第二話 方舟
ブックマーク登録ありがとうございます
目を開けると、見覚えのないところにいた。
突然人混みの中に放り出される。
――ここは、どこだ?
辺りを見渡すと、自分の高校の体育館より広いであろう真っ白な部屋の中にいることが分かった。
そこに自分と同じくらいの年齢の人達がざっと見ただけでも千人以上はいた。
どうなってるんだ、さっきまで下校途中だったよな?そう言えば、何故か荷物も持っていないし。
皆も状況が把握できていないのか不思議そうに周りを見ている。
何がどうなってるんだと周りを見ていると、ふとその中に高校の友達がいるのを見つけた。
「おーい、お前智明だよな」
「あっ、神影?」
そう言うなり、彼――一条智明は足早に駆け寄ってきた。
「そうだよ俺だよ。それより、ここはどこなんだ?」
「僕も分からない。さっきここに居ることに気付いたばっかりなんだ。と言うか、神影が三日も学校に来ていなくて、碓氷さん心配していたよ。三日間何してたんだよ? でも、知っている人に会えてひとまずはよかったよ」
智明は捲し立てるように喋る。
こいつは誰にでも優しく正義感溢れるやつだ。
容姿端麗、成績優秀のエリート君でもある。
そして憎いことにモテる。どうしたらそんなに女子に限らず皆と喋れるんだ?
と思いつつ、また自己嫌悪に陥る俺の数少ない友達でもある。
が、そんなことより
「三日間?何言ってるんだ。俺は今さっき学校出たばっかだぞ」
「えっ、でも僕の方は神影が学校に来なくなってから三日目の夕方に家に居てて、気が付くとここに立っていたんだけど……」
それにしても、これは一体どういうことなんだ? 智明と言ってることが噛み合わないし、部屋もドアさえ見当たらなく部屋というよりはとても巨大な箱のようだ。宛ら箱庭だ。
などと思考を巡らせていると唐突に、箱中に拡声器を通した様な声が響き渡った。
『ようこそ、《トリニティー・ワールド》へ。と言ってもまだ着いていないのだが。ここは君たちが住んでいた世界ではない。言わば、ここは君たちの住んでいた世界と今から行く世界とを結ぶ船のようなものだ』
はあ、何言っているんだ?
周りの人達も、怪訝な顔をしている。
「あれっ、確かトリニティーワールドって遊ぼうとしてたゲームじゃなかった?」
誰かの呟きを耳にして、俺はここに居る前はそんな名前のゲームをダウンロードしてたなと思い出した。
同様に思い出したのか周りからも次々と声が上がる。
『これから《トリニティー・ワールド》のチュートリアルを始める。チュートリアルという様にこれはゲームである。君たちが自ら望んだ遊びであり世界だ。これから君たちは《トリニティー・ワールド》の中のジーザス・ワールドという世界に転生する。この世界は魔物や獣人などがいて君たちがいた世界よりも文明が若干遅れている所だ。ゲームでよくある剣と魔法の世界を想像してみたら分かりやすいだろう』
皆、理解が追い付いていないのか黙りきっている。
「はぁ?何処の何奴か知らんがここから出せよ!」
そんな中、この静寂の空気を破り、一人の近くに居たガタイのいい男が天井に向かって叫んだ。
途端息を吹き返したかのように、箱庭の中は野次とざわめきで埋め尽くされる。
何処からか聞こえてくる声はそれらの一切を無視し、再び一言一句を箱中に刻むかの迫力を持って言葉を紡ぎ出す。
『その中で自由に過ごしてもらうことになる。魔物と戦うも自由、商人や職人など非戦闘職に就くも自由、反対に何もしないという選択をするも自由だ。ただ、この世界には魔王を始め多く人類を襲う敵が存在する故、多少の戦いが迫られる覚悟は必要だが』
「だから何を言ってるんだ! 何のイタズラか知らねえけどこっちは迷惑してんだよ!」
先程の男が再び吠える。
ホントにどうなってんだか。誰かの悪戯だったらまあいいんだけどな。
俺は他人事のようにそう思う。
『言語の心配は要らない。向こうの住民も君たちと同じ言語を使っている。精々あの方に感謝しておくが良い。まあ詳しくは実際に行ってみないと実感できないだろう。チュートリアルは以上とする。後は、思い、悩み、各々の選んだ行動が自ずと答えを導いてくれるだろう。再度言っておくがこれはゲームだ。存分に楽しんでくれたまえ。では、諸君の武運を祈る』
と、言ったきり声は途絶え、広くも小さな箱庭の中を静寂が訪れる。
と同時に、大半の止まっていた思考が動き出した。
場がざわめきで満たされる。
「い、今言っていたことは本当なのか?」
「バカ言え、そんな訳があるか」
「じゃあ、このよくわからないところに居るという状況はどう説明するんだよ」
「このまま私達ずっと閉じ込められるのかな」
「そ、そんなわけないだろ。誰かのイタズラだって。直に解放されるか助けがくるから」
皆、混乱しているのか口々にあること無いこと口走っている。
さっきの声の話は、にわかに信じがたい。とは言え今の状況は一体……。
ふと自分や周りの人達が青白く光っていることに気が付く。
その光は次第に輝きを増していく。
「ねえ神影、これどうなってるの?」
「知らねえよ。俺に聞くな」
と智明に言った矢先、目の前の光っていた人が目映く輝いたや否や消えた。
ついさっきまで歴然とそこにいたはずの少女が跡形もなく消え去った。
箱庭にひしめく人混みの中、不自然にぽっかりと空いた空間が彼女は数秒前までそこにいたのだと主張してくる。
「は?……、何が起きた……!?」
その人物を皮切りに次々と人が光に包まれては消滅していく。
俺が事態を呑み込めず立ち尽くす間にも、人が一人、また一人と存在を抹消されていく。
「キャーーー、何が起きているのっ!?!?」
遠くの方から聞こえてくる誰かの悲鳴が、光を反射し青白く輝く箱庭の中を響き渡る。
目の前で起きている不可解な現象に人々は為す術もなく飲み込まれ消えていく。
最初の頃この部屋を埋め尽くすほど居たはず人達は、気付くともう部屋の隅まで見渡せるまでに減っていた。
「あ、れ……」
もう百人も残っていない空間で遂に智明がかすんでいく。そして、その言葉とも言えない声が口から溢れたきり青白い輝きに包まれ、輝きが消えたところには何も残されていなかった。
掠れていた智明の声が、俺の頭の中をリフレインする。
「智明っ、嘘だろっ……」
頭が痛い。強打されたかの様に脳が揺さぶられる。今の声が自分の口から出たものだと遅れて把握する。
「だ、誰か助け……」
あのガタイのいい男が消えていくのを焦点の合わない目が捉えた気がする。わからない。どうでもいい。ただ、目の前で親友が消えていった事が信じれなかった。
朦朧とした意識の中、ふと自分の腕や脚が一層強まって光っていることに気が付く。そして、不意に背中を引っ張られるような感じがしたと思うと、視界が暗転して意識が遠のいていった。