赤い部屋
「良くあるじゃないですか、怪談とか都市伝説で。壁と壁の間に謎の空間があって。気になって調べてみると中には呪いの言葉や赤い血がびっしり…」
「はあ…。まあ、良くありますね」
「私、全国の曰く付きの小部屋を研究している、赤井屋子と申します」
「赤井さん…」
「こんな真昼間から失礼なんですが、あなたの部屋を調べさせてもらえませんか?」
「僕の部屋…ですか?」
『あなたの部屋から、強烈な悪霊の気配がするの』
突然訪問してきた自称霊能力者のそんな言葉を、真に受けたわけではない。ただ、見ず知らずの女子学生が、一体どんな言い訳をするのか少し興味が湧いただけだ。僕は若干後ずさりながら、彼女を部屋に招き入れた。
「失礼します」
霊感少女は丁寧にお辞儀をし、きょろきょろと間取りを眺め始めた。床には昨日使ったハンガーやら漫画雑誌がゴミのように散らばっている。赤井と名乗った少女は、それを見て整った顔を歪めさせた。もう少し片付けておけばよかったな、と僕は後悔した。
「…ここに住んでから、何年ですか?」
「え…っと、大学二年の途中からだから…もう半年くらいかな」
「その間、何か変わったことは?」
「…特にないと思うけど」
「…運がいい人ね」
「え?」
「感じるわ。…ここ。この壁の向こうに、霊気を感じる」
神社の巫女さんみたいな長い黒髪を靡かせ、真剣な表情で赤井さんが僕を振り返った。僕はと言うと、さっきから噴き出しそうになるのを必死で堪えていた。
白状すると、実は僕には生まれつき霊感がある。
子どもの頃からずっと、幽霊を見ながら育ってきた。今でも大学の構内でたまに見かけたりするくらいだ。だからこそ、一人暮らしの家だけは『そういうの』とは無縁の場所を選んだ。ここに幽霊がいたら、僕が何か感じないはずがない。一体彼女が壁の向こうに何を感じているのか、申し訳ないが、霊感のある僕にはさっぱりだ。
少しも僕が怯えないのが気にくわないのか、赤井さんは一寸イライラしたように口を尖らせた。
「…確かめてみましょう。この壁に穴を開けてもよろしいですか?」
「いいけど君、何もなかったらどうする気だい?責任とってくれるの?」
「……もちろんよ」
彼女はどこからともなく工具を取り出してきた。僕は肩をすくめた。
…やれやれ。どうやら本気で、この家に悪霊がいると思い込んでいるらしい。真昼間から色白の美少女が訪ねてきたから、ひょっとしたらアレなことなんじゃないかと期待していたのに。
こうなったら手っ取り早く、現実を見せてやった方がいいのかもしれない。僕は差し出しされた工具を受け取ると、彼女の見守る前でゆっくりと部屋の壁を叩き始めた。
「…準備がいいんだね」
「小部屋研究家、ですから」
「言っとくけど、僕の部屋に悪霊なんていない。幽霊が見たかったら、大学の旧校舎の三階にでも行った方が早いよ」
「…無駄口叩かないで。悪霊を刺激しちゃうわ」
僕が壁を壊す間、彼女は僕の後ろでじっと壁の向こう側を睨み続けていた。横目で盗み見るその表情は真剣そのもので、巫山戯ている様子は微塵もない。…彼女にどう責任をとってもらおうか、軽くアレな雰囲気になってきた僕は急ピッチで作業を進めた。
やがてものの五分も経たないうちに、あっけなく僕の部屋の壁に大きな穴が空いた。僕は壁に埋まっていた発泡スチロールを手で掻き分けながら彼女を振り返った。
「…で?これのどこが悪霊の住処だって?」
「……」
「こんなの、どこのアパートにもあるただの空洞だろ?どこにお札がある?どこに血が?」
「……」
「これでもうわかったろ?ここには悪霊なんて…」
もう一度壊した壁を指差して、穴を覗きこんだ…その時だった。
背中に熱いものを感じて、僕は驚いて目を見開いた。
体に、力が入らない。訳も分からず、そのまま前のめりに穴の中に倒れていく。
赤井さんがそんな僕の背中に向かって、嬉しそうにそっと囁いた。
「ええ…だから、これから作るのよ。ウフフ…今回のも、いい悪霊になりそう…」




