽとりと落ちました。


少年は落ちたオウムを拾い上げながら、静かに言いました。


「あなたがしていることも、これと同じです。残念ながらこの国にかけられた魔法は僕の力では解けません。このままでは、みな飢え死にするでしょう。あなたも、私も、そしてあなたが恋い焦がれる相手も――」


吟遊詩人もまた、この国から出られず、滅びとともに終わる運命なのだと。


女王は黙り込みました。


彼が死んでしまったら、あの歌声は二度と聞けない。


最初から、無意味な抵抗だったのです。


彼女はとうとう決意しました。


塔から出ると告げた女王に、魔法使いはオウムを差し出しました。


「せめてもの手向けに。この子も、あなたの元にいたがっているようです」


オウムは、女王を励ますように、あの懐かしい歌声で歌い始めました。


その旋律は、女王の心を包み込むように、やさしく響きました。


女王の頬に、ぽたりと涙が流れました。


「私の寂しい心を救ってくれたのは、まさにこの声でした。これ以上の贈り物はありません」


女王がオウムの赤いほっぺたにそっと口づけると、オウムの体が淡い光に包まれて揺れはじめ、やがて一人の騎士の姿へと変わっていきました。


現れたのは、金髪に蒼い瞳をもつ、気品あふれる若者でした。


驚いた冬の女王は、思わず涙を止めました。


「美しき氷の姫よ。呪いを解いてくださり、ありがとうございます」


騎士は赤いマントを翻し、優雅におじぎをして、女王の手をとりました。


なんと、オウムの正体は、かつて政争に敗れ、魔法で鳥の姿に変えられてしまった異国の騎士だったのです。


「私はこの少年に拾われ、世界の多くを見てまいりました。季節が巡らぬ国も、寒さとともに暮らす人々の工夫も見てきました。だからこそ、あなたがさげすまれてまでこの国に留まる必要はないと、申し上げたいのです」


そして騎士はそっと告げました。


「雪が溶けたら、私とともにこの国を出てくれませんか?」


その言葉に、冬の女王は胸を打たれました。


悲しみばかりだったけれど、最後は悪くなかった――彼女は微笑みました。


二人が手を取り合って塔を出ると、雪と氷が嘘のように溶け、春の光が辺りを包んでいました。


それは同時に、悲しい別れの時でもありました。


女王の体がゆらりと揺れ、徐々に形を失っていったのです。


「これは……どういうことだ……!」


騎士が叫ぶと、傍で見守っていた少年が静かに答えました。


「彼女もまた、この塔でしか生きられない呪いを受けていたのです」


騎士が膝をつき、涙にくれたそのとき。


女王の溶けた地面から、一本の芽が伸びはじめました。


芽はすぐに大きな蕾となり、やがて花が咲くと、その中心から春の女王が現れたのです。


春の女王は、冬の女王にどこか似た面影を残していました。


「ありがとうございます。あなたのおかげで、“私ではない私”が救われました」


そう言って春の女王は、騎士に手を差しのべます。


「さあ、一緒に歌いましょう」


こうして、長く続いた冬は終わりを告げました。


塔から流れる歌声が、国じゅうに春の訪れを知らせ、人々の心をあたためたのです。


やがて灼熱の夏が訪れようとする頃、騎士は新たな決意を胸に、再び旅立っていきました。



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