第三話 転生
「痛っ、頭打ったな」
ぼやきながら、俺は立ち上がる。
いつもよりダルい身体に違和感を覚えながら辺りに目を向けると、一面が木で覆われていることに気が付いた。
ここはどこだ。見た限り、どこかの森の様だけど。というより何故こんなところに居るんだ?確か、さっきまで変な部屋に居たはずだが。
辺りを見回すが、木があるだけで何も分かりそうなない。
そう言えば、異世界行くとか何とか言っていた気が……。
まさかなと思いながら、とにかく状況を把握しようと歩き出す。
少々歩いたものの木があるばかりで何も分かりそうな気配がない。
本当にどこなんだ。一体何故ここにいるんだよ。
あっ、そう言えば智明は?
「おーい、智明。居たら返事をしてくれー」
しばらく声を張り上げながら歩いていたが、智明どころか猫の子一匹見つかる気配がない。
もうしばらく歩いていると、人影のようなものが目の端に映った。
やっと何か分かるかと思い、追いかける。
「あのっ、すみません。ここは……」
途中まで喋ったところで言葉を失ってしまった。
人だと思ったものが自分と同じくらいの大きさの醜い人型の獣だったのだ。
緑がかり角らしき物を生やした二足歩行の化け物は鬼を想起させる。
「ひいっっ」
思わず恐怖のあまり、声を上げてしまう。
声に気付いたのか、その獣が黄色く光る眼をこちらに向けた。
「ひやぁああああああああああ!」
俺は堪らず叫んで、一目散に走り始める。
後ろを振り返ることもせず、ダルい身体もお構い無しにひたすら木々の間をすり抜けて走った。
「はあはあはあ、付いて来てきていないよな」
しばらく走ったのち、立ち止まり息を整える。
しかし、今には何だったんだ。絶対、地球上にそんな生物などいた覚えがないのだが。
そう思いつつ辺りの様子を窺っていたその時、今まで大きな樹木に遮られていた所に人影が見えた気がした。
ま、まさか……。さすがに無いよな。人であってくれ。
そう願いつつ、そっと覗く。
開けた視界に先程見た化物が映る。
「――くッ、誰かぁぁああああっ」
叫び、また走り出す。
結構走っているが、なかなか止まれない。
走っても走っても、行く先にあの怪物がいるのだ。
ひたすら、走り続けて体感およそ1時間――実際は10分と走っていないが、たった頃。
「結構……れたな」
「そうだな、もう帰…か」
突然、人の声が聞こえてきた。
――やっと見つけた。
「あ、のっ」
何故かいつもより身体の調子が悪いうえ、長い間走っていたせいで息が絶え絶えになりながらも、必死に声をかける。
すると、彼らは揃ってこっちを向いた。
ゲームによく出てきそうな西洋風の鎧を身に付けているのが気になったが、とにかくやっと人に会えたことで安心してしまった。
「こんなところにうち漏らしがいたとはな。これも殺ってくか」
「そうしますかね、先輩」
そう言いながら、彼らはそれぞれ剣を抜き、確実に俺の方を見据えて歩いて来る。
――は?、どうなってんの……。
「一気に仕留めるぞ」
「了解!」
と言うと、剣を構え加速する。
「な、何で…ハァ、ハァ…お前らが俺を狙うんだぁっ」
疲れて棒となった足を無理矢理動かし、必死に彼らと反対方向へ駆け出す。
「あれ、あいつ今喋りませんでした?」
「ああ、俺もそんな気がする。何故狙うんだ、って」
冒険者達は怪訝そうにそう言い、狙うのを止め歩を緩める。
すぐ彼らの追う音が消えたのにも気付かず、ただ走った。
いつしか謎の獣も見えなくなり周りに生えている木の種類が変わる程走ってから、さすがにもう付いてきていないだろうな、と思い立ち止まる。
本当に何で狙うんだよ。それにしてもよくこんなに走れたな。
そう思ったとき、急にのどが渇いてきた。
どこか水のあるところに行こうと重たい足をまた動かし始める。
誰にも見付からないようひっそりと歩いていた時、森が開けていそうな場所を見つけた。
そこまで歩いていくと視界一面に鮮やかな湖が映る。
「あ゛あ゛……」
早く水を飲もうと急いで駆け寄る。
そのまま水を飲もうとしたが、ふいに水面に先程見たのと同じ怪物の影が映った気がして飛び退く。
恐る恐る、また覗くとやはり怪物の影は自分と同じような格好をしながらこっちを見ていた。
「うおっ」
慌てて逃げようとするも、違和感を感じてまた覗く。
――ウソだろ、まさかあり得ない。いや、でももしそうなら納得できることもあるけど……。
試しに自分が動くと、その怪物も鏡のように自分を真似して動く。
目を思い切り瞑ったり、頬をつねったりしても、水面の怪物が同じことをするだけで目に映るものは変わらない。
「マジかよ……」
水に映る怪物がそう喋るのを呆然と眺めながら、呟く。
その時、あの部屋で謎の声が喋っていたことが脳裏を掠める。
認めたくない。だが本当はそうかもしれないと最初から気が付いていたのだ。ただそのことを信じたくなくて、認めたくなくて、目をそらしていただけなのだ。必死に森を歩いたりして、勘違いなんかじゃないのかと思いたくて見ないようにしていただけなのだ。
でも……もう俺はこのあり得ない事実を認めるしかないようだと思いながら、自分に言い聞かせるように呟いた。
「俺は、こんな怪物に転生したのか」